第11話 忍び、武器を買う

 街にたどり着いてから、早速討伐系の依頼を請けた。


 討伐対象はゴブリン。少し離れた村の近隣にある森の中に巣を作ったらしく、家畜や農作物に被害が出ているようだ。このまま規模が大きくなれば被害は家畜や農作物だけに収まらないだろう。


「よし、行くぞ」


「待った。まずは準備だよ」


「あ? 直ぐ行かねぇとまじーだろ」


「急いては事を仕損じる。何も足りないままゴブリンと戦って、今のフィアに勝てる?」


「少なくとも、お前よりは弱そうだけどな」


「だとしても、油断して良い相手じゃないよ。それに、フィアにとっての初陣だ。万が一は無い方が良い」


 月影が居るので、その万が一だってありはしないのだけれど、フィアが月影が居るから安心だという心構えで戦うようになってしまっては困る。月影はフィアの保護者では無いのだから。


「まずは繋ぎの武器の調達。安くても、今のフィアの持ってる物よりは絶対に良いのがあると思うから」


「おお、お前のせいだけどな。ていうか、お前の剣は使っちゃダメなのか? オレのとおんなじだろ?」


 月影の剣は最初の真剣同士の打ち合いでしか使っていないので、そこまで刃毀れはしていない。


「これでも良いけど、剣一本買えるお金があるんだから、せっかくだから買っちゃおう」


「お前の分は?」


「ゴブリン相手に剣なんて必要無いでしょ?」


「あー……そーだったな」


 言われてみればそうだったと、あの衝撃の光景を思い出す。


「じゃあ、武器買ってくか」


「うん」


 ギルドで武具店の場所を聞いて、二人はそこへ向かう。


「らっしゃい! おっ、ちんまいお客さんだねー!」


 武具店に入れば、気の良さそうな青年がにかっと笑みを浮かべながら入店の挨拶をする。


 いらっとした様子のフィアだったけれど、そんな事よりも武器の方が気になったのか直ぐに店内に視線を巡らせる。


「なぁ、どれが良いんだ?」


「自分の武器なんだ。フィアが選んでみなよ」


「つってもよぉ……」


 難しい顔をして武器を吟味するフィア。


「何、剣探してんの? いーのお兄さんが選んであげよーか?」


「あ? うるせぇすっこんでろ!」


「いーからいーから! これなんかどーよ!」


 店員の青年は暇していたのか、それとも子供にちょっかいをかけたいだけなのか、面倒くさそうに表情を歪めるフィアににこにこと笑みを浮かべて声をかける。


 フィアは放っておいても大丈夫だろう。店員の青年の目利きは確かなようだから。


 店員の青年に構われているフィアを放っておいて、月影は別の店員に声をかける。


「すみません。この剣の下取りって出来ますか?」


「出来るけど、そんなに多くは払えないよ? ぼろぼろだし、冒険者ギルドで初心者に渡してる鋳型の剣だろ? ウチだと溶かして鋳鉄インゴットにし直す必要があるから、その手間賃とかもあるし……」


