第3話


クリスマスイブの日。

昼前に待ち合わせの駅に着いたので連絡を入れようとスマホを取り出したらその前に

「ライム君、こっち」

見ると私服のリリカが大きく手を振っていた。そしてすぐに俺の横に並ぶ。

「結構待たせたか?」

「ううん、私も今来たトコ。まだ15分前なんだから気にしなくていいよ。でもこれなら一つ前の電車に乗れそう。少し急ごうか」

「ああ」

改札を通ると、速やかに電車に乗ることが出来た。

イブの今日は普段の休日より電車も混んでるようで座席は一つしか空いてなかった。リリカに座って貰い、俺はその前の吊革に掴まった。

「ありがとう」

「気にしなくていい」

「ううん、それ以外も。今日はありがとうね。イブなのに私に付き合わせちゃって」

「いや、元々予定なかったし。作詞も行き詰ってたし。誘ってくれてこっちもありがたかった」

「作詞かー、したことないけど大変そうなのは分かるよ。ねえ、普通の歌詞とラップの歌詞とどっちが大変?」

「普通の歌詞の方だな」

「意外。ラップの方が面倒なルールが多そうなのに」

「慣れるとそうでもねーよ?音にノってること、意味があること、韻をなるべく踏んでる事さえ守れてばいいだけだし。韻は絶対必要って訳じゃねーしな。

試しにやってみなよ?ほら、トン、トン、トン……」

俺はニヤニヤしながら口と足先でリズムを刻むと、リリカを煽る。

「え?え?そんな急に言われても……えーと、えーと、あ。

……トウフで共に作るスープ、

2人で一緒にホップステップ、

なってみたいな、そんな夫婦♪……なんて、どうかな?」

「……ちゃんとなってるな」

「恐縮です。いや、でも、ほら。目の前にちょうど題材があったから」

リリカの目線の先を追って振り返ると、向かいには仲良しそうな若い夫婦が座ってた。持っているレジ袋にはネギと豆腐と味噌が見えた。

いや、でも、いきなり振られて作れるか?リリカ才能あるんじゃ、っていうか俺、才能ないんじゃ……。

リリカは俺が急に黙り込んで落ち込み始めたのをみて慌て始めた。

「ほ、ほら!折角のクリスマスイブなんだから楽しい日にしようよ、ね?そうだ、折角時間あるんだし、音楽の話しようよ」


「あ。リリカー、こっちー」

「お待たせー。先に準備させてごめんね。すぐに私もやるよ」

目的地の公民館につくと、リリカの友達の女子が7人ぐらい忙しなく動き回っていて、リリカも早々にそれに参加した。

建物は電飾で飾られていて、夜になったらさぞ綺麗だろう。

リリカ曰く、ロープを登って煙突に入るサンタが見どころらしいが、生憎まだ明るいのでさっぱり分からない。

今日リリカ達はこの建物で小さな子供向けの人形劇をボランティア活動で行うらしい。公民館の中に入ると、広い室内には舞台があって、脇にはオルガンが置いてあった。

毎年やってるらしくて、道具は物置にあるらしいのだが、人形は修繕が繰り返された形跡があり、なかなか年季が入っていた。

俺も手荷物を部屋の隅に置くと、近くを通った女子に声を掛けた。

「俺は何をすればいい?」

急に俺に話しかけられた女子は、驚いた表情でたじろぎながらも

「え、えーと……じゃ、じゃあ、あそこの机、運んで並べて貰えますか?」

「わかった」

リリカからは男手がなく力仕事が不安なので手伝って欲しいと頼まれた。

他の男友達には既に断られたとのこと。ああ、まあ、リリカの友達みんなリア充っぽいもんな。

「……」「……」「……」

(なんだ?)

黙々と机を運んでいたが、なぜか数人の女子がこちらを奇異な目で見ている。

居心地は悪かったが、何か言われたわけじゃないので作業を続ける。

「ねえ、ライム君、こっち来てー!」

机を必要な分移動させた頃、タイミングよく奥の方でリリカが俺を呼んだ。

「ねえ、アレを取って貰ってもいいかな?私だと背が足らなくて」

行ってみると、リリカは椅子の上で棚の一番上にあるラジカセを指差していた。

「わかった」

リリカの代わりに椅子の上に立つと、埃をかぶった古びたラジカセを下に降ろした。

「ありがとう」

「どうするんだ、これ?」

「劇のBGM流すのに使うの。音源がカセットテープしかないんだよね」

カセットテープ……一体いつ作られたんだ?

「これ、ちゃんと流れるのか?」

「大丈夫だよ、去年もできたし。みてて」

そういうと、リリカはカセットテープをラジカセにセットした。

ただ、

「なあ、今テープがゆる「スイッチオン」」

リリカが再生ボタン押すと、キュルキュルキュルとすごい音が鳴りだした。

「え、え、え「止めろ!」」

俺は蒼白になって狼狽えているリリカに代わってラジカセの停止ボタンを押した。

ゆっくりとカセットを開けてみる。

「……まずいな」

中にはテープがしわくちゃになって飛び出しているカセットがあった。

「ど、どうしよう……」

リリカは今にも泣きそうになっていて、縋るように俺を見てきた。


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