第26話

「はぁ、結婚の準備が至るところで行われてる」


 鬱陶しそうに書庫で寝転がる優子。

 結婚が明日に控えている。

村では黒髪と白蛇の結婚を祝うため、各家で藁蛇を作り飾っていた。

 村を歩く度に目に付く藁蛇は優子から元気を吸い取った。


「どこを見ても蛇蛇蛇。鬱陶しいわ」


 この書庫にも藁蛇が飾られていた。

 いい加減にしてほしい。

 常に視界は蛇一色。

 分かったから、明日結婚でしょう。分かっているから。

 そんなに主張しなくてもいいだろうに。

 今まで黒髪をぞんざいに扱ってきたのに、結婚となると祝福するため藁蛇を飾り、優子の衣装を準備している。

 どんな茶番だと怒鳴りそうになったが我慢した。


「そうだ。こっそり刀を忍ばせないと」


 小さくてもいいから、衣装に忍ばせておく。とんでもない性悪な白蛇だったらそれで刺すためだ。

 物騒な事を口にした優子の腕に、白蛇は急いで巻き付いた。

 物凄い速さで頭を左右に振り、優子の腕を締め付ける。


「ちょっと、何よ。別にいいじゃない、忍ばせるくらい」


 シャッ、と口を開けて優子に「駄目」と伝える白蛇の頭を弾く。


「威嚇するなんていい度胸じゃないの」


 蛇に睨まれた蛙の如く、動けなくなった白蛇。

 それでも必死に頭を振り続ける白蛇を放り投げ、「変なことされない限り、刺したりしないわよ」とフォローを入れる。

 懐に忍ばせることは決定事項だ。


「ついに明日、あんたのご主人様と対面するのね」


 日記からは、人と化した蛇だと読み取れた。

 優子の結婚相手もそうであってほしい。

 今回だけは大蛇や、人に化けることすらできない蛇でなければいいが。

 人に化けることができても醜いならば遠慮したい。臭いのも論外だ。

 せめて村の男よりはまともな容姿と中身を兼ね備えていてほしい。

 それが一番の願いだ。


「もし、私があんたの主人に殺されたら呪ってやるから」


 体を起こして、ふん、と腕を組む優子。

 白蛇は床を這いながら呆れたようにその様子を眺める。

 明日嫁ぐというのに緊張も恐怖もない。

 両親に会えなくなるのは寂しく、そこだけが気がかりだ。

 話が通じる白蛇なら、両親に会いたいと頼み込んでみよう。

 日記の二人はそんな頼みをしていなかったので、優しい白蛇であったとしても許可してくれるかは分からない。

 あの二人は親に会いたいと思ったことがないのか、と眉間にしわを寄せるが江鶴は親と良好な関係ではなかった。江鶴のような環境であったならば、二人も親に会いたいなどとは思わないだろう。


「江鶴は、結婚後良い生活を送れたのかしら」


 親に見放され、村人には虐待され、幸せとは言い難い生活を送っていた江鶴。

 白蛇に嫁いだ後は、幸せになれたのだろうか。

 もしもその白蛇にまで虐待されたのなら、江鶴の人生は地獄だ。

 嫁いだ後くらい、幸福な日々であれば良いな。

 同じ黒髪として、江鶴の日記に記すことができなかったその先を思う。


 今日が最後だからと、書庫の中を漁る。

 本以外は特にない。

 何も隠されていないし、秘密の通路もない。

 ずっと通ったこの書庫はやはり面白くない。

 その辺にあった本を本棚から抜き取り、表紙を視界に入れると、ふらりと体が傾いて意識が遠のいた。


 誰もいない。

 白の世界でもない。

 暗い中を優子は一人、立ち尽くしていた。

 ぼーっと前を向いていると、黒い髪をした女がどこからか現れた。

 たんぽぽのような鮮やかな黄色をした着物に身を包み、誰かを探している。

 黒髪は自分以外に見たことがない。あの黒髪は、自分だろうか。ぼんやりしていると、黒髪の女が振り向いた。

 その顔は優子ではない。

 優子ほど派手な顔ではない。目や鼻は小さく、唇はあるのかと疑うくらいに薄い。幸が薄そうな顔だった。

 振り返った女は、不安気だった表情を一変させ、幸せそうな表情で大きく手を振った。

 自分に振っているのか。けれど、知らない女だ。

 嬉しそうな女をぼけっと眺めていると、優子の横を誰かが素通りした。

 すれ違う瞬間、その横顔がちらりと見えた。

 長い白髪を揺らし、男らしい骨格で見目麗しい。

 横から見てこれだけ綺麗なのだから、正面から見たら一層綺麗なのだろう。

 すれ違った男は優子の方など見向きもせず、女の元で立ち止まった。

 女は微笑み、男も満更ではない様子だ。

 自然と二人は手を取り合い、女の歩幅に合わせて二人は消えた。

 消える瞬間、二人は優子の方を向いた。

 女は優子に小さく手を振り、唇を動かす。何を言ったのか分からなかった。

 優子は消えた二人を探すことなく、暗い世界で佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る