8 妹とお出かけ - 常識の通じない兄妹

 優の買い物を済ませた後、俺たちは同じモール内にある少し値段の高いカフェに入ることにした。

 白石さんには助けられたのでそのお礼をするためだ。

 あと、ただ単にここのコーヒーが飲みたいからってのもある。


 正直、優の下着が思った以上に高かったので財布の中身はあまり残っていないが、カフェで奢るくらいは問題ない。

 いや、やっぱ心配だからもう一回確認しよう。

 ‥‥‥うん、大丈夫。

 白石さんが遠慮さえ知っていれば問題なく支払える金額は残っている。


 そんなことを考えながら2人と一緒にカフェに入る。

 このカフェは先にレジで注文してから席に着くスタイルであり、お昼も近いためかレジに何人かの人が並んでいた。


 待つのめんどくせぇと思いつつも口には出さず、黙って列の最後尾に並ぶ。

 優も眉を顰めて見るからにめんどくさそうなオーラを出しているが黙って俺の後ろをついてくる。

 とりあえず白石さんにお礼をするってことは理解しているようで何よりだ。

 いつもだったら、


 「並びたくない」

 「そうだな。めんどくせぇな。別のとこ行くか」

 「ん」


 が俺たち兄妹のデフォルトなのだ。

 そんな俺たちの後ろについてきた白石さんがおずおずと声をかけてくる。


 「あの、相良君」

 「うん?どったの?」

 「やっぱりお礼はいいよ。ここ高いところでしょ?それに並んでるし」

 「気にしないでいいよ。助けられたお礼くらいしないとだし」

 「そう。気にしなくていい」

 「お前は気にしろ。元はと言えばお前のせいだからな?」

 「記憶にない」

 「おい」


 俺の発言に乗っかって先程のことを有耶無耶にしようとする優の頭をこねくり回すと、「うぁうぁ〜」とか言いながらされるがままになっている。

 そんな俺たちの様子を見ていた白石さんは前髪に隠れていない口で弧を描いた。


 「ふふっ。じゃあ、お願い」

 「好きなのを頼むといい」

 「おい。金払うの俺なんだけど?」

 「次の方、どうぞ〜」


 そんなことをしている間に俺たちの順番が来たので前に進む。

 レジカウンターの向こうでは綺麗な営業スマイルを浮かべた店員さんが立っている。


 「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

 「俺はオリジナルブレンドのコーヒーのMサイズ。アイスで」

 「ん、私はチョコフラペチーノにホイップクリームとチョコチップとバニラシロップとーー」

 「おい」

 「‥‥む」


 財布の中身が残り少ないと下着を買う時の会計でわかっているはずの優が馬鹿みたいにトッピングを追加しようとするので頭を掴んでやめさせる。


 「妹よ、兄が何を言いたいのかわかるな?」

 「‥‥‥チョコフラペチーノとシュガードーナツ」

 「よし。白石さんは?」

 「あ、私はカフェラテのホット」

 「はい。合計で2116円になります」


 財布の中身で足りたことに安堵しつつ支払いを行う。

 俺の財布の中がさらに寂しくなった。


 「商品はあちらでお受け取りください」


 レジから少し離れた位置にあるカウンターでそれぞれ商品を受け取る。

 その時にカウンター横に置いてあるセルフサービスの棚からガムシロップをごっそり持っていく。

 商品を渡してきた店員さんの笑顔が引き攣ったように見えたが、きっと気のせいだろう。


 空いているテーブル席を見つけて腰を下ろすと、優は早速とばかりにドーナツに口をつけた。

 瞬間、優の口元が緩み満足げな笑みが浮かぶ。


 「‥‥‥むふ〜」 

 「ふふっ。妹さん、美味しそうに食べるね」

 「そうだな。だけどこの笑顔の理由は違うぞ?」

 「え?」


 白石さんが疑問の声をあげて優の方に視線を向けるので、俺も一緒に優に視線を向ける。

 そこには変わらない笑みを浮かべる優の姿が。


