6 妹とお出かけ - 嵌められる兄

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、俺の瞼を閉じた目にあたる。

 その眩しさによって沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。


 「‥‥‥眠い」


 ベッド脇に置いてある時計を手に取り、時間を確認する。

 時計が示す時間は9時34分。

 いつもならすでに授業が始まっており、完全に遅刻する時間。

 だが、俺は時計を元の場所に戻すともう一度布団の中に潜り込んだ。


 「‥‥‥ビバ、休日」


 そう。

 今日は土曜日、休日なのである。

 だからこんな時間まで寝ていても何ら問題はないのだ。


 それに加え時計を取る時に確認したが、今日は俺のベッドに優が潜り込んできていない。

 つまり俺の眠りを妨げる者はいないと言うことだ。

 さてさて、休日の特権を使ってもう一眠りしますか。


 「ぐふっ!?」

 「おにい、起きる」


 瞳を閉じ、意識が再び沈み始めると同時、腹に物凄い衝撃を受けて目が覚めた。

 瞼を上げて自分の腹の上を見てみれば、そこにはいつの間に部屋の中に入って来たのか妹の優が俺の上に馬乗りになってこちらを覗き込んでいる。


 優の着ている服が滅多に見ることがないお出かけ用の服であることに嫌な予感がする。


 「我が妹よ、何故お前は兄の上に馬乗りになっている?」

 「そこにおにいが寝ていたから」

 「違う。そう言うことじゃない」

 「ん。ゆうは出かける」

 「そうか。気をつけて行ってくるといい」

 「おにいも、ついてくる」

 「嫌だ」


 お互い視線を逸らさないままに見つめ合う。

 何となく、先に逸らした方が負けな気がする。


 「おにいも一緒に行く」

 「嫌だ」

 「行く」

 「行かない」

 「行く」

 「行かない」


 お互いに一歩も譲らない。

 俺は寝たままの姿勢から動かず、優は俺に馬乗りになったまま動かない。

 すると、優がゆっくりと俺の上から降りた。


 お、諦めたか?

 そう思いベッド脇に立つ優にちらりと視線を向けると、優はひどく寂しそうな表情を浮かべていた。


 あ、やらかした。


 「そんなに嫌なら、1人で行く」

 「あ、うん‥‥‥」


 そう言ってとぼとぼと部屋の扉に向かって行く優の姿に罪悪感が湧き上がってくる。

 いやでも、俺はもう少し寝たいし‥‥‥。

 もう一度優の方に視線を向ける。


 優はもう部屋の外に出ており、扉を閉めるところだった。

 

 「‥‥‥ばいばい」

 「‥‥‥〜〜〜〜〜ッ!ああっ、もうっ!わかったっ、わかったよ!一緒に行く!それでいいんだろ!?」


 俺はベッドから跳ね起きながらそう口にした。

 すると、優はそれまで浮かべていた寂しそうな表情が一転、ニヤリとした笑みに変わった。

 それを見た瞬間、俺は嵌められたと理解した。




 =====




 まんまと優の策略に嵌まった俺は現在、優と一緒に最寄駅から6駅ほど離れたショッピングモールに向かっていた。

 何でも優は欲しいものがあり、それはショッピングモールに入ってる店にしかないそうなのだ。

 俺としてはもっと近くで済ませて欲しかったのだが、優の圧力に負けてしまった。

 俺は自分で思っている以上に妹に甘いようだ。


 電車に揺られること20分強。

 目的の駅で電車を降りる。

 改札を通り抜けて駅から数分程歩くと、目的地であるショッピングモールが見えてきた。


 「おお〜、でっかい」

 「いやお前何回も来てるだろ」

 「そうだっけ?」

 「何でお前こういう時だけポンコツなの?」


 優は決して頭は悪くないのだが、マイペースな性格ゆえに時々こんなことがある。

 だが、それで私生活に問題をきたしているわけではないし、性格をどうこうするのはかなり大変なので現在は放置の方向だ。


 そんなこんなでモール内に入り、優の欲しいものが売っているという店に向かう。


 「なあ、優。いいかげんどこの店に行ってるのか教えろよ」

 「ダメ」

 「何でだよ?」

 「言ったらおにいは逃げる」

 「‥‥‥俺帰っていい?」

 「ダメ」


 一瞬で隣まで移動して来た優は俺の右腕をガッチリとホールドするように抱き込んだ。

 試しにグイグイと動かしてみるが抜け出せそうな気配は全くと言っていいほどない。

 マジで逃す気ないな、コレ。

 まあ、いざとなったら優が商品を見ている間に逃げればいいか。


 「途中で逃げたら、泣く。みっともないくらいに泣く」

 「ナチュラルに俺の頭の中を読むのやめろよ」

 「兄妹ならふつー」

 「絶対違う」


 そんなやりとりをしながら歩いていると、だんだんと女性向けの店が増えて来ていることに気がついた。

 化粧品やレディースの服、アクセサリーなんかの店が多くなってきた。


 ‥‥‥すっごい嫌な予感がする。


 今すぐにでも引き返すべきだと直感が告げている。

 だが、優に腕をホールドされているせいで逃げようにも逃げれない。


 「ん、着いた」


 そう言って俺の腕をホールドしたままの優が足を止めたのは女性用下着専門店。

 いわゆるランジェリーショップの前だった。


 俺は視界に入ってくる色鮮やかな女性用下着に動きが止まる。

 だが、それは興奮しているからではない。


 怯えているからだ。


 何故怯えているのかって?

 その理由は単純、周りの視線が怖いからだ。


 俺は以前にも優が下着を買うのに同行したことがあった。

 それは決して俺が優を性的に見ているからとかではなく、ただ単に優に俺にも着いて来て欲しいと言われたからだ。

 それで優が下着の試着を行なっている間、俺は試着室の外で待っていた。

 だが、その時の俺は側に優がいないため、側から見たらランジェリーショップに男1人でいる怪しい奴にしか見えないわけで、周りの女性からそれはそれはキッツイ視線を頂戴したのだ。


 その時は優がすぐに試着室から出て来てくれたおかげで助かったのだが、それ以来ランジェリーショップは俺のトラウマと化した。

 もちろん優はこのことを知っている。

 だって家に帰ってから慰めてもらったからな。


 それにも関わらず優は俺をここに連れてきた。

 一体何を考えているんだ、我が妹よ。


 「ゆ、優?」

 「ん。大丈夫、今度は失敗しない」

 「不安しかないんですけど?」

 「おにいは私の彼氏。彼女の買い物に付き合ってるだけって顔してればいい」

 「非モテぼっちにどうしろと?」

 「‥‥‥ふぁいと」

 「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 何とか抵抗を試みるが優はそれをものともしない。

 俺を引きずってゆっくりと店内に入っていく。


 「えっと‥‥‥相良君?」


 救世主が舞い降りたっ!

 


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