第10話 忍び、旅に出る

 翌日から、薬草集めの傍らにフィアの戦闘指導が始まった。


 とはいえ、呑気に鍛えている余裕はない。のっけから一対一の戦闘を始める。


「好きに攻撃してきて」


「で、でもよぉ……」


 月影の言葉に、フィアは心配そうな顔をする。


 それもそのはず。フィアが手に持っているのは真剣。当たれば、痛いでは済まない。


 子供でも振るえる刃渡りの量産型の片手剣は冒険者組合から支給された物だ。


 本当は昨日の段階で貰っていたのだけれど、戦闘は無いからと言って置いて行った。無手での心細さを覚えてもらうために、あえて何も持って行かなかったのだ。


 ゴブリンが居た事は想定外だけれど、フィアに無手での心細さを覚えてもらう事が出来た。


 無手でも戦える重要性を知って欲しかったのだ。


 ともあれ、今のフィアに無手での戦闘は難しい。そのため、剣での戦闘を覚えてもらう。


「大丈夫。一発も当たらないから」


 言って、月影は剣を構える。


 月影から攻撃をする事は無い。月影は防御に徹するつもりだ。


 しかし、月影は無手でも強いが、剣を持っても強い。練習相手に持ってこいの存在だろう。


「む……こーかいしても知らねぇからな!」


 月影の言葉に怒ったような様子で言って、フィアは月影に斬りかかる。


 しかし、素人が剣を持っただけ。振り方だって出鱈目だ。


 フィアが振る剣を、月影は難なくいなす。


「くっ、このっ!」


 むきになった様子で、フィアが剣を振る。


 けれど、むきになっている分、剣の軌道も直線的だ。読みやすい事この上ない。


 最初は助言をしない。駄目なところを見て、総括して教える。


 それでも一度で理解できるはずも無いので、次に間違うたびに言葉で教える。


 大体攻撃の仕方を憶えてきたら今度は月影は木剣に持ち変えて反撃をする。それで防御の仕方を教える。


 攻撃と防御の思考の切り替えを素早くするために、月影は容赦無く木剣で反撃をする。


 そんな戦闘訓練を七日間程行った頃、旅の資金が貯まった。


 日々ぼろぼろになっていくフィアだけれど、反骨精神のためか、目付きが火を追うごとに鋭くなっていき、常時月影を睨んでくる。


「フィア。出るけど、忘れ物無い?」


「おう」


 不機嫌そうに返事をする。


「じゃあ、行こうか」


「おう」


 歩き出す月影に、フィアは着いて行く。


 この七日間、地獄のような毎日だった。


 朝から晩まで打ち合いをし、月影は容赦無くばかすか木剣で打ち込んでくるので体中が痛い。吐く程打ち合いをして、地面に倒れるフィアを無理矢理立ち上がらせて一言。


「此処からが本番だからね」


 もう殺してしまおうかと思ってしまった。


 こっちは吐いてるのだ。もう力が入らないくらいふらふらで、朝飯も昼飯も全部吐いてるのに『大丈夫?』の一言も無い。端から吐かせるまでしごくつもりだったとしか思えない。


 ふらふらで剣を振るうフィアにも容赦無く木剣を打ち付けてくる。腹立たしい事に威力は調整しているらしく、フィアが倒れ込まない程度の打ち込みだった。


 倒れそうになると木剣で無理矢理身体を支えて立たせて来るのでとても痛い。


「ほら、立って。僕が真剣だったらもう三百回は死んでるよ? 死にたくないでしょ? ほら、立って」


 馬鹿かこいつは。


 怒り心頭でがむしゃらに剣を振るう。


 しかし、それを良しとしないのか、ぐちぐちぐちぐちとあれが悪いこれが悪いと訂正を入れてくる。


 身体は痛いわ、腹は立つわ、悔しいわで眠れない日々を過ごした。


 もう許さない。見返してぼこぼこにする。吐くまでぼこぼこにする。


 そんな目標を密かに立てる程、フィアは苛立っていた。


 何より、この七日間、文字通り一度も攻撃を当てる事が出来なかった。木剣に持ち変えてもなお、勝つ事は出来なかった。


 それが、なおさらムカついた。


「なぁ、何処向かうんだ?」


「とりあえず、魔物のいる方かな。僕との戦闘だけじゃ不十分だしね」


「そうか」


「でも、移動中もどこかで戦闘訓練はするからね。一日も無駄に出来ないから」


「ほう……」


 びきりと額に青筋が浮かぶ。


 つまり、旅の途中もぼこぼこにされると。


 死ぬぞ? 旅の途中で力尽き果てるぞ? 何考えてるんだこの馬鹿は。加減というものを知らないのか?


