第3話
「それは『もう一度医者を目指すべきだ!』というビワコからのメッセージだと思う。」
前日にビワコについて思い出したことをヒロシに話していたら、ヒロシが俺の目をジッと見つめながらそう言ってきた。
この日の朝は俺の体調を心配した母が
「今日は休んだらどう?」
と言ってくれたが、この日は予備校の授業で一番楽しみにしている西本先生の数学の授業があったし、医者を目指さなくなったことについてヒロシに話したいことがあったので
「熱もないから大丈夫だよ!他の人に迷惑かけないようにマスクもしていくからさ!」
と返答して半ば強引に予備校にやって来た。
そして前日と同じく昼休みに食堂でヒロシと話していたら、真面目なトーンでヒロシが前述した発言をしてきたのだった。
「俺もそう思わなくもないけどさ、それだったらビワコじゃなくて俺のおじいちゃんが出て来るべきじゃないかと思うんだよな。ビワコのことなんて昨日お前に言われるまで忘れてたくらいなんだぜ。」
「いや、それだと効果がないからだよ。」
「効果がない?」
「だってそうだろ。ユウジがユウジのおじいちゃんのために医者になろうとしていたけど、高校の数学に付いて行けなくなって一度諦めてるわけじゃん。そこで諦めない理由にしてもらえなかったユウジのおじいちゃんが夢に出るだけでは、もう一度医者を目指す理由としては弱いと思ったからビワコが夢に出て来たんだろう。ほら、伊勢物語を授業でやった時、習っただろ!昔は自分のことを思ってくれている人が夢に現れると思われていたって!」
「昔はだろ!今は科学的にも自分が思っている人が夢に現れると考えられているんじゃないのか?」
そこまで言って俺はハッと余計なことを言ったことに気が付いた。ヒロシの顔を見るとニヤニヤとした顔をしていた。
「ちょっと待て!今のは語弊がある言い方をした。嫌いな奴でも何故か夢に出てきたりするじゃん?それは思っている相手とは違うじゃん?だから良くも悪くも印象に残っている奴が夢に出て来るだけで、俺がビワコのことを思っている訳ではないんだぞ!」
「まあまあ、ビワコが夢に出てきたのがビワコからのメッセージでもお前の潜在意識でも、どっちでもいいからユウジ、お前は医者を目指した方がいいと俺は思うね。」
俺が必死に言い訳しているのをよそに、ヒロシは真剣な表情で医者を目指すよう勧めてきた。俺はヒロシの真剣な表情を見てここで適当なことを言ったらダメだと思い
「分かった。よく考えてみるよ。」
と返答した。
「あ、そろそろ午後の授業始まるな。教室に行くか?ユウジ?」
「そうだな。西本先生の授業が午後にあるから楽しみにしてたんだよ。」
俺とヒロシは食堂を出て教室へと向かった。
午後の西本先生の授業が楽しくて、ヒロシに言われたことを考え直すのをすっかり忘れてしまった。更にそれ以降ヒロシがビワコのことや医者を目指すことを聞いてくることもなくなり、ビワコが俺の夢に出てくることもなくなった。そのため、また医者を目指してもう一度頑張るかという根本的な問題も頭の隅に追いやられてしまった。
ヒロシに医者を目指せと言われてから三日後、俺が予備校から家に帰ってきて玄関のドアを開けると母がニコニコしながら出迎えてくれた。
「お帰り。今日、ユウジが食べたがっていた物が届いたの。晩ご飯の後に出してあげるから楽しみにしててね。」
「俺が食べたがっていた物?何だろう?」
母の発言が気になったが、とりあえず洗面所へ行った。うがい、手洗いをしてからリビングへ向かうと既に晩ご飯の準備が出来ていた。父と母は食べ終えてたらしく、母は台所で洗い物をしていた。俺はテーブルの前に座って晩ご飯を食べ始めた。全て食べ終えて、食器を台所へ持って行くと
「洗っちゃうからそこに置いといて。」
「ねぇ、俺が食べたがっていた物って…。」
「ああ、そうだったわね。持って行くからちょっと待ってて。」
と母が言ったので、俺はリビングの自分の席に戻った。しばらくして何かを持った母がやってきた。
「じゃーん!」
効果音を言いながら母が俺の前に置いたのはゼリーだった。
(あれ?俺ゼリーなんか食べたいって言ったっけ?)
