第8話 忍び、冒険者になる

「よし、行くぞー!」


 やる気満々のフィアは門から街の外へと歩いていく。


 暗殺者騒動から一月が経ち、月影達はようやっと冒険者になる事が出来た。


 周りからの奇異の目はあったけれど、フィアも月影も構わず冒険者登録をした。


 最初の依頼は常駐依頼である薬草の採取。それだけであれば簡単だ。


 見本を見せてもらい、いざ出発。


 フィアはどうだか分からないけれど、月影は一度見た物は忘れないので薬草を他の雑草と間違える事は無いだろう。


「なぁ、どこまで歩くんだろうな?」


「三十分程だって聞いたよ」


「結構歩くな」


「そうだね」


 二人が行く森は、比較的魔物も少ない森だ。そも、公爵領自体が他の領地と比べて比較的安全な土地柄だ。


 大きな魔物も潜んではいないし、大量発生する類いの魔物もいない。今から行く森だって、低級の魔物しかいない。それも、攻撃的な魔物ではないので、最初の仕事としてはとても安全だ。


 公爵領は危険が少ないため、あまり冒険者は居つかない。冒険者にとっては、住みやすいが稼ぎ辛い。


 なので、公爵領には一時滞在、遊興に訪れる冒険者が多い。


 公爵領には王都に負けず劣らずの呉服屋や料亭が在る。気を休めるために訪れる者が大半だろう。


 だから、冒険者として大成するにこの街を出る必要がある。


 その事に、月影は抵抗が無い。今の月影にとっては故郷なのだろうけれど、思い入れなど欠片も無い。そも、忍びの里も移動を繰り返す事が多かったので、自身の棲み処を移動する事には慣れている。


 フィアはどうかと思ったけれど、フィアとしてもこの街に思い入れは無いらしい。


 であれば、旅に出る決心も容易に付ける事が出来た。


 まずはそのための資金稼ぎだ。ちまちまと薬草を採って、慣れてきたところで弱い魔物を狩ってその部位を売る。


 それを、街と街を渡り歩いて繰り返す予定だ。


 後二、三日でこの街ともお別れという事になる。


 暗殺者騒動があったため、この街を離れるのは都合が良かった。またいつ利用されるか分かったものではないのだから。


「おっ、あれじゃねーか?」


 フィアが指差す方向に目をやれば、そこにはいかにもな森があった。


「そうだね」


「おっし! さっさと草採って帰ろーぜ!」


 足早に向かうフィアに続く月影。


 無警戒なフィアとは違い、月影は用心深く周囲を警戒しながら進む。


 いつどこで、何があるのかが分からない。注意して進むに越した事は無いだろう。


 がさがさと草を漁り始めるフィア。


「なー、これかなー?」


「違うよ、フィア。右手側にある草がそうだよ」


「おー、これか! ……これ、食えんのか?」


「食うより擦り潰したりして薬にするらしいよ」


「へー、こんなんが薬に、なぁ……」


 感慨深げに薬草を眺めるフィア。


 フィアは月影とは違いあまり物を知らない。それは、浮浪児ゆえに教育がなされていないからだ。月影は前世の記憶があり、ある程度の物事は知っている。それでも、この世界については知らない事の方が多いけれど。


