第27話
結婚式当日、両親は大粒の涙を流した。
離れたくない、行かないで。
両親の顔は悲痛な叫びをしていた。
優子もほんの少しだけ、涙を浮かべた。
ここで泣き喚くと、未練が残り居続けたくなるからだ。
村の女が家まで迎えに来ているのに、おかまいなしに泣く両親を見て、今更心が痛くなる。こんなにも想ってくれる人がいる。そんな人たちを残し、蛇と結婚する親不孝者。もし黒髪でなかったら、善い人を両親に紹介し、私たち結婚しますと挨拶をする。そんな未来が待っていたはずだ。
「今まで、ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。
村の女たちは、早くしろと目で訴えてくる。
両親に短く別れの挨拶をし、女たちに連れられて家を出た。
両親の泣き声が家の外まで聞こえてくる。
その泣き声が優子の心を揺さぶる。
行きたくない。結婚したくない。
当日になって強く思う。本当は家に居たい。蛇なんかと結婚したくない。
仕方がない。そういう運命だから。
葛藤しながら足を動かし、着いたところは花嫁修業をした名家だった。
出迎えた下女が案内をし、進んだ先には黒い衣装。
「これに着替えるのよ」
優子は何もせず立っているだけで、女たちが勝手に着替えを始めていく。
目の前にあるのは白無垢の形をした黒い衣装。黒無垢とでもいうのだろうか。
黒髪に似合うその衣装は、嫌味のつもりか。
女たちに任せていると、着替えが終わったようで優子は身を包んでいる黒無垢を触る。
葬儀でもしにいくようだ。
全身黒の自分は、烏のようだ。
女たちは口々に「お似合いね」「汚物のようだわ」「白無垢を着られるとでも思った?」とくすくす笑いながら優子を上から下まで嘗め回すようにじっくりと眺める。
優子にしてみれば、衣装なんてどうでもいい。
ただの儀式に衣服は関係ない。
髪飾りは一つもなく、黒無垢を着ただけで終わった。
女たちに連れられて名家を後にし、村長の家で止まった。
村人が全員集合しているようで、全員からの視線を浴びる。
気分が悪い。
見世物じゃない。
衣装が重いし、視線は気持ち悪いし、歩幅は小さくなるし、最悪だ。
村長は優子を目にすると、にたりと笑った。
その笑みも気持ち悪い。
「ほっほ。じゃあ行くぞい。白蛇様への献上じゃ」
村長を先頭にし、村人が優子の周りを囲った。
輿はなく、歩いて神社まで行くようで、優子はげんなりした。
輿くらい用意してくれ。今日から白蛇様の嫁になる女だ。丁重に扱ってほしい。
そんな思いが届くくらいなら虐げられて育っていないが。
もう歩けない。疲れた。
そう言いたいがぐっと堪え、ゆっくりと歩く村人の歩幅に合わせる。
いくら衣装が邪魔だとはいえ、もっと早く歩ける。
これも何かの儀式なのだろう。
無駄な儀式だ。
村人の中から両親を探すが、見当たらない。後方にいるのか。
優子はすべてを吐き出す勢いで、ため息を吐いた。
「おい、ため息なんて吐くな。これから神聖な結婚なんだぞ」
優子の隣を歩いていた男が舌打ちをする。
その態度に苛つき、優子は鼻で笑った。
「あんたこそ発言には気を付けな。私は今日から白蛇様の妻になる女よ」
「ぐっ」
「私が白蛇様の機嫌を損ねないよう毎日祈っておくことね」
罵倒し足りない男だが、白蛇様の妻と言われてしまえばそれ以上は口を開くことができなかった。
まだ嫁いではいないが、今まさにその儀式の最中である。
白蛇様が現世に降り立ったかもしれない。
この様子を、どこかで見ているかもしれない。
男は気安く言葉を発することができなかった。
優子は、勝ったと内心ほくそ笑む。
長い長い時間をかけて道を歩き、見慣れた神社の前に到着した。
もう日は暮れており、赤黒い空が不気味さを出す。
鳥居を見上げると、神額に「白威」とある。
数えきれないくらい通った神社であるが、「白威」と書かれてあっただろうか。思い出すが、鳥居を意識して見つめたことがないので記憶は不確かだ。
鳥居の前で深い礼をし、境内へ進む。
暫くの間来ていなかったので、最後に来た時よりも枯葉が山積みになっており、優子はぴくりと眉を動かす。
あんなに頑張って掃除をしたのに、もう元に戻っている。
きっと本殿の中も塵や砂で汚れていることだろう。
扉は閉まっているが、風が吹くと砂が入り込んでしまう。
本殿の前に来ると、村人は全員頭を地面につけた。立っているのは優子だけである。
「優子や、習ったとおりするのだぞ」
村長は顔を上げず、視界にいない優子に向かってそう言った。
優子は足を動かして村長の前に立つ。
本殿を見上げた後、振り返り村人を見下ろす。
良い眺めだ。
両親を探したが、最後尾が誰なのか優子からは見えない。
最後に両親の顔を見たかったが、仕方がない。
ひれ伏す村人を存分に眺めた後、本殿の扉を開けて中へ入る。
扉が閉まる音を聞くと村人は動き出し、扉は壁に札を貼る。
その行為が一通り終わった後、またひれ伏し、村長が大声を出した。
「白蛇様に、黒髪を捧げます!村を守ってくださりませ!」
しゃがれた声が耳に入り、優子は小指を耳の穴に突っ込む。
煩い爺だ。
村人が何度か頭を下げた後、砂を踏む音がし、ぞろぞろと村人は神社から立ち去った。
本殿の外から何も聞こえなくなると、優子は黒無垢を緩め、足を投げ出す。
花嫁修業では、本殿に入った後の作法を教えられた。
正座を崩さず、前を真っ直ぐ見つめた後、白蛇様の許しがあるまで頭を床につける。指は揃え、手の角度に気をつけろ、と。
しかし、ここにはもう村人はいない。
そもそもそんな作法をする気はない。
白蛇を見たこともないくせに。白蛇の許しがあるかどうかも分からないくせに。何が作法だ馬鹿馬鹿しい。
誰がつくったのだそんな作法。
嘲笑しながら欠伸をする。
本殿の中は想像通り汚く、横になりたくはない。
黒無垢が汚れようとどうでもいいが、髪が汚れる。
それでも睡魔がすぐ傍まで来ている。
うとうとと頭を動かし、もういいや、とその場に寝転ぶ。
起きたら髪を洗いたい。そんなことを思いながら、夢の中へ旅立った。
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