12 先輩とナンパ - 1
帰りのホームルームが終わり、クラスで唯一仲のいい幼馴染が友人と話しているのを確認した俺はさっさと帰ろうとカバンを持って自分の席を立った。
いや、別に一緒に帰る友達が勇樹しかいないわけじゃない。
今日はたまたま1人で帰りたい気分なだけだ。
そんな誰にしているともわからない言い訳を声に出さずにしながら教室の扉の前まで来たところで後ろから声をかけられた。
「相良君、ちょっと待ってください」
「ん?」
後ろを振り返るが誰もいない。
悪戯かと思ったが、視界の下の方で何かが動いているのに気がつき視線を下げる。
「あ、気がついてくれました?」
そう言って柔らかく笑みを浮かべるのは俺のクラスの担任であり、勇樹のヒロインの1人である
どうやら俺との身長差が大きかった為に視界に入っていなかったらしい。
吉宮先生は俺にスッと一枚のプリントを差し出してくる。
それを受け取って目を通してみればそこに書いてあるのは図書委員会の管理当番表だった。
「これ、朝に図書委員会の顧問の先生から渡すように言われてたんです。一応手元にもあったほうがいいだろうって。すっかり忘れてました」
「あはは‥‥‥」と少し気まずそうな笑みを浮かべている吉宮先生は身長の低さも相まってどことなく庇護よくをそそられる。
思わず犬や猫にするのと同じように頭を撫でそうになるが、欲望を何とか理性で押さえ込む。
「ありがとうございます。用事はこれだけですか?」
「はい。気をつけて帰ってくださいね」
「うす」
プリントを鞄のポケットにしまい扉から廊下に出て、下駄箱のある昇降口に向かう。
俺は歩きながら先ほど理性で押さえ込んだ手を見つめてポツリと呟いた。
「‥‥‥撫でておけば良かったかもしれん」
=====
学校の校門を抜け、1人駅に向かう道を歩く。
駅に着くとそのまま構内に入っていき、ICカードを使って改札を通り抜ける。
次の電車が来るまで10分程度あるのでホームに設置されたベンチに腰を下ろし、制服のポケットからスマホを取り出そうとするとホームに繋がる階段を降りてくる金髪の男の姿が目に入った。
それがここ最近仲良くなった人物であると分かったので軽く手を上げて俺の存在を知らせる。
あちらも俺に気がついたようでこちらに向かって歩いてきた。
「よう、奇遇だな蓮。今帰りか?」
「そうです。先輩もですか?」
「いや、俺は帰りじゃねぇな」
エロ漫画の典型的な寝取り役のような外見をしている先輩ーー
先輩はポケットからスマホを取り出し画面の操作を始めた。
「帰りじゃないならどっか行くんですか?」
「ああ。適当にナンパでもして、可愛い子の連絡先を増やそうと思ってな」
「ちなみにどの辺りで?」
「この時間なら遊びに来る学生が多い街の方の駅だな」
「いかにも遊び慣れてそうな奴の言葉ですね」
「遊び慣れてるからな」
何でもないことのように先輩はそう言うが、時間帯と場所を把握してるってことは結構頻繁にこういうことしてんだろうなぁ。
外見だけじゃなくて中身の方も寝取り役みたいだな。
後はどっかの主人公のヒロイン寝取るだけじゃん。
俺がそんなことを考えていると先輩は一旦スマホの操作をやめ、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
え、俺何かした?
ちょっと怖いんだけど。
「蓮、お前ってかなり顔整ってるよな?」
「え?あ、はい。それなりに」
「自分で認めるのかよ。まあいい、蓮、ちょっと付き合え」
「は?」
「お前がいれば俺の外見じゃ引っ掛けられない子の連絡先が手に入るかもしれないしな」
「え、俺今から帰ってゆっくりしようとーー」
「ちょうど電車がきたな。ほら行くぞ」
そう言って先輩は俺が乗る予定のものとは反対方向に進む電車の車両に向かって歩いていく。
俺の制服の襟を掴んで。
「え、ちょ、先輩!?俺帰りたいんですけど!?」
「ほら、扉が閉まるぞ。気をつけろ」
「いや、だから俺帰りたいんですって!」
制服の襟首を掴む先輩に必死に訴える俺の前で無情にも電車の扉が閉まった。
そして電車がゆっくりと動き出し、家の方向とは真逆に動き始めた。
「諦めろ」
「ふざっけんな!」
=====
「よし、とりあえず駅前の広場に行くか。あそこは待ち合わせをする奴らが多いから女の子も見つけやすいんだよ」
「そうっすか‥‥‥」
現在、俺は街にある駅の構内に立っている。
抵抗虚しく先輩に電車に乗せられ連れてこられてしまった結果だ。
家に帰ろうと思っていたのに無理矢理連れてこられて気分が沈んでいる俺とは対照的に、先輩は先ほどよりも幾分かテンションが高い。
そんなに楽しみなのか、ナンパが。
「ほら、行くぞ」
「‥‥‥はい」
先輩の後をついていくようにして駅の改札を抜け、駅前の広場までやってきた。
放課後の時間帯ということもあってか広場には制服姿の学生が多い。
先輩の目当ての女の子も軽く視線を巡らせるだけでそれなりの数が見つかる。
「なあ、蓮」
「‥‥‥何すか?」
「お前はどの女の子に声をかけたい?」
「そうっすね‥‥‥候補としてはとりあえず3人くらいいますね」
「急に元気になったのは気になるが、今は置いておこう。言ってみろ」
「まず、あそこの花壇に腰掛けてる黒髪の女の子ですね。あれは素直に俺のタイプです」
「ほう」
俺たちが視線を向ける先にいるのは長い黒髪をストレートにした女の子だ。
高い位置にある花壇に1人で腰掛けてスマホをいじっている。
友達を待っているのか、はたまた彼氏を待っているのかは知らないが優しそうな雰囲気がいい。
「で、次はあそこにいる大学生っぽいお姉さんです」
「年上を狙ったか。なかなかだな、蓮」
次に視線を向けたのはスマホを手に持ちながら表情に影を落としている女子大生らしき女の子。
デート用にしか見えない服と自然に見える化粧をした大人な雰囲気の人だ。
先ほどまではそわそわした様子だったのだが、スマホの画面を見ていたら急に表情が沈んだのがたまたま目に入ったのだ。
多分だが、彼氏とのデートがなくなったか出会い系のサイトでの約束が無しになったのだろう。
ナンパするなら傷ついた女の子の方が成功しやすいと思う。
あくまで俺の意見だが。
それを説明すると先輩はニヤリとした笑みを浮かべた。
「よく見てるじゃないか蓮。俺も過去にそういう女の子に声をかけたが全て成功だった。それにあの子は普段俺が声をかけても連絡先を交換できないタイプの子だ」
「つまり?」
「あの子に声をかけようか」
「わかりました」
今更だがワクワクしてきた。
ナンパってこんなに楽しいことなのか。
先輩と連れ立って先ほどのお姉さんのところへ向かう。
先輩が歩きながら声をかけろと目で合図してくる。
俺はグッとサムズアップを先輩に返して、先輩より先行してお姉さんに近づき声をかけた。
「お姉さん、暗い顔してどうしました?」
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