 心の中で文句を言いながらも、フィアのる気は満ちていく。


 しかし、満ちていたやる気も慣れない移動による疲労で削がれていく。


「じゃあ、やろうか」


「あ゛あ゛……ッ!!」


 額に青筋を浮かべながら、フィアは剣を手に取る。


 分かった。月影に常識を求めてはいけない。思いやりを求めてはいけない。優しさを求めてはいけない。


 夕方、視界の悪い中で打ち合いが始まった。結果は語るべくも無い。


 フィアは、その日も痛みと共に眠った。


 翌朝、まだ早い時間に起こされる。


「行くよ、フィア」


「おう……」


 まともに眠れていないのに、月影は容赦無く叩き起こす。


 さっさと荷物をまとめて月影は歩き出す。


 月影はフィアよりも小さい。この小さい身体の何処にそんな体力と力があるのか分からない。


 隣を歩く月影の腕を揉んでみても、筋肉質には見えない。


「何、フィア?」


「あ?」


「……なんか、荒んできたね」


「誰のせいだと思ってんだ?」


「え……誰だろう……」


 ぶん殴ってやろうかと思ったけれど、きっと避けられる。避けられたらきっとむきになる。そんなつまらない事で体力を使うのはごめんだ。どうせ今日も絞られるのだから。


 隣を歩いて、良く見て、一つ気付いた。


 月影の呼吸は一定だった。思えば、戦闘中も月影は呼吸を乱していない。自分を蛸殴りにしたパン屋の主人は少し殴っただけで息が上がっていた。


 そうか、長く戦うには正しい呼吸法を身に着けなければいけないのか。


 それが分かってから、フィアは月影の呼吸の仕方を真似するようになった。


 打ち合いをしても、気付く事は多かった。


 月影は真正面から剣を受け止めた事が無い。つまり、力ではフィアの方に分があるのだ。


 ならどうやってゴブリンの顎を砕いたり、吹き飛ばせたり出来たのか。恐らく、力技ではなく何らかの技術を使っているのだろう。


 つまり、まだまだフィアは月影に勝てる気がしないという事だ。


 ぼこすか木剣で殴られる旅道中。そろそろ木剣の痛みにも慣れてきた頃、ようやっと街にたどり着いた。


「この街を拠点にして資金を稼ごうと思う」


「おう」


 荒んだ目付きで月影を見やる。


「今の装備じゃ不安があるからね。フィアの剣もだいぶぼろぼろになってきちゃったし」


「おう、お陰様でな」


「この近辺は魔物が多いらしいから、色んな種類の魔物と戦える。つまり、様々な戦闘を経験できるって事になる」


「おう、全部ぶっ殺してやる」


 その次はお前だ。


「此処でお金と経験値を貯めて、フィアを下位二級冒険者にしようと思う」


 冒険者にはランクがある。


 下位、中位、上位、特級と、大まかに四つに分かれている。そして、特級を除いた格くらいに三級~一級の区分が存在する。


 つまり、この街で駆け出しから一段上に上がってもらおうというのだ。


 下位二級に上がるには、下位の魔物を倒さなければいけない。それも、一体ではない。数十~百体程を倒す必要がある。


 基準は曖昧だが、実力さえ示せば下位二級に上がる事が出来る。因みに、下位の冒険者が倒せない敵を倒せれば、その魔物のランクに合った昇級がなされるが、流石にそこまでしてもらおうとは思っていない。


「じゃあ、頑張ろうね、フィア」


「おう」


「それと、訓練も並行してやるから」


「ぶっ殺す」


「その意気だよ、フィア」


 やる気満々のフィアを見て、満足そうに頷く月影。


 フィアは満足そうに頷く月影を見て額に青筋を浮かべた。

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