と疑問に思い
「これって…?」
と母にぼかして質問してみた。
すると母はまたニコニコしながら
「ユウジ、枇杷食べたいって言ってたでしょ。だから枇杷ゼリー!お店では売ってなかったから千葉県に住んでいるあなたの伯父さんにお父さんが頼んで送ってもらったのよ。残念だけど生の枇杷は旬が過ぎてたから無理だったみたい。」
と説明してくれたが、後の方は少し俺に申し訳なさそうに説明していた。
(そっか。ビワコのことを思い出して何の気なしに『枇杷を食べたい。』って言った俺のために父さんと母さんはそこまでしてくれたのか。)
俺に対する両親の愛情を実感していた時、俺は久しぶりにビワコのことを思い出していた。
(そういえばビワコと最後に会ったのは中学の卒業式の日だったな。お互い携帯を持ってなかったからメアドも交換してなかったっけ。)
と懐かしみながら枇杷ゼリーを一口食べると嘘みたいだが卒業式の日の記憶がワッと蘇ってきた。
「あ~あ、ユウジくんたちとは別の高校か。」
「ビワコがもう少し勉強頑張ってれば一緒に○○高校行けたのにな。漫画の読み過ぎじゃないの?」
「違うって!人にはいくら頑張っても出来ないことがあるんだよ!でもユウジくんは頑張ってね。医者になるんでしょ。」
「ああ。見てろよ!絶対に医者になってやるからな!」
「あははは。頑張って。期待してるね。」
そこまで思い出して笑いがこみあげて来るだけではなくて俺はある決意をした。そしてそれをすぐに両親に伝えようと思った。
「父さん。母さん。聞いてほしいことがあるんだけどいいかな?」
「何?どうしたの?」
「俺さ、医者を目指そうと思う!だから医学部のための受験勉強をしようと思う!勿論、父さんや母さんに予備校の費用を出してとは言わない!俺バイトして予備校の費用と大学の学費を稼ぐよ!そして何年かかってでもいいから医学部に合格して、将来は国境なき医師団で働こうと思う。回り道しちゃってごめん!でも諦めたくないんだ。」
俺は言いたいことを矢継ぎ早に口に出した。
すると母がまず口を開き
「本気なの?バイトしながら受験勉強するなんて、あなたが考えてる以上に大変なことなのよ!それでもできるの?」と、強い口調で言われた。
「それでもやりたい!」
と俺が答えると
「分かった。頑張ってみなさい!お父さんいいわよね?」
と、言ってくれた。すると父も
「ああ。絶対に医者になるんだぞ!」
と、俺のことを応援してくれた。
まさかこうもあっさり認めてくれるとは思わず俺は拍子抜けした。
「ホントにいいの?」
「ええ。ユウジがまた医者を目指したいって言いそうなのは枇杷を食べたいって言ってきた時から分かってたの。おじいちゃんも枇杷好きだったものね。」
と、母が泣きながら言った。
(おじいちゃん、枇杷好きだったんだ…。)
ほとんど記憶にない情報を聞いて今更ビワコのことを口に出すことも出来ず、しんみりとした感じで
「そうだよね。好きだったもんね、枇杷…。」と、話を合わせた。
それからは予備校の残りの授業を受けながらバイトをするようになった。その年は勿論医学部を受験できるはずもなかった。次の年はバイトで予備校の費用と大学の学費を稼ぎながら寝る間も惜しんで独学で受験勉強を続けた。すでに大学に受かって東京に行ったヒロシからは、俺を心配するメールや電話をもらったが、むしろそれを励みにして頑張った。そして浪人生活三年目に両親が今までの俺の頑張りを見て、約束とは違うけど予備校の費用を出してもいいと言ってくれたので、バイトは続けたが遠慮なく甘えることにした。そして浪人生活三年目に何とか地元の国立大学の医学部に合格することが出来た。三年、いや高校時代を入れたら五年ぐらい遠回りしてしまったが、目標である国境なき医師団で働けるように今は必死で医者になることを目指して勉強している。それもこれもあの時ビワコが夢に現れてくれたおかげだ。ビワコに感謝しながら、これからも医者を目指して邁進していきたいと思う。
枇杷 無自信 @amirah
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます