第2話
「あ、これナギサ君の曲でしょ?」
そう問われて思わず目を逸らす。
「クライアントは明かせない」と断っていたにも関わらず、イントロ3秒で当ててみせた先生、ナギサへの理解深すぎやしませんかね?
「おぉ」「わぁ」とか言いながら最後まで聞き終えた先生は、しきりに「なるほど、なるほど」と頷いて
「いい曲だね、私じゃ絶対思いつけないよ、すごいね、ナギサ君」
と、ナギサの曲と断言してみせる。お、俺は言ってねーからな?勝手に先生が思い込んでるだけだからな?
「これに歌詞をつけるのは、うん。確かに荷が重いよね。私もイヤだなー。で、つける?」
そう、先生は問いかけてきた。表情をのぞき込むような目つき。でも、楽しそうな口元も一緒に見える。
「つけますつけます、つけないの腹立つし、つたなくても……なんて言う気はねーし作曲者じゃ思いつけもしない、トンデモな歌詞見つけてみせます」
「よろしい。じゃあ、私もお手伝いさせて貰うね!……ありがとね、今でも頼ってくれて。正直少し嬉しかったよ」
そう、先生ははにかんだ。……良かった、この場にナギサが居なくて本当に良かった。
ま、正直先生以外に頼れる人、いないんだよな。ナギサじゃないけど、今でも俺の師だし、俺が夢中になれるものをくれた人だからな。
「……こっちこそ、すいません。もう生徒でもないのに連絡しちゃって。あの、相談料って幾らぐらい……」
「いいっていいって。私も楽しいし、嬉しいし。これぐらいじゃ教え子からお金なんて取れないよ?
ま、折角だしナギサ君にはちょっとたかっちゃおうかな?」
そう、先生は手をヒラヒラさせて、ニコニコ応えてたけど、うん、ご機嫌なナギサと斜めご機嫌のサリナまでは想像ついた。
「じゃ、最初に方針だけは決めようか?この曲って、どんな曲?」
「ラブソング」
「だよねー」
俺は間髪入れずに答えたし、先生も迷わず同意した。
そこだけは間違いねーんだわ。具体的な事は何にも思いつかねーんだけど。
と、先生に手伝って貰ってるものの。結局煮詰まっていた。
まるで書けない。というかそもそもなんでラッパーに普通の楽曲の作詞させてるんだおかしいだろ!?
ってな感じでお昼休みの屋上で一人不満タラタラに、音と間を考慮して言葉を選んで組み合わせてを繰り返していく。
だけどちっともハマらない。
『ま、そのうちインスピレーションが降りてくるんじゃないかな、たぶん?
先生も理論でガイドラインは引けるけど、結局直観めいた部分でこれだって思えないと納得できないだろうし。
それまで悩め悩め、悩んで苦しめ。たくさんの中の言葉から選ぼうとしてるんだから、その分悩みが増えるのはしょうがない。捨てた言葉の数だけより精度が増してるんだと思おうよ』
『ちなみに作曲者に聞いたところ、あの曲テイク1で一発撮りらしいですよ?』
『ナギサ君を参考にしてはいけない。アレは沸いた瞬間完成品が頭に入ってるおかしい頭のタイプだから』
「やった、またこの曲」
ボンヤリしていた俺の耳からイヤフォンを引き抜いたリリカは、自分の耳に差し込むと、曲を確認して満足そうだった。
「ホント好きだな、その曲」
「うん、好きだよ。だから歌詞も期待しちゃうよ?できたら早く教えてね」
そう、リリカは笑いかけた。でもその無邪気なおねだりは随分と俺を追い詰めていくんだ。
「なあ、もうさ、歌詞いらねーだろ?」
「え?」
「もう、曲だけで十分イイじゃん。歌詞つける必要あるか?」
そう言ってみたら、表情を曇らせた彼女はイヤフォンを外した。
「……あのさ、私ヒップホップ聞かないから知らないんだけど前々から気になってたことがあって。ラップとダジャレの違いって何かな?」
露骨に話題を変えられた。
「……韻を踏むのは一緒。違いは、その言葉の並びに意味があるかどうかだけ。意味がねーと駄ジャレ扱いになる」
「ああ、だからか」
「あ?」
「唐突な感じしたもんね、『テープとロープでつなぐホープ』」
「おい忘れろ。アレは思いつきをメモしただけで使う予定はねーよ」
「あのさ、……分かんないんだけどさ?」
「あ?」
「歌詞。いるかどうかは私には分からないけど、私は聞きたい。ライム君の歌詞のついたあの曲。それだけ。じゃ、クリスマスイブの日、待ってるね?」
そう言ってリリカは立ち去って行った。
進捗報告と、内容について打合せするためにまたナギサと会う事にした。
肩を叩かれ、イヤフォンを外して振り向くと
「お待たせ、先輩」
ご機嫌なナギサが立っていた。どれくらいご機嫌かって?振り向いた俺の頬をナギサの指が突いたくらいだ。
ココは先生の家の近所の喫茶店だ。この後レッスンだからって一寸前にこの場所を指定された。
「ご機嫌だな?」
俺の向かいの席に座りながらナギサは答える。
「先生へのクリスマスプレゼントで良いのが見つかったんですよ。
それで作詞の進展どんなもんです?」
「……何にも進んでねーよ」
「そんな難しいですか?」
「つけてみろよ?」
「ヤですよ」
「なあ、もう、これさ」
「なんです?」
「歌詞なんてなくてよくね?十分よい曲だぞこれ?」
それを聞いて、ナギサは笑い出した。
「随分弱ってますね、先輩。でも先輩?これ、ラブソングなんですよ。好きって、伝える曲として作ったつもりです」
気持ちって言葉にしないと伝わらないんですよ?
「いくらいい感じでも。だからお願いします。つけてください」
「……なあ、ナギサ。プレゼントといい、今年先生に告白する気なのか?さすがにイブには間に合わねーんだが」
俺の質問にナギサは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「しませんよ。相手にされてないのは分かってますから。歌詞はいつでもいいですよ。
じゃ、意見交換しましょうか。俺、この後レッスンなんで、ちゃっちゃと進めましょう」
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