3 始まりの朝 - エンカウント

 「この子、俺の好みだわ」

 「ふえ?」


 そんな気の抜けた声が俺が指をさした女の口から漏れる。

 前髪に隠れていて見えないが、驚いて目を大きく開いていたりするんだろうか?


 「蓮、人を指さすのは失礼だからやめろ」


 勇樹が手を添えて俺の手を下ろさせる。


 今さっきまで俺の左側にいたのにいつの間にか右側に立ってやがる。

 いつ移動した、コイツ?


 「勇樹の言う通りだよ、ほんと。ほら、あっち行くよ」

 「あ?ちょっ、おい待て引きずるなっ。首が!首が閉まってるからぁ!」


 これまた同じくいつの間にか俺の後ろに移動していたみのりに制服の襟を掴まれて引きずられる。

 俺、かなり緩めに制服着てるのに首締まるってなんだよ。

 コイツどんな力で引っ張ってんの?


 その後、なんとかクラスの確認を済ませてやっと校舎の中に入る。

 ちなみに、俺と勇樹が同じクラスでみのりだけ別のクラスだった。

 それを知った瞬間、表情がスンッてなったみのりの姿は傑作だった。

 仕返しの意味を込めて写真も撮ったので、後でアイツに送りつけてやろうと思う。

 

 さっきクラスと一緒に確認した出席番号の靴箱に自分の靴を入れ、カバンから取り出した学校指定のスリッパに履き替える。

 上履きを履かなくちゃいけない中学とは違って足に解放感がある。

 いいな、高校。


 そんなくだらない感想を抱きながら廊下を歩いて自分のクラスである1-Bに勇樹と一緒に入る。

 席は出席番号順らしい。

 俺は自分の番号である14番の席に向かう。


 「お、ラッキー」


 1クラス40人前後で、縦一列あたり6、7人いるので俺の席は窓側から2列目の一番後ろだ。

 これなら授業中寝ててもバレないな。


 椅子を引いて腰を下ろすと、ちょうど俺よりも前に座っている勇樹の姿が目に入った。

 勇樹は1列目の前から3番目の席に座っている。


 あ、隣の席の奴に話しかけた。

 仲良くなったっぽい。

 他にも何人か集まってきた。

 あっと言う間に勇樹の周りが集まってきた奴らに囲まれた。


 俺は自分の周りに目を向ける。

 ‥‥‥誰もいない。


 

 ‥‥‥主人公、恐るべし。



 少しすると教室に1人の女教師が入ってきた。

 背が低くてゆるふわボブカットの可愛らしい感じの女教師だ。

 テトテトという効果音がつきそうな歩き方で教卓の横まで来た女教師が口を開く。


 「えっと、皆さん。教室の前に番号順に並んで下さ〜い。体育館に移動しますよ〜」


 女教師の言葉に従いそれぞれ席を立って廊下に出ていく。

 そして俺も同じように廊下に出て自分の番号のところに並ぶのだが、どうしても考えずにはいられない。


 あの女教師、ヒロインだったわ、と。




 ======




 ラブコメだったらスキップされるであろう入学式の時間をなんとか乗り越え、教室で簡単な説明を受けると解散となった。

 今日は入学式だけなので午前中で帰れるのだ。


 勇樹を連れてさっさと帰ろうと立ち上がって視線を上げると、そこには何人かのクラスメイトと一緒に教室の外に向かう幼馴染の姿があった。


 「‥‥‥‥」


 俺が自分でもわかるほどの死んだ目でその光景を見送ると同時にポケットに入れていたスマホが振動した。

 取り出して画面を見ると、そこにはみのりからメッセージが来たという通知が入っている。

 なんとなく嫌な予感を感じつつメッセージを開く。


 『勇樹と2人きりで帰りたい。待ってて』


 ‥‥‥‥。

 スマホから視線を上げて教室内を見回す。

 勇樹の姿は‥‥‥ない。


 もう一度、スマホの画面に視線を落とす。

 ‥‥‥‥


 「‥‥‥よし」




 =====




 さっきからスマホの通知を知らせる振動が絶え間なく伝わってくる。

 ズボンのポケットに入れているので地味に歩きにくい。


 「うっわ‥‥‥」


 ポケットから取り出してみるとみのりからのメッセージの数がすごいことになってる。

 短時間に1人で400件のメッセージを送ってくるやつは初めて見た。


 「やっぱり、騙したのが良くなかったかぁ」


 先程、教室にいる時に来たみのりからのメッセージ。

 俺はそれに対して朝引きずられた仕返しをするために嘘のメッセージを送った。

 その内容と言うのが、


 『勇樹がお前と2人で帰りたいって言ってる。昇降口で待ってろ』


 と言うものだ。


 もちろん勇樹はそんなこと一言も言っていないし、なんなら時間的に学校の外に出たタイミングで送ったので絶対に会うことはできなかっただろう。

 だが、みのりはまんまとその嘘に引っかかってずっと待っていたんじゃないだろうか。

 流石におかしいと思って勇樹に連絡を取って嘘と言うことがわかった、という感じか。


 スマホの振動はいまだに止まらない。


 「明日は少し早めに家を出るかぁ」


 俺はそんなことを呟きながら家に帰った。


 ちなみに、帰りにプリンを買って帰るのを忘れていたので、優が思いっきり機嫌を損ねて大変だった。

 



 

 



 

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