第25話

 家に帰るとさっそく両親に、例の文字を書いて見せると、両親はそれを読み上げた。


「読めるの?」

「どうしてだ?」

「村長、読めなかったのよ」

「普段使っている文字だろう。読めないはずないさ」


 村長が朦朧としているんじゃないか、もう若くないんだから。と、父は笑った。

 優子は納得がいかず、唸って考え込む。

 日常で使う文字の区別がつかない村長ではない。加齢臭はするが、認知症は患っていない。

 暫く唸っていた優子だが、どれだけ考えてもさっぱり分からないので思考を止めた。

 文字が読めたから何なのだ、文字が読めないから何なのだ。

 来週には結婚が控えている。

 このことを深く考えたところで、嫁ぐことに変わりはない。

 やめたやめた。


「優子、食べたいものはない?」

「うーん、ない」

「それじゃあ、したいことは?」

「ないよ」

「…村長に行って、書庫に通うのを止めさせようか」

「別にいいって」


 来週には嫁ぐ。それは、両親から離れることを意味する。

 両親は優子の望むことを何でもしてあげたいと思っている。優子も、そんな両親の気持ちは理解している。

 来週には離ればなれになってしまう。

 寂しい、悲しい、との本心を隠しながら笑う両親は、どこから見ても隠せていない。

 優子はそんな両親を笑い、「大丈夫だよ」と一声かける。

 大丈夫。

 今まで凄く楽しかった。

 優子が外でやりたい放題していても、両親は咎めることをしなかった。

 生まれ落ちた場所がここでよかったと心から思う。


「白蛇と結婚するからって、そんなにへこんでないよ。落ち込んでもない。むしろ一発殴ってやろうと思う」

「やめなさい!仕返しされたらどうするんだ!」

「大丈夫、私には優秀な家来がいるから」

「け、家来?」


 書庫を這う白蛇は、優子の家来ではない。主人は優子の旦那となる蛇だ。

 しかし、これだけ長い間一緒にいるのだから、主人より優子を選んでくれてもいいはずだ。主人の味方をしたら許さん。

 嫁いだ先で味方が一匹もいなければ、その場で暴れまくって大喧嘩してやろうと企んでいる。

 日記を読む限り、黒髪は清楚で大人しい感じの女たちだ。

 自分は違うのだと見せつけてやる。


「ごめんなぁ。親なのに、何もしてやれなくて」


 それが本音なのだろう。

 両親は今にも泣きそうな顔で俯いている。

 葬儀のような雰囲気に、優子は慌てて明るい声を出す。


「別に気にしてないし!村の幼稚な男と結婚するより断然いいし!だって神みたいな存在でしょ?絶対に白蛇と結婚する方がいいわよ!」


 白蛇と結婚したいなんて気持ちはないが、村の男と結婚するよりいい。

 独身でいるのもいいけれど、黒髪として生まれた以上そうもいかない。

 運命は受け入れるべきだ。

 白蛇がどんな輩でも、気に入らなければ殴るのみ。それが原因で殺されることになっても悔いはない。

 黒髪を捧げた時点で白蛇は村を守らなければならないのだから、優子が無礼を働いたところで両親に被害が及ぶことはないだろう。


「せめて、書庫通いだけでも村長に言って…」

「大丈夫よ。書庫に行ったところで寛ぐくらいだし」

「く、寛ぐって...」

「書庫に籠ることで村の人からの攻撃からは守られるわけだしね」

「そ、それはそうかもしれないが」

「村長は臭いし嫌いだけど、書庫通いくらい別にいいわよ」


 初めて立ち入った時は独房に見えた書庫も、今では寛ぐ場所だ。

 白蛇と戯れ、飽きたら日記を読む。

 眠ったら白威に会ってしまうと構えていたのだが、睡魔に負けたある日、夢をみることはなかった。白威が約束を守ったのだ。優子から会わないと言ったくせに、心にぽっかり穴が空いたような感覚だった。


「だから本当に、大丈夫だって」


 微塵も気にしていない、と優子の顔が語っている。

 両親は相変わらずな娘にため息を吐いた。

 もっと悲しんでくれてもいいじゃないか。父と母は顔を見合わせて再度ため息を吐いた。


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