リリックホリック

dede

第1話


「テープとロープでつなぐホープ、……と」

昼休みの屋上で一人菓子パンをかじりながらノートに書き込んでいた。

するとノートに人の影が差し、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。

俺はスマホをタップし音楽をストップする。顔を横に向けるとすぐそばにリリカの顔があった。

「ちゃんと韻は踏んでるけど、中身ないよね?」

「しゃーらっぷ」

どうせチープだよ。

「また、辞書とにらめっこ?いっつも読んでるよね、辞書とか慣用句辞典とか」

「足らねーんだわ、言葉」

「私とは会話できてるじゃない。それじゃ不満?」

と、リリカが不服そうに言う。

「足らねーよ?もっと俺は、俺の気持ちにふさわしい言葉を選びたいんだよ。

そのためには選択肢が足らなさすぎる」

「ふーん、欲張りなんだね」

リリカは俺のスマホに手を伸ばすと再生のアイコンを押した。

ふたたび鳴りだすピアノの楽曲。軽快に鳴り響くアイツのテイク1。

「やっぱりいい曲だね」

と自然とリリカの頬を緩ませている。目を瞑って聞き入ってるリリカを眺める。

今のリリカのお気にだった。

最近はいつも俺のスマホからこの曲を流してはこんな表情をする。

それを内心苛立ちながら俺もいつも見ているのだが、『そんなに好きなら曲データやるよ』とは言えないでいる。

「ああ、まったくいい曲だよ、こんちきしょう」

リリカにこんな顔をされてしまったら、言葉なんて要らないと、暗に言われてるようで自分のしてる事がバカらしくなってくる。

俺はこの才能溢れる後輩君の曲に、歌詞を付ける事ができる事ができるんだろうか。

「ほんと、リリカはこの曲好きだな?」

「うん。この曲の歌詞って、今ライム君が作ってるんだよね?楽しみにしてるね」

そう、リリカは微笑んだ。


「という訳で恨んでるんだよ、ナギサ君?」

「訳分からんですよ、ライム先輩?」

「意味分かんねーだよ、突然曲データ送りつけて、『歌詞つけて』って、先輩舐めてんのか!」

「やだな、買ってるんですって、先輩?俺の知り合いで一番作詞に造詣が深いの、先生を除いて先輩だし」

そう久しぶりに会ったナギサはニコニコしながらそう語る。

……ああ、もう、相変わらず先生好きだなコイツ。

「だったら先生に歌詞書いて貰えよ?」

「ヤですよ。先生を驚かせたくて作ったんですから」

俺とナギサは1歳違いで、同じピアノ教室に通ってた縁で知り合った。

まあ、俺は中学になる前に辞めたのだけど、ナギサはずっとピアノ教室に通ってる。

俺はナギサとは違い、どうも音楽の才能はなかったのだけれど、それでも音楽への興味は尽きる事はなく、

今でも趣味で続けた末に、今では立派なラッパーである。下手の横好きだけど。

「だったら悪かった。先に謝っとく」

「え?」

「先生にこれの作詞で相談する約束しちまった」

「ちょっとぉぉぉぉぉおぉ!?」

ナギサは絶望に満ちた表情をしていた。悪いが少しスッキリした。……よい曲を作ったお前が悪い。

いや、正直一人で処理できる気がしないのよ、この曲まったく、うん。


という訳で今日の放課後は久しぶりに先生の家だ。

なので、今は休み時間だけど自席で珍しく本は読まずに今日相談することをノートにまとめていた。あ、手土産いるか?

と、スッと右耳からイヤフォンが引き抜かれた。

「あ、今日は違った。洋楽なんだ?」

ノートから顔をあげるとリリカだった。イヤフォンから漏れる音が期待と違って、少し残念そうだった。

「さすがにずっと同じだと麻痺してくるからな。何か用?」

「何か用がないとライム君に私は話し掛けちゃダメかな?」

「……そんな事はねーけど」

というか、思い返せば用があってリリカに話しかけられたことがない。

今年の9月に初めて話した時も、

『あ、今の曲!?』

『あ?』

『あ……』

俺のイヤフォンから漏れ聞こえた曲に反応し、思わず声が出てしまったと、恥ずかしそうに白状した。

『その、ライム君もこの曲好きなの?』

『ああ』

『そっか。私もなんだ。イントロの入りがさー』

『ちょちょちょ、待て待て待て?何で曲の感想を言い始めた?』

『だってこの曲好きって人初めて会ったから……』

『友達に拡げろよ?』

『反応イマイチで』

『認知度イマイチだけど、フォロワーや動画再生数やコメント、そこそこあったろ?そっちでしろよ』

『直接話す方が楽しいんだよ。ね?ね?たまにでいいから音楽の話させてよ?』

そういうリリカの背後で、リリカの女友達たちが奇異な目で俺を見ていた。

それはそうだろう。学校でずっとイヤフォンして本を読んでいて碌に人と話さないし、

リリカは成績もいいし交友関係も広いし、噂だと休日はボランティアとかしてるらしいとても立派なヤツだ。

その二人が話してるのは、さぞ奇妙だろう。まあ、本人が気にしないなら構わないけどさ。

それから数か月、俺たち二人はたまに好きな曲の話をしている。

「それじゃ雑談の前に用事の話、済ませるね」

「って、用事あるんじゃねーか!?」

用があって話しかけれたことはないって思い出した馴れ初めエピソード、思い出し損じゃねーか。

そんな葛藤を知らないリリカは構わず話を続けた。

「ねえ、ライム君。クリスマスイブの日、予定埋まってる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る