第14話
母が犯人二人の名を頑なに言わないので、優子は母から聞き出すことを諦めた。
恐らく父には話しているのだろうが、父も口は堅く、優子の探りにも動じなかった。
一人だけ除け者にされた。優子が仕返しをするのではないか、と危惧しているのだ。
ならば他の手段を探すまでだ。
翌朝、優子は台所にある湯飲みを二つ持って家を出た。
その湯飲みは既に昨夜母が洗ったが、何もないよりはマシだと思い、神社へ駆けった。
道中、同い年くらいの男子三人が道を阻んだが、「この湯飲みを投げつけるぞ」と腕を振りかざすと身体を守るような体勢をとったのでその隙に逃げて来た。
両手が塞がっていると不便だ。
本殿の床に湯飲みを二つ置くと、暇そうにしていた白蛇が優子の元へ這ってくる。
「昨日の続きよ。この湯飲みに触った女二人を探して」
触ったのか定かではない。
母と父が口を閉ざしたので、最後の頼りは白蛇だけだ。
どうにかして女二人を探し出したい。
見つけ出してどうこうするつもりはない。それは母と父にも伝えたが、日頃の行いのせいか、信じてもらうことはできなかった。娘を信じてくれたっていいのに。
「探し出せなかったら今度こそ、その尻尾をちょん切るわよ」
弱い物いじめをする餓鬼大将のように見下ろすと、白蛇はまたかという顔で湯飲みに近づく。
ただの白蛇の表情を読む能力なんて優子にはないはずだが、何故か白蛇の表情が分かる。嫁になる運命だからか。それ以上深くは考えなかった。
「さっさとしなさい。どうなの?」
湯飲みの周囲を這った後は中に入る。
それを繰り返していると、白蛇は優子の腕に巻き付いた。
「分かったの?」
問うと、何度も頷くので優子は口角を上げた。
「良い子ね。祀られるだけあるわ」
頭をちょんちょんと撫でると、嬉しそうに頭を優子の腕に擦り付ける。
「じゃあ行くわよ。案内しなさい。あ、地面を這うと村人に気付かれるから、私の服の中に入りなさい」
村人に気付かれると面倒なことになりそうだ。
虎の威を借りるかのように白蛇を見せびらかして歩いてもいいが、それだと村長辺りが監視役としてずっと傍に張り付くだろう。優子が白蛇様に粗相をしないかどうか見張るのだ。容易に想像できる。村人を見るだけでも嫌なのに、ずっと傍に居られると爆発しそうだ。
「…何、どうかした?」
服に入るよう促すが、なかなか入ってこない。
困惑する白蛇を優子は無理やり袖の中へ入れようとするが、拒絶するようにしゅるしゅると服の上を這う。
「ちょっと、言うこと聞きなさいよ!」
普段から優子の命令に背くことはない。
今日の白蛇は様子がおかしい。
「何よあんた。私のペットなんだから服従しなさい!」
尾を掴んで体から離し、白蛇の顔を覗き込む。
困惑したような、照れているような、落ち着かないような、そんな表情だ。
服の中に入るのがそんなに嫌なのだろうか。汗はかいていないし、臭くはないはずだ。服が洗えないくらい貧乏というわけではない。他に何か理由があるのか。
まさか。
「…もしかして、私が女だから?」
女の服の中に入りたくないのだろうか。
白蛇を観察すると、肯定するようにふりふりと動いた。
「呆れた。あんた何様のつもりよ。白蛇のくせにいっちょまえに男のつもりなの?いいから早くしなさい」
白蛇の気持ちに一切配慮することなく、服の中にねじ込んだ。
観念した白蛇は仕方なく優子の肌の上を滑る。心なしか震えている。
鱗のない人間の肌はきめ細かく、柔らかい。温もりのある優子の肌。小さくパニックを起こした白蛇はちろっと舌を出した。
「ちょっと!くすぐったいじゃない、やめなさい!!」
優子はパンっと服の上から自分の肌ごと白蛇を叩く。
「まったく、大人しくしなさい。それと、道案内。早く」
ぎゅっと首あたりを掴まれたので白蛇は急いで服から頭だけを出し、優子が望む場所へ連れて行く。
村は狭くないが広くもない。他の村を知らないので大きさなんてよく分からないが、住み慣れた村で、いつどの道に人気がないか優子は把握していた。
なるべく人に会わない。会いたくない。
会えば必ず良くないことが起きるからだ。暴力や悪口、色んなものが降りかかる。
大人が参戦し始めてから、特に成人男性がいると、優子は逃げる一択だった。
やり返したい。でも、敵わないのが分かっている。
痛いのは嫌だし、何より家に帰って両親に傷を見られるのが嫌だった。
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