第12話 忍び、村に入る

 拠点にする街から少し離れた場所に位置する村に半日程かけてたどり着く。


 半日かけてたどり着いたため、もうすでに夕暮れ時。森は目視で確認できるけれど、今向かうのは得策じゃないだろう。


「ひとまず、村の人に挨拶をしようか」


「おう」


 外で作業をしている村人に迷う事無く声をかける。


「すみません、依頼を請けて来ました」


「え? 君達が?」


「はい」


 頷けば、村人は不満げな顔を浮かべる。


「なんで君達みたいなのが……もっと、大人の冒険者とかいなかったのかい?」


「あぁ? んな事言うならてめぇでやりゃぁ良いだろうがよ。良い大人なんだからよ」


 村人の言葉に、フィアが額に青筋を浮かべて言葉を返す。


「フィア、落ち着いて。ご期待に沿えないようで申し訳ありませんが、僕達も依頼を請けた身です。責任を持って、仕事に当たらせていただきます」


「お、おう……」


 見た目にそぐわず慇懃な態度をとる月影を見て、思わずたじろいでしまう村人。生前では、主に仕えていた身だ。これくらいは造作も無い事だけれど、学のなさそうな子供が丁寧な態度を取れば虚を突かれるだろう。


 見た目よりしっかりしているかもしれない。そう思わせるために、あえて必要以上に丁寧な言葉遣いを選んだ。


「さしあたって、依頼主である村長さんのお話を伺いたいのですが……」


「村長の家なら、あの一番大きい家だ」


「ありがとうございます。行こうか、フィア」


「おう……」


 村人をひと睨みしてから、フィアは月影の隣に並ぶ。


「お前、いつになく丁寧な口調じゃねーか。あんなんどこで憶えたんだ?」


「内緒」


「けっ、言うと思ったー」


 つまらなそうな顔をするフィア。


「ていうか、あいつオレ達じゃ不安だってよ。人は見かけによらねーっつうのによ」


 言いながら、フィアは月影を見る。


 ゴブリン程度なら、月影はものの数秒でのしてしまうだろう。実際に、フィアはその光景を目の当たりにしているから、月影がそれを容易く実行できてしまう事が分かる。


 けれど、彼等にとっては月影達は駆け出しの冒険者。しかも、まだ年若い子供だ。不安になるのも仕方の無い事だろう。


「仕方ないよ。フィア、村長の家ではお行儀良くしててね」


「孤児流で良かったらな」


「それはとってもお行儀が良さそうだね」


 フィアの冗句に、月影も冗句で返す。


 月影は、村長宅の扉を叩いた。





 先程の村人と大体同じような反応をされながらも、一応被害状況やら巣の規模やらを説明してくれた。


 明日事に当たると告げると、村長は部屋を一室貸してくれた。


 ベッドなどは無く、ただの物置として使っていた部屋らしい。


「けほっ、埃っぽいなぁ……」


「雨風がしのげるだけマシだよ。それに、一日だけの辛抱だ」


「あーあ。宿のベッドで寝れると思ったのによ」


「それはフィア次第だよ」


 今回の依頼。月影は手を出すつもりは無い。なので、依頼の成否はフィアに掛かっている。


「わーってるよ。さっさとぶっ飛ばして、さっさと戻んぞ」


「その意気だよ、フィア」


 やる気満々のフィアを見て、少し安心する。


 初陣というものは、緊張で最大限の実力が出せないものだ。フィアのようにやる気があり、ある程度リラックスしている方が良い。


 力み過ぎてもそれはそれで問題だけれど。


「今日はもう寝ようか」


「そーだな。歩き疲れたし」


 村長が用意してくれた毛布をフィアに渡す。


 月影はどこでも、どんなところでも寝られる。毛布が無くとも、問題は無い。


「いや、お前も使えよ。せっかく借りたんだから」


 言って、フィアは羽織った毛布を広げて隣に来るように手招きする。


「フィア一人で使ってよ。僕はどこでも寝られるから」


「じゃあオレの横でも寝られんだろ? ほら、良いから来いよ」


 手を引っ張られ、月影は強制的にフィアの隣に腰を下ろす事になった。


 フィアは月影の背中に毛布を回して、肩をくっつけて眠りにつく。


 フィア一人でくつろいでもらおうと思ったのだけれど、こうなってしまっては仕方が無い。


 月影は諦めてそのまま眠りについた。





「……」


 微かに聞こえてくる物音で意識が覚醒する。


