第9話 忍び、手本を見せる
残り三体のゴブリンは、仲間がやられた事により激昂し、一斉に月影に迫る。
これが人間であれば月影の実力を感じ取り、逃げ出すなり連携をするなりするのだろうけれど、相手は知能の低いゴブリンだ。仲間がやられたくらいしか理解していないだろう。
振り下ろされるぼろぼろの斧。
月影はゴブリンの懐に入り込み、斧の柄を掴んで止める。
掌底で顎を砕き、緩んだ手から斧を抜き取ってゴブリンの頭をかち割る。
頭に素敵な
その隙に月影を狙っていたゴブリンに迫り、突き出されるピッチフォークを下から掬い上げるようにして手の甲で逸らす。
無防備になった
吹き飛ばされるゴブリンの手からピッチフォークがすっぽ抜け、流れるような動作でピッチフォークを掴み取り、逆手に持って先程蹴り飛ばしたゴブリンに巻き込まれたゴブリンに向けて投擲する。
ピッチフォークは吸い込まれるようにもんどりうっているゴブリンの頭に突き刺さる。
足元に落ちていた太めの木の枝を、鳩尾に掌底を叩きこまれたゴブリンに向かって投げる。
木の枝はゴブリンの口に吸いこまれるように入り込み、その直後に月影の蹴りによって木の枝はゴブリンの頭を突き破る。
たった数秒の出来事。フィアは唖然とした様子でその光景を眺めていた。
「見てた?」
月影の息は上がっていない。その異常性が分からない程、フィアは愚かでは無かった。
パンを盗んだ時、一度捕まってしまいこれでもかという程ぶたれた事がある。その時、パン屋の主人は酷く息を乱していた。
人を殴る事もそうだけれど、むやみやたらに拳を振り回せば息は上がるものだ。
それなのに、月影は息一つ乱さない。
つまり、月影は戦い慣れている。人を傷付け慣れている。
いつ、どこで? フィアが月影と出会ったのは三年程前だ。その三年前に、月影が何をしていたのかは知らない。その前から、フィアと出会ってから、月影はずっと強かったのだろうか?
「うっ、うぅっ……」
「え?」
突然涙を流すフィアを見て、珍しく狼狽して見せる月影。
驚かれるとは思っていたけれど、まさか泣かれるとは思っていなかった。
「どうしたの? 何処か痛い?」
駆け足でフィアに近付き、怪我を負った箇所が無いか見る。
しかし、フィアの何処にも怪我は見えず、より一層泣き出した意味が分からずに困惑する。
月影に分かるはずも無い。ずっと弟分だと思っていた月影が自分よりも強く、その上それをずっと隠してきたとあれば、その精神的なショックは大きい。
何せ、自分が護る必要も無いくらいに、月影が強かったのだから。
月影にとっては実力を隠す事は普通だ。心も思考も、月影は偽りながら生きてきた。
それが忍びであり、主を護る月影に必要だった技術だ。
けれど、フィアは家族のように思っていた月影に隠し事をされていた事が腹立たしかった。それに気付けなかった事も腹立たしい上に、自分が護らなくても月影が強い事も悔しかった。
その感情の行き場所が分からなくて、フィアはただ涙を流すしか出来なかった。
「……今日は、もう帰ろうか」
どうすれば良いか分からず、月影はフィアの手を引いて森を歩く。
ゴブリンを倒した場合、その討伐証明として耳を切り落とす。そうすれば、その分の討伐金を貰える。
けれど、目立つ訳にはいかない。金は惜しいが、最悪この森の魔物を狩り尽くせば多く手に入る。それが、月影には出来る。
冒険者に成りたての少年少女が武器も無しにゴブリンを倒したとあれば、話題は尾ひれを付けて広がる事だろう。
それは困る。
だから、少し勿体無いが放っておく。
今日採った薬草だけでもそこそこお金にはなるはずだ。夕飯を少し豪勢にする事くらいは出来る。それでフィアが機嫌を直してくれれば良いのだけれど。
ちらりと泣いているフィアを見る。
フィアは涙を拭いながら、月影をじろりと睨んでいた。
まったくもって理解が出来ず、月影は小首を傾げるしか出来なかった。
フィアの手を引いて街に帰れば、冒険者のお歴々は泣いているフィアを見て馬鹿にするでもなく微笑まし気に眺めるだけだった。初心者時代は誰しも最初の依頼で失敗をするものだ。子供の内から冒険者をやるのであれば、怖い思いをして泣いたりすることもあるだろう。
自身の昔に懐かしさを覚えながらも、先輩として初々しい冒険者を見て微笑ましく思っているのだ。
しかしフィアにとっては屈辱以外の何ものでもなく、ただただ悔しそうに歯を食いしばっている。
納品をして報酬を貰い、適当に夕飯を買って帰る。
その間、フィアはずっと月影の手を握っていた。
夕飯を食べている間もフィアは不機嫌であり、月影から背を向けて夕飯を食べていた。
機嫌が良くなるまで待とうと思い、月影は特に何を言う事も無かった。
「……なぁ」
二人とも横になってしばらくしてから、フィアが声をかけてくる。
「何?」
「……お前、あんなに強かったんだな」
本当の実力は今日見せたもの以上だけれど、それを言うような事はしない。手の内は、何処で漏れるか分からない。
「そうだね」
「なんであんなに強いんだ? 誰に教わったんだ?」
「憶えてない」
「憶えてないって、お前なぁ……」
呆れたような、疑うような、そんな声音。
実際、月影はこの身体になってからの記憶は曖昧だ。直近の事は憶えているけれど、孤児になる以前の事は何一つとして思い出せない。何故孤児になったのかもまた、思い出す事も出来ない。
誰に教わったかは、忍びの里の里長だけれど、そんな事を言っても信じて貰えるとは思えないので言わない。それに、師を教える事も許されていない。
「……オレも、強くなれると思うか?」
「修行をすれば強くはなれるよ」
月影を超えられるかは、また別の話だけれど。それでも、里の忍びにも引けを取らない実力者に育て上げる事は出来る。
しかし、忍びと冒険者は違う。冒険者にも護衛の依頼はあるけれど、忍びのように隠れて護る訳では無い。護衛の仕方は忍びのそれとは違うはずだ。
月影が教えられるのは対人戦だ。人外の戦闘方法は、月影も模索する必要がある。
ただ、ゴブリンなどの人型の魔物であれば対人戦の経験は有効だと分かった。打撃だけでも倒せる。
素手でゴブリンを倒せるくらいになってもらい、武器でそれ以上の魔物と戦えるようになってもらう。それが、フィアを鍛える最終目標だ。
「……じゃあ、オレに戦い方を教えてくれよ」
「良いよ。元々、そのつもりだったし」
ともあれ、フィアがやる気になってくれたようで何よりだ。
時間も無い。駆け足にはなるが、フィアには最悪一人でも戦えるようになってもらう必要がある。
「頑張ろうね、フィア」
「おう」
ぶすっくれた声音で、フィアは返事をする。
泣いてしまう程悔しかったけれど、フィアは思った。月影が頼る程自分が強くなれば良いのだと。そうすれば、自分はまだ兄貴分で居られる。月影に必要とされる人間になれる。
今まで通り、自分が兄貴分で、月影の前を歩かなくちゃいけないのだ。あの日から、そう決めているのだから。
この悔しさは今だけだ。
「ぜってー強くなってやる……」
その呟きは、月影の耳にもちゃんと届いていた。
けれど、言葉は返さなかった。返す必要が無いと分かっていたから。
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