第13話 忍び、見守る

 明け方に森に入るが、日は出て来たもののまだ薄暗い。


「フィア。足元に注意してね」


「わかってらぁ」


 声を潜めて、二人は会話をする。


 森に入るのにも月影は先導をしない。一人で見付けて、一人で倒す。


 しかし、流石の月影もフィアが全てをこなせるとは思っていなければ、ゴブリンを一人で殲滅できるとも思っていない。


 フィアの限界が来たら月影が一人で全てを終わらせる。


「これか……?」


 足元に視線を落とすフィア。


 そこには、何かの足跡が。


 人のような足跡。それが、複数。


 ちらりとフィアは月影を見る。けれど、月影の表情は微動だにしない。


「……教えてくれるくらい良いじゃねーか」


「それじゃあフィアのためにならないでしょ?」


「オレのためならもっと助言してくれても良いだろうがよ」


「人は経験から学ぶ生き物だよ。楽しい事も危ない事も、一度経験して貰わらないとね」


 もっとも、この依頼がフィアの手に余るほどの危険度であれば、助言をしながら進む。


 ようは、場合によりけりという事だ。


「ちっ、同い年のくせしやがって……」


「さ、無駄口叩いてないで進もうか。街の宿でゆっくりしたいでしょ?」


「へーへ! ったく、偉そうにしやがって……」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、フィアは脚を進める。


 足跡の進む方に向かって歩く。


 足跡があるという事は、此処は既にゴブリンの領域テリトリーだ。それはフィアにも分かっているのだろう。


 真剣な表情を浮かべて周囲に気を配っている。


 本来なら、駆け出しの、しかも年齢の低い者達が二人だけで冒険者になるべきではない。


 駆け出しの冒険者というのはいわゆる素人だ。素人二人が魔物を狩るなんて到底出来る事ではない。


 他のベテランパーティーに雑用として入るか、ギルドに所属して先輩方にレクチャーをしてもらうかだ。


 ギルドとは、冒険者の大規模集団の事である。大規模と言っても、構成人数はギルドによって違う。


 ギルドでは、その者その者に合った依頼をギルドの事務員が振り分けてくれる。冒険者組合の職員は冒険者の等級と依頼が合っているかくらいしか確認をしない。


 一人一人を管理しやすく、適切な仕事を振り分ける事が出来るのがギルドだ。


 依頼に合わせてパーティーメンバーを組み替えて編成できるのも利点の一つだ。


 一人でなんでもこなせる冒険者などそうそう居ない。それをカバーできるのがパーティーでありギルドだ。


 それに、ギルドとして名が売れれば名指しで依頼が来る事もある。


 そう言ったところに入り、安全に名前を上げていく事も出来た。いや、本来ならばそうした方が良いのだ。


 ギルドにしろパーティーにしろ、数の力は大きい。人数とは、戦う上でそれだけでも利点になる。


 それを嫌ったのは他でもないフィアなのだけれど、月影にとっても都合が良かった。


 ゆくゆくはフィアにはパーティーに入ってもらいたい。けれど、それは今ではない。今では、少し都合が悪い。


 ともあれ、そのためにはフィアには着実に実力をつけてもらいたい。


 荒療治にはなってしまうけれど、こうして実戦の空気に慣れてもらうのが一番良い。


「っと……お出ましだな……」


 進んだ先には十体のゴブリンの姿が。


 人間の作った家を真似たのだろう。不格好で小さな家が五つ程建てられていた。


 小さくとも、ゴブリンが住むには十分であり、彼等にとっては雨風さえ凌げればそこは最早城だ。


「……見誤ったか」


「お、何が?」


「いや、何でもないよ」


 外にいるのは見えるだけでも十体。中に居る事も考えるとそれ以上はいるだろう。


 一人で十体以上のゴブリンを倒す。駆け出しの冒険者にはまず無理だ。


「それじゃあ、やってみて」


「おう」


 けれど、月影はフィアをけしかける。


 今回が初めての実戦であるフィア。不意打ちは成功したけれど、斬った張ったはまだ未経験。それでも、月影は自信を持ってフィアを送り出す。


 剣を抜き、フィアは無造作にゴブリン達の前に躍り出る。


 突然のフィアの乱入に相手は虚を突かれる。


 混乱は正しく使う。混乱は隙だ。その隙を逃さず突け。


 ゴブリンの混乱は数秒。その数秒で、フィアは二体の首を切り落とす。


 ゴブリンの混乱が終わる。此処からは斬った張ったの白兵戦。


 振り下ろされる剣を受け止め、その軽さに驚く。


「はっ!! ちゃんばらかよ!!」


 ゴブリンはただ力任せに剣を振っているだけだ。そこに技などは無い。


 ただのちゃんばら。月影よりも剣が軽いのは、そこに技術が無いから。


 ゴブリンの剣を受け流し、返す剣で首を刎ねる。


 戦いは常に一撃必殺が好ましい。一撃一撃に全力を込めろという訳では無く、一撃一撃が必殺となれば良い。全力で剣を振るえば一撃必殺になったとしても、全力で剣を振り続ける事は出来ない。


