#2 勇者テラ、誕生!
まあなんやかんや語る事もなく、1か月が経ち、その頃には僕はお告げの事はすっかり忘れていました。もちろん、生命保険の事も。
その日は「聖剣祭」といって、年1度の「魔王封印」の日を記念し、勇者ゼタの功績を讃えるお祭りです。まあ、開催時期が秋なので、収穫祭も兼ねたもので、たくさんの屋台が並んだり、ゲームをやったり、歌って踊って騒いでと、普段無口なライオンもこの日だけは踊り狂う、そんな日ですね。
で、聖剣祭の目玉が、聖剣を抜く儀式。村の若者による、聖剣を手に取って持ち上げるという内容で、毎年聖剣を抜いた人は誰一人いません。当たり前ですが。まあ、それ自体は聖剣祭を盛り上げるパフォーマンスで、僕ですら抜けた事はありません。まあ、これからもないでしょう。
その日は満月。月は女神の象徴とか、運命のなんちゃらとか聞いたことがありますが、まあそんなんは迷信。僕は信じませんよ。
「ほら、テラも抜いてごらんよ」
と、隣の家の「マーシャおばさん」が僕の背中を叩き、聖剣を抜く様に促します。ご都合主義万歳の如く、ちょうど順番に空きが出たので、僕は聖剣に近づきました。
「テラで最後か~。まあ、どうせ抜けないだろうけど!」
「あんのぼんくら、毎年おるけど、一番勇者っぽくねえよんな~」
「アハハハハハ!」
僕は指をさされて笑われている気がしますが、まあとりあえず今年も抜けない聖剣を引っこ抜いて進ぜよう。と思いながら聖剣の柄を両手でつかみます。
そして、大根を引っこ抜く要領で持ち上げますと……
――あれ、動く!? 聖剣が持ち上がります。去年までガチガチに固まってるように動かなかったのに! 聖剣を引き抜き、天に掲げました。純白の剣が、月灯りを反射してギラギラ輝いています。ざわざわと村の人たちが騒いでいました。
「テラが、あのぼんくらのテラが聖剣を抜いた!?」
「マジ!? あの臭いテラが!?」
「アホンダラのテラが!? すげー!」
「……」
まさか抜けちゃうとは思いませんでした。僕はしばらく聖剣を見つめ、ぼーっとしていました。で、その日の夜は大騒ぎ。土曜の夜はサタデー・ナイト・フィーバー。僕は聖剣を抜いた「勇者テラ」として持ち上げられ、ビールを頭からかけられ、料理もどんどん運ばれ、崇め奉られ、ラジバンダレ。宴は翌朝まで続き、騒がしい夜が明けました。
……結果を先に言いますと、父ゼタ・ピカタは死にました。
理由は、なんと酒樽に首を文字通り突っ込み、酒に溺れた溺死。……なんと情けない! こんなにあっさりしすぎて涙を流そうにも流れる涙がありません。まあ、村長が死んだという事で、騒ぎにはなりましたが……。葬式で涙を流す人はおらず、神に祈ってくれる人もいませんでした。いや、そもそも、葬式に参加してくれる人は数人しか……いや、数人もいてくれました。なんだか複雑です。
実は父はこの村ではかなり素行が悪く、それに伴い僕の評価も若干ダダ下がっていて、いい迷惑でした。セクハラ、モラハラ、パワハラと、元勇者で現村長の立場を利用したとんでもないクソ野郎でして。まあそう言う事もありまして、この村で一番嫌われている人でした。ぶっちゃけニートみたいなもんで、昼はぐうたら酒飲んで寝てるだけですし、言う事と股間のこん棒だけはご立派様でしたし。
ま、そんな事もあり、クソ野郎の息子である僕は聖剣を抜いた勇者って事で――
「さっさと出ていけ!」
「もう戻ってくんなよ、クソ野郎のクソ息子!」
「この穀潰しの息子!」
「ばーーーーーーか!」
「コンドモドッテキタラ、ジュウキョフシンホウニュウデ、ウッタエルゾ!」
などと罵声を浴びせられ、皆さんが見送ってくれます。僕は、聖剣と3日分の食料と着替えを持たされ、村から実質追放されました。
「ジュウキョ……フシン……ホウニュウ……?」
僕は首をかしげ最後に言われた言葉を繰り返します。なんというか、まあこれからなんとかなるだろう。と前向きに考えているせいか、村から追い出されても、後ろ向きな考えはほとんどありませんでした。食料もありますし、実際何とかなるでしょ。うん。
『――お告げどおりでしたでしょう』
と、その日野宿して眠っていたところ、光が僕に語り掛けます。
「お告げ?」
『先月、あなたに運命を伝えた件です。聖剣を抜いて、父ゼタが死に、旅に出たでしょう?』
「ああ、あなたは、「たくあん」」
『お告げ者です』
「そう、お漬物」
『――もうやめにしないか』
相変わらず面白い反応する玩具ですね。と思いながらニヤニヤしていると、お告げ者はうんざりするようにため息をつきました。
『お告げどおり、聖剣を抜いたと同時に、魔王が復活してしまいました』
「魔王が?」
『はい。ですので、聖剣を手に取り、魔王を倒すのです』
「それって絶対ですか?」
『絶対です。逆らう事もできません、逃げられません、クーリング・オフもダメです』
「何それむっちゃムカつきますね、殴っていいですか。処していいですか」
『ダメです』
僕の意思は無視ですか、運命って残酷ですね。
『大丈夫です。私がたまに助言しますんで』
「いつも助言してくださいよ」
『甘えんな!』
お告げ者がぴしゃりというんで、僕は押し黙ります。
『ではまず魔王を倒す為の仲間を集めなさい。次の目的地は「城塞都市ヴェルディンベルグ」に向かいなさい』
「嫌だ!」
『はよいけ!』
「……はい」
僕が頷くと、光が消え去ると同時に、木の隙間から漏れる朝光が視界に入り、目が覚めました。……なんか夢を見ていた気がしますが、ぼんやりしてるなぁ……。
「……城塞都市って、こっから何日歩くんだっけぇ」
と、よだれが垂れた口元を拭きながら、立ち上がり、少ない荷物をまとめて立ち上がりました。そして、ぼんやり覚えている場所を目指して、ぼんやり覚えている「魔王討伐の旅」に改めて出発する事にしました。
嗚呼、この旅で出会う人達がまともな人でありますように。と、願っています。
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