9 妹とお出かけ - 友情
「おい」
適当な嘘を吐いてナンパ男を追い払った後、優と白石さんが飲み終わるのを待っていると不機嫌そうな声が耳に入ってくる。
どっかの席で痴話喧嘩でもしてるのだろうか。
うるさいから他所でやってほしい。
「おいって言ってんだろ」
また聞こえた。
すごい近くから聞こえるんだけど隣の席でやってんのかな。
そう思って左右の席に視線を向けるが、どちらも今聞こえた声のような邪険な雰囲気はない。
ふと視界の中に入った白石さんの様子がおかしいことに気がついた。
ぷるぷると体を震わせて小さくなっている。
まるで何かに怯えているようだ。
「おい、聞こえてねぇのか?」
そんな声と同時に右肩に誰かの手が置かれた。
後ろに振り返ると、先程適当な嘘をついて追い払ったナンパ男が立っていた。
「お前、さっきはよくも騙してくれたな。この落とし前どう付ける気だ?」
嘘がバレたらしい。
ナンパ男の顔は苛立ったような表情を浮かべている。
だが、俺はそれに焦ることなくレジの方を指さしながら落ち着いて話しかける。
「再入店ならもう一回注文した方がいいぞ」
「ああ?てめぇ何言ってーー」
俺が指を指す方向に視線を向けたナンパ男の言葉が止まる。
何故なら、俺が指をさす方向にはナンパ男にスンッとした目を向けている店員さんたちが何人も立っているからだ。
店員さんたちのテリトリーである店内で注文もせずに問題を起こそうとしていれば当たり前のように向けられる視線。
その視線を向けられて動じない人なんているわけがなく、ナンパ男もその1人だったようだ。
「ここで待ってろ。いいな?」
そう言ってレジの方向に足早に向かって行った。
「あの人、面白い」
「奇遇だな。俺もそう思った」
「な、なんでそんなに余裕そうなのぉ?」
=====
しばらくして片手にフラペチーノを持ち、もう片方の手に持ち帰り用の紙袋を抱えたナンパ男が戻ってきた。
そして当然のように空いていた白石さんの隣の腰を下ろした。
「ひぃ‥‥‥」
白石さんが悲鳴をあげているがどうしようもないので放っておく。
優が白石さんに対して手を合わせて「南無‥‥」とか言ってる。
コラ、やめなさい。
「で、俺を騙した落とし前、どう付けるつもりなんだ?」
ストローを使って一口フラペチーノを飲んだナンパ男がそう言ってこちらに鋭い視線を飛ばしてくる。
コイツの見た目でフラペチーノとかすげぇ似合わねぇ‥‥‥。
俺はそんなことを考えながら一言。
「寝取り役みてぇな見た目のくせに小さいこと気にすんのな」
「ッ!?わかるか!?」
「うおっ!?」
煽りの意味を込めての一言だったのにナンパ男は何故か嬉しそうな表情を浮かべてこちらに身を乗り出してきた。
やばい。
顔がくっつきそう。
多分俺の顔は引き攣っているんだろうが、ナンパ男はそれに気がつくことなく興奮気味に話しかけてくる。
「お前、俺の見た目が寝取り役っぽいって思ったのかっ?」
「あ、うん」
「そうかっ。お前は思ったよりもいい奴かもしれんな」
「何でもいいから離れろ」
「ああ、すまん」
ナンパ男はすんなりと席に座り直すと、嬉しそうな表情はそのままに話し出した。
「この見た目に気づいてもらえて嬉しくてな。つい身を乗り出しちまった。すまんな」
「うん、すげぇ迷惑だったから、もうやるな」
「ハハッ。お前、すごい正直だな」
「そっすねー」
なんか、話が長くなりそうな気がする。
もう一回注文してこようかな。
「それにしても、この見た目に気づいたってことはお前もかなり読むのか?エロ漫画」
「ああ、はい。それなりに」
「ふえっ?」
あ、白石さんがいるの忘れてた。
変な声をあげて赤くなっている。
初心なのかな?
ちなみに優は俺と一緒でエロ漫画を読むことがあるのでこれくらいでは動じたりしない。
現に今も俺の腰から財布を抜き取ろうとーー
「何してんだお前」
「む。ドーナツもう一個食べたい」
「‥‥‥ほら」
「んっ。さすがおにい」
放置するとちょっかいをかけてきそうなので千円札を渡すと、すぐにレジの方に向かって行った。
‥‥‥財布がすごく軽い。
俺は財布をしまいナンパ男に向き直ると、一番気になっていたことを聞くことにする。
「一つ聞きたいんだけど、何で寝取り役みたいな見た目してるんだ?」
「ああ、それは俺が寝取り役が好きだからだ」
「寝取り役が?」
「ああ」
「好き?」
「そうだ」
誇るかのようにそう答えるナンパ男の言葉に興味が掻き立てられる。
「寝取り役の何が好きなんだ?」
「生き方だよ」
「詳しく」
「寝取り役ってよ、自分がやりたいことをやりたいように、好きな方法でやってるだろ?」
「そうだな」
「周りの評価なんて気にせずに自由にやってる姿が俺にはカッコよく見えてな。自分もそうやって生てみたいと思ったんだ」
「それで見た目を?」
「ああ。こう見えて前はそこそこ真面目だったからな。まずは見た目から変えていこうと思って三年かけてここまで仕上げたんだ」
思ったよりもしっかりとした理由があった。
正直意外だ。
てっきり、気分とかそんな感じの理由だと思っていた。
それにしてもこのナンパ男、俺とは気が合いそうだ。
「実を言うと、俺もそういう生き方に憧れがあるんだよ。周りの目も評価も気にせずやりたいことをやる。最高じゃないか」
「お前‥‥‥」
しばし無言で見つめ合う俺とナンパ男。
そして互いに示し合わせたかのようなタイミングで右手を振り上げ、顔の前で腕相撲をするような形で手を合わせて握る。
「自己紹介が遅れたな。俺は青恋高校2年、
「同じく一年の
「お前とは気が合いそうだ」
「奇遇ですね。俺もですよ、先輩」
お互いにニヤリとした笑みを浮かべ言葉を交わす。
ここに男の友情は成立した。
「おにい。何やってる?」
妹からの冷めた目線は無視をするに限る。
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