 技術を持って必殺の一撃を繰り出し続ける。それが戦いの理想だ。


 今のフィアの攻撃は一撃必殺ではあるけれど、技術においてはまだまだだ。ただ、一回の戦闘を短時間で終わらせられるのは連戦をする上では重要な事だ。


 きっちり一撃で仕留める技量はある、という事になる。


「ははっ!! 弱ぇ弱ぇ弱ぇ!! くっそ雑魚共が!!」


 数に怯んだ様子も無く、フィアは勇猛果敢に攻め立てる。


 月影は護る事を主体としていたため、自ら攻め立てる事をあまりしない。相手の攻撃を誘って反撃カウンターで仕留めるか、相手に気付かれないように立ち回って暗殺するかである。


 そんな月影と打ち合っていたせいか、フィアは攻撃的な戦い方をするようになった。


 そんなフィアの攻める剣を受け止めていた月影だから分かる。フィアは、決して弱くは無い。


 戦闘的な勘が鋭く、また、戦闘技術も日に日に向上していっている。


 また、月影の訓練にも着いてくる事が出来ている。


 忍びの里の訓練をフィアに行っているのは事実であり、それをこなして忍びになる事もまた事実である。


 ただ、忍びの里でも全員が付いて来られている訳でも無い。


 途中で脱落する者も居る。そういった者はまた別の訓練を受け、再度同じ訓練を受けなおす。それでも、その訓練を超える事が出来ずに補佐に回る者も多い。


 そんな訓練にフィアは着いて来ている。その根性と天性の戦闘技術は本物だ。


「けっ、こんなもんかよ」


 だから、ゴブリンの十体や二十体、油断さえしなければ物の数にもならないのだ。


 家の中に居たゴブリンも含めて二十三体。それを、フィア一人で片付けてしまった。


 荒々しくも精確で力強い太刀筋でゴブリンを一振りで斬り捨てる。こんな事が出来る駆け出しの冒険者などそうはいない。


 一対一の戦闘しかしていないはずなのに、フィアは多対一の戦闘で必要な立ち回りをしていた。危ういところはあったけれど、初戦でこれだけ動ければいう事は無い。


「うん、上出来だね」


「たっりめぇだろ。こいつら骨が無さ過ぎるぜ」


「でもね、フィア。普通は駆け出しの冒険者はこの数に苦戦するものなんだよ? それに、今回は全員が近接武器しか持っていなかったけど、遠距離武器を持っている敵が居る場合もある。今回の立ち回りじゃ、その遠距離の敵に対応できな――」


「あーもー、わーったよ! けっ! 上手くやったんだからもっと誉めてくれたって良いだろーがよぉ……」


 ぶすくれた様子でそっぽを向くフィア。


 拗ねた様子のフィアに、月影は思わず苦笑してしまう。


「初戦にしては良い立ち回りだったよ。それに、剣に迷いが無かった。一瞬の迷いが、剣を一瞬遅らせるからね。戦闘ではその一瞬は命とりだ。まだちょっと荒いけど、剣の覚え始めにしては上出来だよ」


「お、ぉう……な、なんだよ……いつになく褒めるじゃねぇか……」


 素直に褒められるとは思っていなかったのか、フィアは顔を赤くして照れたように視線を彷徨わせる。


「僕だって、上出来だと思ったら素直に伝えるよ。それじゃあ、ゴブリンの耳を回収しようか」


「おう。早く帰って美味ぇもん食おうぜー!」


「ううん、まだ帰れないよ」


「へ、なんでだよ? もうゴブリンは倒したろ?」


「まだだよ。こいつら、多分下っ端だ」


「あー? するってぇとなにか? が居るって事か?」


「うん。どの階級かは分からないけど、多分居ると思うよ」


 月影がそう言えば、フィアは獰猛な笑みを浮かべる。


「面白れぇ。勿論、オレが戦って良いんだよな?」


「うん。露払いは僕がしてあげる」


「はっ! じゃあさっさと行こうぜ! そいつを倒しゃぁ追加報酬も貰えんだろ!」


 さっさかゴブリンの耳を切り落として雑嚢に詰め込み、二人は森の奥へと進んだ。


 初の戦闘による気分の高揚か、あるいは月影に褒められたのが嬉しかったのか、フィアは上機嫌な様子でゴブリンの痕跡を辿る。


 その様子を、月影は微妙に口角を上げながら見守った。

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