7 妹とお出かけ - 救世主

 「えっと‥‥‥相良君?」


 優にランジェリーショップに向けて引っ張られている俺の前に救世主が現れた。

 そう、先日高校初の友人となった白石さんである。

 思いがけず目の前に現れた救いの糸に俺は必死に手を伸ばす。


 「助けて白石さんっ!」

 「えっと、とりあえず相良君を引っ張るのやめてあげて下さい」

 「ん?おにいの知り合い?」

 「あ、はい。相良君の友達の白石 咲しらいし さきです」

 「ん。私は優。おにいの妹」


 親しい人とそうでない人で一人称を使い分けている優は自分のことを『私』と言いながら白石さんに名乗る。

 優の『私』すごい久しぶりに聞いたな、とどうでもいいことを考えながら優の動きを止めてくれた白石さんに感謝の念を飛ばす。


 「あの、それでこれはどういう状況ですか?」

 「あ、白石さん。優に敬語使わなくていいよ」

 「あ、うん。それで、この状況は?」

 「おにいにをそこのお店に連れて行こうとしたら抵抗してきた。以上」

 「えっと‥‥‥もう少し詳しく」

 

 優のざっくりとしすぎた説明に白石さんが俺に助けを求めてくる。

 うん、だろうな。

 今の優の説明で色々理解できるのは俺くらいだと思う。


 「優が行き先を告げずに俺をこの店に連れてきて、多分だけど俺に下着を選ばせようとしてる。俺は店にいる時の周りの視線がトラウマになってるから入りたくない。以上」

 「さすが、おにい。私の言いたいことを言ってくれた」

 「そうなんだ。えっと、良かったらだけど、私時間あるから相良君の代わりに下着選ぼうか?」


 さすが白石さん。

 このタイミングで現れた俺の救世主なだけある。


 「是非おねがーー」

 「いや」

 「おい」


 俺が早速お願いしようとしたら優がそれを遮って断りやがった。

 ふざけんな。

 お前はそんなに兄の精神を殺したいのか。

 

 白石さんも即答且つ、一言で断られるとは思っていなかったのか目をぱちくりとさせて驚いている。

 

 「おい、優。なんで白石さんじゃダメなんだよ。男の俺より同じ女の白石さんに選んでもらったほうがいいだろ?」

 「前に一回、店員さんに選んでもらったけどなんか気に入らなかった。おにいが選んでくれたやつのほうが良かった。だから、おにいに選んで欲しい」

 「‥‥‥‥」

 「ダメ‥‥‥?」


 ‥‥‥くっそう。

 恥ずかしそうに頬を赤く染めながらの上目遣いは反則だ。

 それに、俺に固執する理由に何も言えなくなる。

 俺の妹可愛すぎか?


 だが、それはそれとしても俺はもう一度女性からあの視線を向けられるのだけはどうしても避けたい。

 あれはマジで精神にくるのだ。

 俺が行くべきか行くべきでないか悩んでいると後ろから肩をトントンと叩かれた。

 振り向けばそこには白石さんの姿が。


 「えっと、相良君は周りの人、つまりは女性の視線が怖いんだよね?」

 「うん、そうだね」

 「じゃあ、私が一緒にいれば大丈夫、かな?ほら、私の付き添いだって周りが思ってくれるからーー」

 「是非お願いします」


 俺の悩みは救世主によって一瞬で解決した。


 優も白石さんの意見に納得したようで、俺を引きずったまま店の中に入っていく。

 そう、引きずったまま。

 ‥‥‥お兄ちゃんのこと、そろそろ離してくれてもいいと思うんだけどなぁ。


 店内に足を踏み入れると一瞬にして周りが色とりどりな下着で囲まれる。

 マネキンに着せられているものやハンガーにかけられているもの、棚に並べられているものなど客の目を惹きやすいように様々な配置のされ方をしている。

 優もやっと俺から離れると下着の物色を始めた。

 俺は白石さんがいるとは言え、周りの目線が怖いので優の近くに張り付き、優が下着を選ぶのをぼーっと眺めている。


 優は自分の買い物をする時は基本的に眺めることが多く、デザインが気に入ったものだけを手に取って品質や手触りなんかを確かめるので、側から見ていて非常にわかりやすい。

 ちょうど今一つの下着を手に取って色々と確認している。

 あ、戻した。

 眉を顰めている横顔からして手触りが気に入らなかったのか。


 今度は今戻した商品の横のものを手に取って確認を始める。

 納得したらしい。

 自分のサイズのものを探し始めた。

 ちなみに言っておくと優の胸のサイズはEで、細かい数字は知らない。

 そしてサイズを知っている理由は優がサイズが変わるたびに教えてくるからだ。

 決して妹の下着のサイズをいちいち確認している変態ではない。


 数十分ほど店内を物色した優は最終的に六つ程の別のデザインの下着をカゴに入れた。

 そしてそのカゴを持ち、反対側の手で俺の手を引いて試着室の方に引っ張っていく。

 あ〜、憂鬱だ。


 「おにい、そこで待ってる」

 「ほいほい。早く行ってこい」

 「ん」


 優が試着室のカーテンを閉じた。

 俺は試着室の外で白石さんと一緒に優が着替えるのを待つ。


 「相良君と妹さん仲がいいんだね。今もあれだけ抵抗してたのに大人しく待ってるし」

 「仲はいいんだろうなぁ。でも、待ってるのは白石さんがいるからだよ。いなかったらこの隙にもう帰ってる」

 「そうなの?」

 「そうなの」


 そんな会話を白石さんとしているとシャッと試着室のカーテンが開く音がした。

 

 「おにい、どう?」

 「え、わぁっ!?」

 「おいバカ、カーテンを閉めろ」


 下着だけを身につけた状態の優が中からカーテンを全開にしたので、速攻でカーテンを閉める。

 試着室は店内の奥の方に設置されているとはいえ、思いがけず店の外から見えてしまうことがあるし店内の客には普通に見えてしまう。

 カーテンを閉めてすぐに周りを確認するが、こちらを見たような反応をする人はいない。


 「はぁ‥‥‥セーフ」

 「おにい、これじゃ見えない」

 「中に鏡あるだろ。それ使って撮った写真を俺に送ればいいだろ」

 「なるほど。その手があった」

 「はぁ‥‥‥」

 「あ、あの、相良君‥‥‥?」

 「‥‥‥優はいつもこんな感じだから気にしないで」

 「‥‥‥うん」


 その後、優から送られてきた写真の中から俺が選んだいくつかの下着を優は購入した。


 「あ、おにい、私お金足りない。貸して」

 「‥‥‥‥」


 訂正。

 俺が半分くらい払って購入した。

 

 


 




 

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