うちのVOCALOID™が自我を持ちました

93音

第1話 うちのVOCALOID

「うーん、やっぱこの部分はビブラート入れて歌わせた方がいいかな…」

 

 俺の名前は早川雄大、何の変哲も無い高校2年だ。学校では静かな方だが、全く人と話さないというわけではない。陽キャと陰キャの中間的な、まぁ平凡というに相応しい高校生というわけだ。

 

 そんな俺には一つの隠れた趣味がある。それはVOCALOIDを使って楽曲を作ること、俺はボカロPなのだ。といってもほとんどの曲は再生回数3桁、多くても4桁前半と、ここでも平凡っぷりを遺憾無く発揮している。

それでもボカロは作る事自体が楽しいので続けている。


そんな俺が愛用しているVOCALOIDがある。それが奏音ミコというVOCALOIDだ。俺はどうにもポピュラリティーな物が嫌いな節があり、初音ミクや鏡音リンなどの人気シンガーを使う気が起きなかったのだ。


奏音ミコはマイナーな会社が出してるマイナーなバーチャルシンガーのため、参考になる動画や書籍がほとんど無かった。なので使いこなせるようになるのはかなり大変だった。ただ声はとても綺麗で、ベタ打ちでも驚くほどの美声を発揮するため、俺はひたすら愛用していた。


「んー、でもやっぱここはビブラート入れない方が綺麗かなぁ…」


なんてことを考えながら俺は今日もボカロ楽曲の制作に勤しんでいる。


『やべっ、トイレ』


長らく作業をしていたためか、尿意が限界に達していた。

俺は部屋を出てトイレへ直行する。ボカロ作りをしていると時間も忘れてのめり込んでしまう。


『ふぅ、そろそろオケの構成も考えないとなぁ』なんて考えながらすぐに用を済ませ部屋へ戻った。


部屋の扉を開けると、そこには1人の女の子が立っていた。

俺の愛用するVOCALOIDのパッケージに書いてある女の子が…



俺はすぐに扉を閉めてトイレへと引き返した。


ーーーー


ありえない。いや…やっぱりありえない。


先ほど見た光景が現実か否かを吟味しなければならない。VOCALOID本体が俺の部屋にいた…


そんなことあるはずが無いだろう。あれは何かの見間違い、もしくは幽霊という線もある。いずれにしても、もう一度部屋に戻って確認する必要がある。念の為、塩や御守りも持ってた方がいいのか。なんて考えながら、意を決して部屋のドアを再び開けてみた。


いた。そこにはいた、特徴的な白いロングヘアで、耳には洒落たヘッドフォンを付けてる女の子が。


姿だけは紛れもない奏音ミコだ。特に何かをするわけでも無く、こちらに顔を向けて立っている。


どうしていいか分からず、俺は再び部屋から退散することにした。


「待って」


聞き慣れた可愛らしい声が聞こえたのと同時に、腕を掴まれた。もし、こいつの正体が悪霊なら今から俺は呪い殺されるのかもしれない。

俺は何も言えずただ黙っていた。


「ゆ、雄大くん。いや…マスター」


マスター…甘美な響きだ。いや、それどころでは無い。女の子は俺の名前を呼んできた。どうやら俺の事を知っているらしい。とりあえずこいつの正体を探る必要がある。


「あ、あの…誰…?」


「奏音ミコだよ!分かるでしょ!!」


女の子が少し強い口調で言った。俺は全く状況が理解出来ず、ただ呆然とすることしかできなかった。


「雄大くん!!」


さっきより強い口調で俺の名前を呼んできた。女の子に下の名前で呼んで貰えて満更ではないが、今はそれどころではない。


「俺のことを知ってるのか?」


「当たり前だよ、毎日一緒にいるじゃん!!」


俺には妹も彼女もいないので、毎日一緒にいるような女の子なんているはずがない。


「もしかして……守護霊?」


「奏音ミコだ、って言ってるじゃん!毎日私を使って作曲してるじゃない!!」


どうやら彼女は本当に奏音ミコらしい…あくまで自称ではあるが。とりあえず前にいる女の子の正体が何であれ、詳しく話を聞く必要があるのは間違いない。





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