第13話

「願い事、したい?」

「したい!ただ嫁ぐなんておかしいじゃない。私の願いくらい叶えてもらわないと」

「…いいよ」

「いいの!?本当に!?」

「うん」

「悪い願い事でも?」

「うん」

「どんな願いも?」

「うん」


 こくりと頷く白威に何度も確認する。

 あと三年待てば、願い事を聞き入れてくれる。

 その間にまた村人から嫌がらせを受けるかもしれない。


「はぁ。私が黒髪に生まれたせいでこんな苦労を...。いや、違うわ。白蛇なんか存在するからよ」

「…」

「そもそも白蛇さえいなければこんなことにならなかったのに」

「…」


 まだ見たこともない、旦那となる白蛇。

 そいつの悪口を言うが、悪いのは白蛇ではなく村人である。

 村人の腐った性根が悪いのだ。


「…白蛇様、嫌い?」

「き、嫌いとかそういうのじゃないけど」

「けど?」

「…もう!悪かったわよ!悪口言ってごめんなさい!これでいい!?」


 謝罪は性に合わない。

 頭をがしがしと掻いて、気まずそうそっぽを向く。


「分かってるわよ。別に、白蛇が嫌いとかそういうのじゃないわ。村が嫌いなのよ、村人が」

「…知ってる」

「また何か攻撃してくるかもしれない。今度はお父さんが倒れるかもしれない。死んじゃうかもしれない」

「…」

「どうしたらいいの」


 我ながら情けない声が出てしまった。

 弱い女だと思われたかもしれない。

 今から取り繕うのも面倒だ。頑張って取り繕っているな、と必死さに気付かれるのも嫌だ。

 沈黙が二人を包み込む。

 先に破ったのは、白威だった。


「…善い子になったら?」

「は、はぁ!?」


 まるで優子を悪い子と言っているように聞こえる。

 片足をどんと鳴らし、親指で自分の胸を指して大声を出す。


「この私に、村人を受け入れるクソでかい器を持てって言うの!?」


 決して自分の器が小さいなどとは思わない。

 しかし、善い子というのは空より広く海よりも深い心を持つ者のことだと認識している。

 損しかないその善い子になれというのか。

 血の涙を流しながら天使の微笑みで村人に接しろというのか。

 冗談じゃない。


「…でも、その方が」

「うるさい!もういい!知らない!」


 ふんっと九十度向きを変えて白威を視界から消す。

 このまま夢から覚めようと思ったが、覚めない。

 なんだか恰好がつかなくなった。

 謝る気はない。

 再び沈黙が目立ち、白威が「…優子」と話しかけても反応はない。

 白威が軽くため息を吐くと、優子はくらりと意識が遠のいた。


 家に帰ると母は起き上がっており、いつも通りだった。

 腹に痛みが残っているものの、動けない程ではないという。

 良かったと安堵しながら優子は早速話を聞いた。

 母は言いにくそうにしていたが、話が終わるまで離れない優子に、「実は」と今日の出来事を振り返った。

 夕飯の支度をしようとしていたとろへ、近隣に住む二人の女性が訪ねてきた。どちらも子持ちで、優子の母よりも年上である。

 村人を良く思っていない母だったが、年配の女性を無下にすることはできず招き入れたという。

 優子のことで話がある、と目を吊り上げて言う二人は長居をしそうだったため、三人分のお茶を入れてテーブルに置いた。

 一人が「話を人に聞かれたくないから、窓を閉めてくれ」と言うので母は従い、窓を閉めてから椅子に座った。

 もう一人が「はぁ、なんだか話す気にもなれないわ。先にお茶でも頂きましょう」と言うので母は湯飲みを持ち上げ、一口、二口と喉に流し込んだ。


「信じられない。誰よそれ!」

「まあまあ、もういいわよ」

「よくない!誰!?」


 近隣の年配女性というと、数人候補が挙げられる。しかし二人に絞ることはできない。全員がやりそうな女であるからだ。


「それを知ってどうするの?」

「別に、どうもしないけど」

「本当に?」

「本当よ」

「喧嘩するんじゃないの?」

「わ、私のこと何だと思ってるの!?」

「家に行って、おばさんたちに何か言ったりするんじゃないの?」

「し、しないよそんなこと」


 実は少し考えていた。

 母に見つめられ、ふいっと視線を逸らす。その反応で優子が何を考えていたかを悟り、母は頭に手を当てた。


「絶対に言わないからね。優子が危ないことしようとするのは、反対よ」

「しない、しないから」

「じゃあどうして目を逸らしたの?」

「そ、それは...つい…」

「ほらみなさい。何かしようと企んでいたんでしょう」


 押し黙る優子の頭を撫で、母は優しく言う。


「大丈夫よ。お母さん強いから、次からは気をつけるわ」


 柔らかい声が優子の耳を掠める。

 じわりと瞳に涙が浮かんだ。泣くつもりはなかった。

 ぽろぽろと零れるそれを片手で拭い、「うん」と母の声に頷いた。


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