「大丈夫です。その代わり、物々交換でも良いですか?」


「良いけど……この剣だと、そんなに良いのとは交換できないよ?」


「お兄さん、鍛冶見習いですよね? 投げナイフとか作ったりしてませんか?」


「作ってるけど、親方には商品じゃないって言われちゃって……」


 言って、苦笑いをする店員。


「それで充分です。この剣と吊り合うくらいの本数を貰えますか?」


「うーん……一応、親方に確認してくるね」


「お願いします」


 難しそうな顔をして奥の鍛冶場に引っ込む青年。


 ちらりとフィアの様子を見やれば、真剣な表情で剣を握っていた。


「これが良い」


「そいつなら銀貨十枚だ」


「まけろ!」


「因みにいくら持ってんだ?」


「銀貨五枚」


「半額じゃねぇか! ダメダメ! 銀貨五枚ならこっちにしろ! こっちならまけてやっから!」


「やだ! こっちのが良い!」


「特売品でもねぇのに半額で売れるかってんだよ!」


 わーぎゃーと楽しそうに青年と言い合っているフィアを見て、月影は問題無しと判断して視線を戻す。


 暫く待っていると、鍛冶場の方から青年が出てくる。


「良いって。けど、これだと十本しか渡せないってさ」


「十分です。ありがとうございます」


「良いって。これも商売だから」


 青年は優しく笑いながら、投げナイフの入った木箱を月影の前に置く。


「好きなの選んで良いよ」


「ありがとうございます」


 月影は、雑多に入った投げナイフの選別をする。


 なれた手付きで、手に馴染み、切れ味の鋭い物を十本選別する。


「……慣れてるのかい?」


「ええ、まぁ」


 素早く、良質な投げナイフを選ぶ月影を見て青年は感心する。


 月影が選んだ投げナイフは、彼の親方が売り出すには程遠いが出来が良いと褒めてくれた物ばかりだった。


 低品質な物の中から、良い物を選び抜く審美眼には素直に感心する。


 僅か五分足らずで選び抜いた月影。その全てが、親方に多少なりとも褒められた物だ。


「後、砥石を一つ買います」


「あ、ああ、まいど」


「フィア。そろそろ行くよ」


「待て! もうそろそろで買えそうなんだ!」


「買えるか! それは銀貨十枚! こっちがまけて銀貨五枚! お前が買うならこっち!」


「未来の特級冒険者様へのせんこーとーしってやつだろ! やしぃもんじゃねぇか!」


「ぺーぺーが大口叩くな! そう言う事は、成果を上げてから言えってんだよ!」


 言って、店員は銀貨五枚の剣をフィアに押し付け、銀貨十枚の剣を奪う。


「あっ! オレんだぞ!」


「まだウチのですぅー!」


「フィア。剣なら今持ってるそれで十分だよ。良い剣なら、もっと強くなってから買えば良い」


「……ちっ! 後で吠え面かいても知らねぇからな!」


「小悪党かお前は」


 銀貨を叩きつけるように渡して、フィアは剣を持って店を出て行く月影の後を追う。


 月影の隣に並び、剣を腰に下げる。


「お前はなんか買ったのか?」


「フィアの剣を下取りに出して投げナイフを買ったよ」


「そんなん何に使うんだよ?」


 投げナイフ一本では剣の殺傷能力には負ける。魔物を狩るのには不向きだろう。


 しかし、相手はゴブリンだ。人型であれば有効な攻撃手段になる。


「僕なら、これ一本で遠近選ばずに攻撃できるからね」


「ふーん。剣の方が格好いいけどな」


 言って、腰に下げた剣の柄を撫でる。欲しい剣では無かったようだけれど、存外満足そうなフィア。


 冒険者であれば、剣の方が良いだろう。しかし、月影はあくまで忍びだ。忍びには、忍びの流儀がある。


 まぁ、白兵戦になれば愛刀を使っていたので、一本自分に馴染んだ剣を持つ事を否定するつもりも無いし、これぞと思った逸品さえあればそれを愛用するだろうけれど。


 今は安い武器で充分だ。余程の敵でない限り、刀は必要にはならないだろう。


 すれ違う冒険者や兵士を見ても、練度はそこまで高いとは言えない。生前戦ってきた猛者達に比べれば、ひよっこも良いところだ。


 この者達が倒せる程度の魔物であれば、月影にとって難にはなり得ない。


「フィア。初めての依頼で緊張するかもしれないけど、自然体でね」


「わーってるよ。てか、お前に比べたらどんな相手もマシに見えるぜ……」


「そんな事無いよ。僕に比べれば、魔物の方がずっと容赦がないからね」


「お前あれで容赦してたのかよ……」


 月影の発言に、フィアはもの言いたげな目を向ける。


「ん? だって、フィアついて来られたでしょ?」


「あー……分かった。さてはお前結構頭いかれてんな?」


「普通だけど……」


「普通の奴はゲロ吐いた時点で休憩くれると思うぜ、オレは」


「そうかなぁ……」


 忍びの里では、限界まで自分を追い込む訓練をしていた。それこそ、限界を迎えて命を落とす者も居た。


 その頃に比べれば、フィアにした特訓は温い。忍びの里の者であれば、余裕でこなせる。


 それに、武家の修練も過酷なものであったのは月影もその目で見ている。


 だから、普通の訓練がどういったものか、月影は知らないのだ。


 不思議そうにしている月影に、フィアが呆れたように言う。


「鬼かお前は……」


 それが比喩である事は分かっているけれど、どうにも納得のいかない月影であった。

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