 足音。それも、人の子供程の大きさの。


 荒い呼吸音。相当興奮しているのが分かる。


 フィアを起こさないように立ち上がり、窓から音の方を確認する。


 夜の闇に紛れて、小さな人影が村を徘徊する。


 言わずもがな、ゴブリンである。


 夜に出て来たのは、人が夜に眠っていると知っているからだろう。手には剣を持っている。


 家畜を狙ったのか。それとも、今度は人を狙っているのか。


 どちらにしろ、このまま放置しておいて被害が出るのはまずい。


「……フィア。起きて、フィア」


「ん……ぅ……ぁんだよ……」


「ゴブリンが来た。出番だよ」


「――っ! ま――」


 月影の言葉に驚いて声を上げようとするフィアの口を、月影は素早く塞ぐ。


「静かに。まだ向こうはこっちに気付いてない。この有利を、見逃す手は無いよ」


 月影が言えば、こくこくと頷くフィア。


 剣を取り、フィアはやる気満々だ。


「剣は抜いておいて」


「おう」


「初陣だ。緊張とか、怖いとかある?」


「ねぇよ。馬鹿にすんな」


「心配してるんだよ。でも、大丈夫なら何より」


 フィアの顔色は常と変わらない。言葉に強がりも無い。


 これならば、大丈夫だろう。


 二人は部屋の窓を開けて、そこから外へ出る。玄関から出ないのは、鍵を開ける事になるからだ。


 村長を起こさないのは、騒いでゴブリンに気付かれたく無いからだ。


 此処からは言葉は発さない。足音も殺す。


 うろちょろしているゴブリンがよそ見をした瞬間、月影は窓から外へ出て物陰へと隠れる。その動きは素早く、無駄が無い。


 フィアも、月影が移動したのを見てから続く。


 移動してきたフィアに、月影はジェスチャーでゴブリンの首を切り落とすように指示をする。


 今のフィアであれば、力いっぱい振り抜けば首を切り落とす事が出来る。


 後は、背後に上手く回れるかどうかだ。


 少しだけ強張った表情でフィアはゴブリンへと向かう。


 その様子を、月影は背後から見守る。


 足音を殺して、フィアはゴブリンの背後に忍び寄る。


 月影に言わせればまだまだだけれど、ゴブリン相手にはそれで十分だったようで、フィアは意図も容易くゴブリンの背後につくことが出来た。


 大きく一歩を踏み出し、フィアは勢いよく剣を振る。


 声を上げる間も無く、ゴブリンの首は宙を舞った。


 初めて命を奪った事に対する興奮ゆえか、フィアの息遣いは荒い。


 けれど、フィアにおののいた様子は無く、月影を振り返ってにかっと笑ってピースサインをした。


 瞬間、月影は投げナイフを投擲する。


 投げナイフは寸分たがわず目標に直撃する。


「――ガッ……!?」


「――うぇ!?」


 月影の放った投げナイフはフィアの斜め後ろから迫ったゴブリンの眼球から入り込み、その出来の悪い脳みそを貫いた。


 投げナイフの衝撃は凄まじく、身体を浮かしながら背後に倒れ込んだ。


 月影は手を下さない。けれど、フィアの命にかかわる状況に限って手を下す。


 フィアは背後から迫るゴブリンにまったく気付いていなかった。ゴブリンが手に持っていたのは剣。背後から斬り付けられれば致命傷になっていただろう。


「油断しない」


 きつく月影が言えば、フィアはぶっすぅと膨れっ面をする。


「へーい」


「敵は一体じゃない。一体倒したとしても、他が居ると仮定しないと駄目だ」


「へーい!」


 不貞腐れたように返事をするフィア。


 来ていたのは、この二匹だけだろうが今夜の襲撃がこれだけとは限らない。ひとまず、寝ずの番が必要だろう。


「フィア。明け方に森に入る。それまで起きていられる?」


「へーきだ」


「じゃあ、寝ずの番をしようか。襲撃がこれだけとは限らないしね」


「おう」


 最後までぶすっくれながらも、月影の言う事は聞くのか、素直に頷くフィア。


 結局、明け方までゴブリンは出なかった。寝ているのか、それとも異変を感じ取ったのか。


 ともあれ、日は昇った。今度はこちらから攻め入る番だ。


 村長にゴブリンの死体と昨晩の出来事を話した後、二人は早々に森へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る