第4話 約束
「化け物って……そんな、一体あなたは……?!」
ファティアが問うと、男はつまらなそうに顔をそむけた。
「どうだっていいだろ。というか、あんた狙われてるのか? どういう……いや、いい。俺には関係ないな」
そういうと、男は足元に横たわるセスチノの体を軽く蹴とばし、森の元来た道の方へと歩いていった。
「ちょ、ちょっと! あなたどこ行くのよ!」
「どこって、帰るんだよ。なんか知らんがこれ以上あんたのいざこざに関わる気はない」
「帰るって……でも、あの……」
ためらうようにファティアは男に向かって手を伸ばす。その様子に、男はいかにも嫌そうな顔を向ける。
「まさか、力を貸せとかなんとか言うんじゃないだろうな?」
「その……ええ、そうよ!」
意を決したようにファティアが言う。
「私はエルドア神殿のワルキューレ、ファティア・ティアゴナと申します。ある密命を受けて……王都に向かっています。今ご覧になったように追手が来ている。私一人では身の危険がある……まさか魔人が来るなんて思わなかったけど、また魔人が来る可能性はある。だから……!」
「だから?」
「名のある武人とお見受けします。魔法使い? とにかく、あなたは強い! 私と一緒に来てください! 協力を要請します!」
「はぁ?」
心底呆れたというように男が言った。その様子にファティアは一瞬怯むが、気を取り直して言葉を続ける。
「これは……この国の一大事です! 国民であれば協力する義務があります……はずです……」
「俺は村の
「ちょ、ちょっと待って!」
帰ろうとする男にファティアは駆け寄り、その肩に手をかける。男は足を止め振り返ったが、ファティアは何を言うべきか迷い言い淀む。
「あ、あの……その……」
「なんだよ? 用がないなら俺は帰るぜ? あんたは自分の仕事を頑張れよ」
「あの……お金……そう、お金ならお支払いします!」
「何? 金?!」
その言葉で男の目の色が変わる。ファティアの方に向き直り、腕組みをして話を聞く姿勢を取る。
「お……お金ならお支払いできます! とりあえずメフィル山脈の登山道の所まででいいです! そこまで案内してください!」
「そりゃいいけどよ、金ってのは具体的にいくらなんだい? ガキの小遣い銭じゃ困るぜ」
男は顎の髭をこすりながら、ファティアの言葉を値踏みするように言った。
「それは……あの、
「一銀セドニだぁ……?! ふむ、そいつは……」
男は視線を泳がせ、しばらく考え込む様子を見せた。ファティアが不安を募らせていると、やがて男は分かったというように小さく頷いた。
「一銀セドニだな? あとで値切ったりしないな?」
「はい、それはもちろん! それで……同行していただけますか……?!」
上目がちにファティアが尋ねると、男は力強く頷いて見せた。
「いいだろう。案内だけで一銀セドニなら悪くない。俺はエルドだ、よろしくな」
そう言い、エルドはにやりと不敵に笑った。
「良かった! では……早速行きましょう! 急ぎの旅なのです! 一刻も早く山を越えないと」
「まあそう大した距離じゃないが……急ぐってんならいいだろう。荷物を持っていきたいところだが……まあ半日もかからんしな。いいぜ。もうこのまま行けばいいんだな?」
「はい、お願いします!」
「ふむ……しかし……」
エルドは川の方に歩き、さっき殺した魔人、セスチノの所でしゃがみ込む。うつぶせに倒れたセスチノの後頭部をつつきながら、エルドがファティアに聞いた。
「こいつは放っておいていいのかい? 片づけなくていいのか」
「……それは……そんな時間はありません。そのままで、いいと思います。でも、ところで……」
「何だ?」
「私は魔人を見るのが初めてですけど……魔人は強く恐ろしい存在だと聞いています。それをあなたは簡単に……殺してしまった。あなたは一体……どういう方なんですか?」
「言っただろう。ただの化け物だよ」
面倒くさそうに答えたエルドに、ファティアは質問を続ける。
「化け物……? エルド様は名のあるお方なのでしょうか? 先ほどのあの力、両腕を石のように変える力なんて、聞いた事もありません。魔法、なのですか?」
「だーかーら!」
男は会話を断ち切るように立ち上がり、大きく息をついた。
「化け物は化け物だよ。俺の身の上話は代金に入っていないぜ。急ぐんだろう? 世間話何かしている場合かよ」
「あ、はい……失礼しました。では……案内をお願いします」
「ふん。じゃ、急ぎって言うなら急ぐぜ。付いてきな」
