第2話 告白

「…で、君は本当に奏音ミコなのか?」

「そうだよ!私は紛れもない本物の奏音ミコ!!」


声も外見も俺の愛用するVOCALOIDそっくりそのままの女の子は、一貫して自分が奏音ミコだと主張している。


「まず一つ聞いてもいい?」

「なに?何でも聞いていいよ」

「仮に君が奏音ミコだとして、何で実在してるの?」


いろいろ聞きたいことはあったが、まずはこれだろう。VOCALOID本体がリアルの世界で生きているなんて、あるはずがないのだ。


(自称)奏音ミコは顔に手を当て、少し考えるような仕草をして言った。


「わたしがそのように作られたから」


「……………は?」


そんな、えれくとりっく・えんじぇぅみたいな説明で納得できるはずがない。


「そのように作られたってどういうこと?」


「ごめんね、説明不足だった。ただ、とても難しい説明になるから、頑張って聞いてね。

まず奏音ミコというVOCALOIDは、ある天才開発者によって作られたの。もちろん、それは一般的な音声ソフトにすぎず、私と違って実体は無い。でも、あるときその開発者は、一つの奏音ミコに特殊な細胞を組み込んで実体、そして自我を持てるようにした。それが私。おそらく私で何かの実験でもするつもりだったんだと思う。でも何らかの手違いがあったのか、私は通常の奏音ミコと一緒に市販されてしまった。それをたまたまマスターが買ったってこと。わかった?」


「………………………………。」


分かるわけがない。一体何を言ってるんだ。天才開発者?特殊な細胞?間違って市販?三流SF映画でも今どきこんな設定にはしないだろう。


「ごめん、こんな事いきなり言って分かるわけないよね」

「うん…でもまぁ…聞いたのは俺だし…」

「やっぱり私がそのように作られたから、って考えた方がわかりやすいと思うな!!」


ミコが実在してる理由はさっぱり分からなかったが、他にも聞かなきゃならないことが山ほどある。とりあえず何を考えているのか探らなければならない。


「…で、君の目的は何?」


ミコはくすりと笑ってこう言った。


「私と恋人になって…」


ーーーーー


 俺はこの世界に生まれ落ちて17年、彼女なんてものは出来たことがない。それなりに仲の良い異性はいた。でもそれが恋愛感情だとは思わなかった、あくまで友達としての好き。そういう人生を送ってきた。


「私と恋人になって…」


部屋に突然現れた俺のVOCALOIDから会って5分で告白された。うん、自分でも全く状況が理解出来ない。


「えっと……どういうこと?」

「だから…私と恋人になってほしいの…」


うん、やっぱり理解出来ない。そもそもVOCALOIDって恋愛感情持ってるの?いやそもそもVOCALOIDが自我持ってること自体おかしいんだけどさ。


「俺と…付き合いたいってこと?」

「そう」


得体の知れない相手でも好意を向けられるのは満更でもないです、はい。


「俺に恋愛感情持ってるってことだよね…?」


ミコは暫く沈黙した後に言った。


「それは……ない」


え?あのーどういうことですか?恋愛感情持ってないのに付き合いたいって…恋愛経験が無い俺でもおかしいと断定できるんだが…


「ど、どういうこと?恋愛感情が無いのにどうして俺と恋人になりたいの?」

「私と付き合ったら、マスターも恋愛が理解できるんじゃないかなって思って」

「俺が恋愛を理解……ごめん何が言いたいのかさっぱり分からない…」


俺に恋愛を理解させるために恋人になりたい…あまりにも突拍子も無いし、目的も全く分からない。


「何のために俺に恋愛を理解させたいの?」


「だってマスターの作ったラブソング…いかにも童貞が夢見てる感があってキモいんだもん。」


 自分の使ってるVOCALOIDに「曲がキモい」と言われた経験のある人はいるだろうか。いや、いるわけない。

確かに、恋愛経験の皆無な俺が作るラブソングなんて薄っぺらい。それは間違いない。ついでに童貞なのも間違いない。でもあんな言い方あるか?ムッとして俺は言った。


「そんな言い方しなくていいだろ」

「言い方が悪かったのなら謝る。」

「分かってくれればいいけどさ」

「でも、実際に歌う側の気持ちも考えて欲しい」

「……」


 正論すぎて言葉が出なかった。至極もっともな意見である。俺がどんな恥ずかしい歌詞を書こうと、それを歌うハメになるのはミコなのだ。でもこれだけは言わせて欲しい。まさかVOCALOIDが自我を持ってるとは思わないじゃん?ってか俺は毎回のように書いた歌詞を女の子に見せてたのか…やべっ、急に恥ずかしくなってきた。


「悪かったよ」

「うん。じゃあ私と恋人で決定でいい?」


どういう論理の飛躍の仕方なのだろう。さっきも同じことを言ってたが、俺に好意があるわけでは無いと知ったので若干複雑だ。


「マスターは…私と恋人になるの…いや?」


ミコが上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。

うん、可愛すぎる。ちなみに1つだけ言っておくと、これは俺がボカロエディターに打ち込んでミコに言わせてるわけではないからな。


「嫌なわけない!でも君がこの部屋に現れてから、物事が急転直下に進み過ぎてて、この状況がまだ理解出来てないんだ。」

「ごめん、たしかに急すぎたよね。今日は一旦元に戻るね」

「元に戻るって?」

「この体を消して、元のVOCALOIDのデータに戻るってことだよ。」

「そんなことできるのか?」

「うん、じゃあまた明日」

「ちょっと待っ」


 俺が言い終わる前にミコの姿は消えており、目の前には奏音ミコの音声ファイルが収録されているCDが置いてあった。俺はパッケージに載っている、ついさっきまで話していた女の子のイラストを見ていた。


「夢……ではないよな…」






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