汝、金魚刑に処す
朝霧
罪人
現れた罪人は若い女だった。
その表情はここ最近の他の罪人のように恐怖で強張ってはいなかった、ただうっすらと笑みを浮かべていた。
妙に生気のある瞳が自分の身体を興味深そうに眺める。
負の感情が一切感じられない目だった、こういう目を見たのは何百年ぶりだろうか?
「へえ、あなたが噂の金魚さまですか。金魚の人魚だって聞いていたのでてっきり女の人だと思っていたのですけど……男性、だったんですねえ」
罪人は世間話のようにそう言った、自分がこれからどんな目に遭うのか理解できていないわけではないだろうに。
……いや、わからないのだろうか? 金魚刑は死刑よりも重い刑、それゆえ時折本当に頭のおかしい罪人が運ばれてくることもある。
どちらにせよ、自分の役目は一つだけ。
厳重に拘束された罪人の、口以外に唯一自由な右腕を掴む。
抵抗はされなかった。
「……お前、この後どうなるのかわかっているのか?」
ニコニコと笑う罪人に、思わずそんな問いかけをしていた。
「わかっていますよ。金魚になるんです。とてもとてもとてもとても、とーっても痛くて悲惨な死刑、テロレベルの大量殺人者とかにかされる、この国で一番重い罰……ですよね?」
「ああ、血も肉も骨も内臓も、その全てが細かくほぐれて金魚になる。一匹一匹分離するごとに激しい痛みにのたうちまわって……最期の一匹になるまで……いや、なった後も自分に食い尽くされるまで死ねずに正気を保ったまま、ずっとその痛みに苦しむことになる……わかっているのなら何故笑う? 異常性壁の変態なのか?」
「いいえ、いいえ。そんなことはありません。ただ、私は世界一の大罪人ですから……金魚刑になるのは当然、でしょう?」
「世界一? そう自称する輩を一体何人金魚にしたんだったかな」
「へえ。やっぱり金魚刑になるような人だとそう自称する人って多いんですね。けど多分私が一番ですよ。なんせ私、生まれたその時に人を殺しているので」
「……そうか」
「それだけじゃないんですよ? 五歳と十歳と十八歳の時にも。未成年のうちになんと私は四人も人を殺しているのです。……けれども誰も私を裁いてはくれませんでした。四人も殺したのに無罪です。誰も彼も私は悪くないと言いました。おかしいですよね、だって私は四人も殺していたのに」
罪人はヘラヘラと笑っていた、その罪人の背後、強化ガラスで隔てられたその先で顔面が黒子まみれの男が自分を睨んでいた。
「……無駄話はここまでだ。これより刑を執行する」
「はぁい」
罪人はにこりと笑う、その罪人の右の手首に深く噛みつき、血が溢れた傷口を舌で舐める。
人間の血の味は、相変わらず不味かった。
腕から手を離すと、変化はすぐに。
「ぐぎっ!!?」
罪人が濁った悲鳴をあげる、先ほど自分が噛み付いたその傷口から真っ赤な金魚が一匹、ずるりと這い出てきた。
這い出てきた金魚はプカリと空中を泳ぎ始める、口を開くと当たり前のように自分の口内に飛び込んできたそれを思い切り噛み砕いて嚥下すると、罪人は絶叫を上げた。
ずるりずるりと罪人の傷口から金魚が這い出てくる、それだけでなく右手の中指がくしゅりと潰れて、潰れた先から白混じりの金魚が泳ぎ出す。
あとはもうゆっくりと全身が金魚に変わっていくだけ、悍ましい激痛に支配された罪人にはもうまともな思考力なんて残されていないだろう。
「……わた、しは……ひとをころ、しました……」
「……!!?」
こうなった人間が、まともな言葉を吐くのを見たのは何十年ぶりだろうか。
「けど、だれも、だれ、も……おこって、くれなかった……こんなひどい、あくとうを……いちばんひどいほうほうで、ばっせられるべき……ひとでなしを…………だれ、も……だから、いっぱい、いっぱ、い……ころした、んです……だれもかれもがわるくないというのなら、もう……だれもかれもがわるい、と…………ぎゃああああああああああああああああ!!!!! いたい!! いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!」
唐突に絶叫を上げた罪人の右手を見る、すでに五本の指全てを失った手のひらがぐちゃりと潰れたその瞬間をちょうど目の当たりにしてしまった。
潰れた肉が解ける、ピンク色の骨も崩れて、赤や白、それらが混じった金魚に生まれ変わっていく。
自分の呪いはすでに全身をまわったのだろう、腕、肩、腹部、脚、顔の肉もじわじわと崩れていく。
罪人はその身をガクガクと痙攣させている、叫ぶ気力も無くなったのか声は途切れていた。
喘鳴と、罪人の肉と拘束具が擦れる音だけがこの空間を支配する。
いつも通りの光景だった、あとはもう、この罪人が自分の
「…………だから、ひとを、いっぱい、ころしたの……まんえんでんしゃに……どくがすを……たくさん、ひとを、ころした…………」
「……驚いた、ほんとうにおどろいた……まだ、しゃべれるのか」
「…………ああ……ごめんなさい、みみがかたっぽ、どっかいっちゃったから……よくきこえな……いたい、いた、い……すごくいたい、くるしい……ああ、やっと……ばつを……やっとばっして、もらえた…………ああ、やっと……これで、やっと……うまれてはじめて、じぶんをゆるせ……」
ごぼりと罪人の喉から奇妙な音が、それと同時に罪人の口から金魚が溢れ出す。
罪人の白く細い喉が内側から削り取られるように薄くなって、最後にはだらりと汚い音を立てながら大穴が開いた。
今度こそ喋れなくなった罪人の口元は、それでも笑みで歪んでいた。
柔い眼球がどろりと溶けて白と黒の金魚に変じる、口を開けると真っ先に飛び込んできたそれをよく噛み締めてから、ゆっくりと飲み込んだ。
汝、金魚刑に処す 朝霧 @asagiri
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