男はそう言い、川沿いの道を進み始めた。言葉通りにかなり速足だった。ファティアは倒れている魔人をもう一度見て、動かないことを確認してから男の後を追って走り出した。
山道を進み始めてから一時間ほどが経った。最初は勾配が緩かったが、次第に急な坂道が増え周囲にもごつごつとした岩が増えてきた。しかしエルドの歩く速度は変わらない。
ファティアは山を登る訓練も普段からこなしていたが、エルドの速度はかなりのものでついていくのがやっとだった。疲れがたまっていることを差し引いてもエルドの体力は大したもので、山で生きる人間はこんなにも体力があるのかと内心舌を巻いていた。
やがて道の幅が広くなり、開けた場所に出る。足元には踏み固められた道が続いており、どうやら登山道に出たようだった。エルドは立ち止まり、ファティアも足を止める。
ファティアは乱れた呼吸を整えながらエルドに聞く。
「ここが登山道ですか?」
「そうだ。ここからは大体まっすぐだ。何か所か分岐しているが、太い方を登っていけば山頂につく。下りも同じようなもんで、大体まっすぐだ。だが……」
エルドは手の平を上に向けて空を見上げる。朝方は晴れていたが、時間と共に曇りになっているようだった。そして今まさに雨が降り始めた所だった。
「雨だな。メフィル山脈は南からの風で荒れるんだよ。出来るならやり過ごした方がいいが……」
そう言い、エルドはちらりとファティアを見る。ファティアは首を振り答える。
「雨宿りしている時間はありません。このまま進みます」
「ふん、言うだろうと思ったぜ……」
エルドは山の上の方を、何かを探すように眺めまわす。そしてファティアに向かって言う。
「もう少し上った所に洞窟がある。緊急時の避難所に使われてるところだ。降り出せばあんたの気が変わるかもしれないから……そこまでは案内してやるよ」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
雨は降り始め、そして段々と雨足は強くなっていくようだった。それから逃げるようにエルドとファティアは山の上へと再び登り始める。
十五分ほど登り、分岐する道の太い方へ進む。すると道の脇にエルドが言ったように洞窟が見えた。その頃には雨は本降りになっていて、ファティアとエルドは全身ずぶ濡れになっていた。
「あーあ、くそ! とんだ濡れネズミだぜ!」
逃げ込むように洞窟に飛び込み、エルドは濡れた髪を拭って雫を落とした。ファティアも息をつきながら顔についた雫を落とす。しかし手で拭った程度では拭いきれるものではない。服もぐっしょりと水分を含み、冷たい風が体温を奪っていく。ファティアの体は走って温かくはなっていたが、同時に悪寒のような寒気も感じていた。
「こりゃあしばらく止まないな! やれやれ、合羽を持ってくるんだったぜ」
「はい、そうですね……」
ファティアは背負っていた雑嚢を手に取り、内部のアクアクリスタルの感触を確かめる。水が染みて濡れてしまってはいるようだが、恐らく問題はないだろう。そう判断し、少し安心する。
「……何か大事なもんでも入ってるのかい、それ?」
「え?!」
急にエルドに問われ、ファティアは言葉を失う。宝具は当然貴重なものだ。それを求めて争いが起きたり、盗賊が大規模な襲撃を働いたりすることもある。今回のエルドア神殿の襲撃もその一つだ。争いの種になるから、その存在は秘匿しなければならない。そう考えて、ファティアはなんと答えるべきか迷った。
「あの……えっと……」
「ふん。あんたは正直だな。宝物が入ってますって顔に書いてあるぜ」
「いえ、あの、そんな……!」
狼狽し、ファティアは思わず顔を逸らす。しかし自分の答えこそが答えになっていると後悔する。
「次に聞かれた時は適当な言い訳でも考えておくんだな。魔人の追手といい、ワルキューレのあんたといい……正直関わりたくはないぜ。でもそれもまあ……」
エルドは親指と人差し指で輪を作る。
「……銭の為だ。
「あ、はい……」
エルドにそう言われ、ファティアは目を泳がせる。
「一銀セドニ……でしたね。あの……その……」
「ああ。一銀セドニ」
「実はあの、あのですね……」
曖昧な物言いをするファティアに、エルドは険しい表情を見せる。
「おい、あんた……まさか……持ってないとかいうんじゃないだろうな?!」
「いえ、その……」
ファティアは咳ばらいをし、エルドに答える。
「……お金は、持っておりません」
はにかみながら答えるファティアに、エルドはあんぐりと口を開けた。
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