壱幕目 九つの墓の謎

#3 あなたは命の恩人です!

 ああ、ダメだ。お金もないし、食料も1日でなくなっちゃった。腹の虫が鳴りすぎて動けない。身体も動かない。困ったな、ハゲタカが木の上からギラギラと目を光らせ、僕を狙っているようです。どうにかして動かないと、僕がハゲタカのおやつになってしまいます。


「むぅぅうううぅぅ!」


 体を動かそうと腕を杖代わりにして踏ん張りますが、そんな体力も残ってないみたい。

 背中や頭が何か尖ったようなモノで突かれる感覚と、血は出ないけど鋭い痛みが走りました。いてて。ハゲタカが僕を突き始めたようですね。抵抗しようにも抵抗できないです。いてて。いつもならこんなの、聖剣で――いてーなこの野郎ッ!


「ふぐぃいいいいい!」


 声は出るけど言葉にならない。いてて。もうつつかないでよぉぉ! とモノローグでは声が張り裂けんばかりに叫んでいると、ふと頭上を矢のようなものが空気を切り裂きながら飛び、ハゲタカを追い払っていきます。

 ですね、風の魔法。多分「ウインドアロー」。僕は魔法の嗜みは全く全然ありませんが、万物を超越する力だそうで、大気中に含まれるマナを消費して放つ、人類の特殊能力だって聞いたことがあります。近年はマナを応用した新技術である「魔導技術」なんてものもあるらしいですが、田舎者の僕には関係ないし知らない事ですね。

 いやはや何にせよ、誰かがハゲタカを追い払ってくださったようですね。ありがたい。


「ちょっと、そこの――うわっ、くっさ、くっさ! えげつなっ!!」


 そして女の子の声もする。ですが、なぜか臭そうに鼻をつまんでいるせいか、空気が籠った鼻声でした。


「ちょっと、あんた、大丈夫なの? うっわ、ハゲタカに突かれてかわいそうに……傷もところどころあるじゃない。浅いから大丈夫かもだけど」


 と、声を掛けられ、身体が急に持ちあがって何かに乗せられたようです。モフモフしてますね。視界には白いモノが広がっています。何でしょうこれは。


「「シャンバール」、宿まで運んで」

「クコッ!」


 状況がよく飲み込めませんが、恐らく何かが僕を運んでくれているのでしょう。ゆっさゆっさと揺れ、ドスドスという足音も響いています。……というか今気づきましたが、このモフモフ、温かいですね。



 と思っている間に僕は眠っていたようです。僕は地面に放り出され、その衝撃で目が覚めました。


「あいたた!」

「おーし、生きてるわね。ってね!」

「クッ!」


 こんなひどい扱いを受けて、あんまりです。泣いちゃいますよ。と、目を開けると、どこかの部屋にいるようでした。まあ、あんまり綺麗ではありませんし、むしろボロボロですが、ベッドの布団は……うーん、なんかシケたにおい。しかも薄い。


「ちょっと寝てんな、あんた!」


 また声がします。さっきから声の主の正体が分かりません。すると、誰かが僕の背中を支え、起こしました。ようやく、声の主の姿を捉えることができました。

 金髪のお下げがかわいらしく、サファイアのような色の瞳が澄んでいる、僕より年下っぽい女の子が僕の顔を覗き込んでいました。長い耳からして、エルフでしょうか? まあいいか。隣には鶏のような魔物――あ、コカトリスですね。その子が彼女の肩に乗って、僕を心配そうに眺めているようです。そう言えば彼女のこの服装……軍人でしょうか? 村に近所の都市――とはいえ、8日くらい歩いた先ですが。そこから軍の人が来た事があって、同じような装備を見たことがあります。こんな小さな女の子でも、軍人になれるなんて、すっごーい!

 あ、それより返事をしなくては……


「す、すみま……」


 僕は思ったより喉が渇いていて、掠れた音を口から放り出しました。すると、彼女ははっと気づいて、慌てて肩から下げているバッグから筒を取り出しました。


「これ飲みなさい」


 僕はそれを受け取り、ふたを外します。ぼちゃんと音が聞こえるんで、その音を聞いた瞬間、弾かれるようにその筒の中身を口に入れました。ぐびぐびと音が鳴り、水分が乾いた身体に染み渡るゥ~!


「ぶほっ! ありがとうございます、あなたは命の恩人です!」

「お、大袈裟ね……ちょっと引くわ」

「なぜですか!? 僕、食料が底をつきて行き倒れてたところだったんで、あなたがいなかったらハゲタカのおやつになってました、感謝いたします!」


 僕はそこまで言うと、椅子から降りて、額を床に擦り付けるように頭を深々と下げ、「ありがとさんですッ!」を連呼していました。恩人様はなんだか戸惑った声を出しています。


「お、落ち着きなさいよ。てか土下座とか何時代の人よ……と、とりあえずご飯も食べる?」

「ありがとさんですッ!」

「もういいから。あとその前にお風呂入りなさいよ、臭うから」

「……スンスン。そうでしょうか?」

「あんた嗅覚おかしいわよ……とにかく入れ! ご飯はそれから!」


 恩人様がしっしっと手で僕をお風呂に入るよう促します。……そんなに臭うのかな。というか、最後にお風呂入ったのいつでしたっけ。


「……僕、そんなに臭いますか?」

「うん」

「……臭いますか?」

「うっせーこの野郎、はよ行かんかい!」


 うひっ、怖い! 僕はお風呂に行かせてもらう事に。……そっか、そんなに臭うんですか。まあいっか。

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