 「人のお金で食べるお菓子は絶品」

 「‥‥‥‥」

 「な?違っただろ?」


 優の発言に動きが止まってしまった白石さんにそう返した俺は自分の手元に意識を向ける。

 先程レジ横でもらってきたガムシロップの一つを手に取ると、蓋を開けてコーヒーの中に入れる。 

 空になった容器を避け、新しいものを手に取り同じ作業を繰り返す。

 コップの中でだんだんと量を増やしていくコーヒーと積み上がっていくガムシロップの容器の山。


 「ーーはっ」

 「お、戻ってきた」


 ちょうど俺が最後の一つを入れ終えコップの中のコーヒーをかき混ぜているときに白石さんが動き出した。

 俺はそれを視界に収めながら十分にかき混ぜたコーヒーを口元に持っていき、ストローで一口飲む。

 うん、甘い。


 「白石さん、大丈夫?」

 「あ、うん。ちょっと驚いただけ‥‥だか、ら‥‥‥」

 「どうかした?」


 こちらに視線を向けた白石さんの動きがまた止まる。

 その視線は俺の前に積まれた空になったガムシロップの容器に向けられている。

 ‥‥‥理由は察した。


 しばらくすると白石さんは錆びたロボットのような動きで優の方に首を動かした。

 そして俺の前の容器の山を指差しながら優に尋ねた。


 「あの、妹さん」

 「ん?何?」

 「えっと、相良君はいつもこの量のガムシロップを‥‥‥?」

 「ん」


 優が肯定を返す。

 

 それを聞いた白石さんはすぅ〜っと深く息を吸い込み、吐き出す。

 それを数回繰り返すと一瞬前までの様子が嘘のように平然とした様子になった。

 多分だけど、俺たち兄妹に常識は通用しないって理解したんじゃないだろうか。

 じゃなきゃこんなに落ち着かないだろ。

 ちょっと、怖いし。


 「ぷはっ。満足」


 横からそんな満足そうな声が聞こえた。

 ちらりと視線を向ければ、空になった皿とストローに口をつけてフラペチーノを飲む優の姿が目に入る。

 その顔は実に満足そうであ理、まるで自分でお金を払わなくてラッキーとでも言いたげだ。

 ‥‥‥コイツ、後でここの代金払う気なんてさらさらねぇな。


 どうやって優に金を払わせるべきかコーヒーを飲みながら考えていると、急に催してきた。

 そういえば今日は朝からトイレに行ってなかったな。


 「あれ?相良君どこか行くんですか?」

 「お花摘み」


 白石さんに短く返しながら立ち上がり、店内のトイレに向かった。


 用を足し、スッキリとした気分で席に戻っていると自分の席に1人の男が立ち、優に話しかけているのが目に入る。

 金髪で高身長、それなりに整った顔立ちに服の上からわかるくらいに筋肉のついた体。

 エロ漫画の寝取り役みたいだ。


 そんな感想を抱きながら優の様子を伺うと、すっごい退屈そうでうざったそうな表情を浮かべている。


 「あ〜、ナンパか」


 優の表情で状況を察した俺は気持ち早めに足を動かして優たちの元に近づく。

 自分の元に近づいてくる俺の姿に気がついた男が視線を上げた。


 「あん?何だ、お前?」

 「店の外で美人なお姉さんにあんたを呼んでくるように言われたんだがーー」

 「どこだ?」

 「ここの斜め向かいのアパレルショップでーー」

 「よしわかった」


 俺の言葉を二度も遮って必要な情報だけ聞いた男は一瞬で店の外に出て行った。

 俺はそれを見送ると静かに自分の席に座り直した。


 「ん。おかえり」

 「ただいま」


 コップに残っていたコーヒーをズココッと音を立てて飲み干す。

 そしてコップをテーブルに置いて一言。


 「ちょろいな」

 「ん。同意」

 「ーーえ?」


 白石さんだけ状況についてこれていなかった。


 


 

 

 

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