第3話 忍び、相対する
孤児の少年として転生をしてから、早くも一年が経過した。
暮らしが良くなる事は無かったけれど、悪くなる事も無かった。
しかし、それは月影とフィアに限った話だ。
孤児の数は減り、今では片手で数えられるくらいになってしまった。
病気に
朗報は聞けずだったが、訃報は数聞いた。
その度、フィアは悲しそうな顔をするけれど、月影にはそんな顔は出来なかった。
そも、人格が月影となってから、感情が削ぎ落されたために、大抵の事には心を揺らさなくなった。
生前と変わらない。冷静に物事を判断しているだけ。そんな、泣きも喚きもしない月影を見て、フィアはなんだか不服そうな顔をしていた。
「……なぁ」
「何?」
「もう少ししたら……オレ達十二だろ?」
「そうだね」
「危ねぇかもしれねぇけど、冒険者にならねぇか?」
冒険者。未開の地を調査したり、神々や悪魔が残したと言われる迷宮を攻略したり、危険な魔物を狩って生計を立てたりする職業の事だ。
一山当てたら大きな稼ぎになるけれど、危険な仕事だけあって冒険者の死亡率は高い。それも、駆け出しの子供となればなおさらだ。
「……フィアは、何処か別の街で宿屋の給仕とかで働けば良いんじゃないかな?」
「はぁ? なんでオレが……」
「
言いかけ、月影は投げ付けられた食器を片手で受け止める。
「オレは女じゃねぇ!! 二度とそんな事言うな!!」
激昂した様子のフィア。
意識が月影になってから、直ぐに気付いた。
フィアは痩せ細っており、男勝りな口調で通しているけれど、まごう事無く女の子だ。
しかし、それを指摘すると今のように怒る。
子供の内は良いかもしれないけれど、大人になった時に自身の性別を受け入れられていないと大変だ。別段、男子であろうとすることに固執している訳でも無いのはフィアを見ていれば分かる。
隠しているようではあるのだけれど、一緒に暮らしていれば分かる。
割れてくすんだ手鏡に、欠けた花のブローチなど、捨てられていた物だけれど女子的な小道具を幾つか隠し持っているのを知っている。
それに、最近は月影が食糧を上手く盗るから、肉付きも良くなってきた。年齢もあいまって、女性的なラインが出てき始めているのも事実。
何故彼女が男である事に固執しているのかは分からないけれど、彼女が望んでもいない事をさせている事だけは分かる。
もしかすれば、弟分である月影のためを思ってやっているのかもしれないけれど、月影は生前では今くらいの時分から忍びとして任務をこなしていた。フィアに心配をされる程柔ではないけれど、その事情をフィアは知らない。
今までは盗みや人の死角に入る技術しか見せていないので、フィアが心配になるのも無理からぬ事かもしれない。
「御免。でも、フィアには危ない事をしてほしく無いから……」
「……っ! お前は、そうやって……!!」
ぽこっと月影の頭を殴るフィア。
フィアに気付かれないように威力を殺しているので痛くは無い。
「お前は、オレの、弟分なんだよっ!! お前はオレの心配なんかしなくて良いんだ!! ちょっと盗みが上手いだけで、調子に乗るなよな!!」
月影の盗みはちょっとどころの技術に収まらないのだけれど、そう訂正しても火に油を注ぐだけだろう。
「良いか! オレ達は冒険者になって、そりゃあもう荒稼ぎすんだよ!!」
「でも、冒険者は危ないし」
「今だって似たようなもんだろ! 日銭もねぇ! 貯蓄だってありゃしねぇ! 明日生きてるかなんて分からねぇ生活よりも、明日も生きるための生活をした方が良いに決まってる! オレは、死ぬのをただ待つだけの生活なんて御免だね!!」
「フィア……」
「来月だ! 来月オレ達は冒険者になれる! 怖ぇってんなら、お前はずっとこのテントで縮こまってろ! オレがおまんま取ってきてやらぁ!」
言って、ふんっとそっぽを向くフィア。
これだけ言い合っても、フィアは月影と一緒に生きようとしていてくれている。
それは、フィアが優しさと責任感を持っているからだろう。
けれども、フィアが戦うよりも月影が戦った方が効率的だ。それを言ってしまう程、月影は酷ではないけれど。
機嫌を損ねてしまったフィアをどう御機嫌取りしようかと考えていると、外から声が聞こえて来た。
フィアは気付いていない。距離はまだ空いている。
声は若い。少女と、少し年上の女性の声。
彼女達の背後には馬車が止まっている。馬の足音に、馬車の車輪の音が聞こえて来た。
馬車は貴族や商人の乗り物。荷馬車にしては音が軽い。降りてきたのが少女である事から、貴族である事は間違い無いだろう。
公爵領という事を考えれば、公爵の娘という可能性が高い。
だが、公爵令嬢がこんな場所に何の用が在るのだろうか? 強制退去の告知であればわざわざ貴族が来る訳が無い。
それに、孤児である彼等の強制退去=棲み処の消失である。見てみぬふりをするだろうけれど、そんな手間をとるとは思えない。
街の景観が少し汚れる程度、公爵は気にしないはずだ。他の街よりも、孤児の数が圧倒的に少ないのだから。
少し待てば、汚れは勝手に落ちていく。であれば、何かをする方が面倒なはずだから。
何が目的か。
外に警戒を向けながら、袖の中に隠している暗器をいつでも取り出せるようにしておく。暗器はこの一年で街の中の廃材などを使って自分で作り上げたものだ。身一つで大抵の事はどうとでも出来るけれど、暗器を持っていて損はない。備えあれば患いなし、だ。
「おい、どうした?」
外の気配に気付いていないフィアが怪訝な表情で黙りこくっている月影を見る。
「いや、何でもないよ。僕も、冒険者になろうかなって思ってただけで――」
「少々よろしいかしら?」
月影の言葉がテントの外から遮られる。
「あん?」
外からの言葉に、フィアの眉が寄る。
凛とした、落ち着きのある声音。そんな声音を出す者が、自分達に用があるとは思えない。
「どうする?」
「出なくて良いだろ。オレ達には関係ねぇ」
フィアはそう言うけれど、その声がこのテントに向けて発せられているのも事実。
それに、二人の気配はこのテントの前で止まっている。
しかし、フィアが出なくて良いと言うのであれば月影はそれに従うだけだ。これ以上機嫌が悪くなりでもしたら、宥めるのに時間がかかる。
二人が無言でいると、テントの向こう側から慌てたような声音が聞こえてくる。
「どうしましょう? 留守なのでしょうか?」
「いえ。先程声が聞こえてきましたので、留守では無いかと」
「そうなのですか? もし、少々よろしいでしょうか?」
先程よりも大きな声で尋ねられる。
フィアを見やれば、フィアは機嫌が悪そうな顔でそっぽを向いている。どうやら、答える気は無いようだ。
「だんまりしていないで出て来なさい。不敬ですよ」
「アリザ、そんな言い方をしないでください。出て来ては貰えませんか? 少々、お話しがしたいだけなのです」
「お嬢様。お嬢様が下手に出てはいけません。アリアステル家の令嬢として、毅然とした態度で接するべきです」
「こちらからお願いをしているのです。それくらいの態度は普通でしょう?」
「普通ではありません。お嬢様は公爵家の御息女。下賤の者とはお立場が違うのです」
「こら、アリザ! そんな事を言わないでください!」
テントの前で若干の言い争いをする二人。
「フィア。僕が対応するよ」
「いーって出なくて」
「でも、出ないといつまでも居ると思うよ?」
「……勝手にしろ」
「分かった」
うるさくされるのも面倒なのだろう。月影に対応を任せるフィア。
月影は注意しながら、テントをめくって外に出た。
テントの前に立っていたのは、小綺麗な服を着た一人の少女と、給仕衣装を身に纏った一人の女性だった。
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