 戦闘経験などは、この世界も前世もそう変わらないはずだ。それは、孤児である月影の大きな力になっている。


「……フィア」


「ん、どーした?」


「もう少し森の中に入らない?」


「おっ、良いねー! もっと薬草採って帰るか! そしたら、旅の資金も集まるからな!」


 森の入り口付近で薬草を集めていた二人は、そのまま森の中に入っていく。


 森の中は薄暗く、何処からか不気味な鳴き声も聞こえてくる。


 流石に気味が悪いのか、フィアの表情が少し強張る。


「薄気味悪ぃなぁ……」


「そうだね」


 少し歩いて、開けた場所に出る。


 此処ならば申し分ないだろう。


 月影はおもむろに荷物を下ろす。


「ん、どうした? 疲れたか?」


 荷物を下ろした月影を見て、フィアが心配そうな顔をする。


 そんなフィアに、月影は至って冷静な口調で言う。


「フィアは、冒険者になってお金持ちになりたいって言ってたよね?」


「あ、ああ……」


「なら、率直に言うね。今のフィアじゃ、多分低級の魔物にすら殺される」


「え……?」


 月影の言葉に、フィアは呆けた声を出す。


「は、いや、だいじょーぶだって! 金が貯まったら武器も買うし!」


「フィアは武器を使った事があるの?」


「無ぇ……けど……」


「素人のフィアにやられる程、魔物は甘くないよ」


 生前、月影が戦ってきたのは人だけではない。もっぱら対人戦だったけれど、必要に迫られれば魔の者も相手にしてきた。


 生前のそういった手合いと同じとは限らないけれど、魔物も恐らくは常人の手に余る存在だろう。


 少しばかりの心得があり、戦闘の達人である月影とは違い、フィアはただの子供だ。剣を持っただけで魔物に勝てる程、魔物は甘くは無いだろう。


 訳知り顔で語る月影に、フィアは面白くなさそうに顔を顰める。


 それはそうだ。フィアからすれば、月影は自身の弟分。それに、月影が実際に戦ってるところだって見た事が無い。


「なんだよそれ。じゃあお前は魔物と戦えんのかよ!」


「うん、戦える」


 即答した月影に、しかしフィアは訝し気な視線を向ける。


「どーせ口だけだろ。お前が戦ってるところなんて見た事無ぇし!」


「じゃあ、実際に見せようか」


 言って、月影は視線をフィアからずらす。


 会話中もずっと捉えていた足音。その数は四。


 音からして二足歩行。体重も軽く、人間の子供くらいしか無いだろう。


 それが、こちらにゆっくりと歩いてきている。


 月影はさりげなくフィアよりも前に出る。


「お、おい、どうした?」


「見ててね、フィア」


 フィアにはまだ何が起こっているのか分からない。


 月影の様子を窺っていると、ようやくフィアにも聞こえる距離で物音が鳴る。


「ひっ」


 それを見て、フィアは怯えたような声を漏らす。


 草むらをかき分けて現れたのは醜い見た目の人型の魔物。


 汚らしい腰布だけを巻き、手にはぼろぼろになった農具を持っている。


薄茶色の肌は汚れだけではなくそれが地肌なのだろう。目はぎょろぎょろと大きく、口は下品なくらいに大きい。


 月影達を見て、その者達は下品に笑う。


 ゴブリン。そう呼ばれる低級の魔物だ。


「な、なんで! この森にはいないはずだろ!?」


 おそらくは、流れついて来たのだろう。そして、運悪く他の冒険者が倒す前に二人が遭遇してしまった。


「に、逃げるぞ!」


「ううん、逃げないよフィア」


「はぁ!?」


「言ったでしょ、魔物を倒せるって」


「お前根に持ってんのか!? そんな事言ってる場合じゃねぇだろ!!」


「フィア。僕は、フィア程弱く無いんだ」


 月影は冷たく言い放ち、ゴブリンに向かって歩き出す。


「お、おい!」


 そんな月影を止めようとするも、フィアはゴブリンが恐ろしくてそれ以上近付けない。さりとて、弟分である月影を置いては逃げられないのだろう。泣きそうな顔で月影を見ていた。


 月影は、ゴブリンがこの森に居る事に気付いていた。


 動物以外の足跡が幾つか在り、縄張りを示すように木に傷がつけられていたからだ。


 動物以外の何かが居る事は分かっていた。だからこそ、フィアを森の中に連れ込んだのだ。


 ゴブリンであれば、良い練習台だ。


 身体の力を抜く。極自然体でゴブリンに歩み寄る。


 ゴブリンは下卑た笑い声を上げて月影に鍬を振るう。


 悲鳴を上げるフィア。


 しかし、最悪の事態など月影の前で起きるはずも無い。


 振り下ろされる鍬を、手の甲で押し、自身の身体の横に流す。


「――ガァッ!?」


 驚愕の声音を上げるゴブリン。次の瞬間には自身の視界がぶれる。


 激しく視界が揺られながら、ゴブリンは身体に衝撃を受ける。


 何があったのか、ゴブリンは分からない。しかし、傍から見れば何をされたのかが明白だった。


 月影に顎を砕かれ、脳震盪を起こして倒れたのだ。


 倒れ込んだゴブリンの首を、月影は容赦無く踏み折る。衝撃で、ゴブリンは絶命する。


「フィアには、これくらい出来るまでに強くなってもらおうと思ってるよ」


 涼し気な顔で、月影はフィアを見る。


 たった今命を奪った。それなのに、月影は酷く冷静だ。


 その涼やかさが、フィアにはとても恐ろしく目に映った。

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