第112話:我慢比べ対決 その1
――光の誕生日から一週間が経った8月15日。
その日、俺たちはいつものようにのんびりと過ごしていた。
「れーやくん! チューしよー!」
「光」
「ほら、いつもみたいにギューってして?」
「光」
「あっ、お姫様抱っこでもいいよ! いい子いい子って撫で撫でして!」
「光」
「何~?」
「俺ら、ちょっと慎みを持つべきだと思わない……?」
「つつ……しみ……?」
言葉の意味が理解できなかったのか、光がキョトンと首を傾げる。
「ほら、最近……ちょっと、スキンシップがいささか行き過ぎてるというか……」
「今は二人きりなんだから別にいいじゃん!」
「それはそうなんだけど……行き過ぎて人前でも何度かやらかしちゃってるし……。何より、光は来週からアメリカに行くよね? だから、今のうちにお互い我慢を覚えておくべきかなってのも……」
「が……まん……?」
衝撃が過ぎて脳機能に影響が出たのか、著しい言語能力の低下が見られる。
「うん、我慢」
無表情で呆けている光に、もう一度同じ言葉を告げる。
そりゃ俺だって光とならいくらでもイチャイチャしたい。
二人きりの時なら尚更だ。
でも、二人の時は何も気にせずいつも通りに過ごすと言っても限度がある。
先週みたいなことが続いて、自分が抑えられなくなるようなのはダメだ。
それでもしも本業の方に悪い影響が出るようなら、光のお母さんや日野さんたちが俺たちの関係を見る目も変わってしまうかもしれない。
最悪、無理やり別れさせられたり……なんてことも全くありえない話じゃない。
だから、ここは心を鬼にしてでも引き締めないと。
そう思って、今日は我慢を提案したわけだけど――
「……無理!!」
何の考える素振りも見せずに、光が迫真の表情で言い放った。
「いや、無理になってるのが問題だから我慢を覚えないといけないわけで……」
「無理無理無理!! 我慢なんて、むーーーーりーーーー!!」
ベッドの上でのたうち回りながら駄々を捏ねる光。
いつもならここで俺が折れてしまうところだけど、今日は違う。
「もちろん、俺だって光と同じくらいしたいと思ってる。でも、これは俺らがこの先もちゃんとやっていく為に大事なことだから」
「むぅ……」
普段よりも三割増しの真面目な口調で諭すように言うと、向こうも暴れるのをやめて一応は聞く態度を取ってくれる。
「それに全くしないって言ってるわけじゃないんだから。あくまで自制が出来るほどほどの範囲に留めるってだけで」
「ほどほどって……例えばどのくらい?」
「例えば……キスは朝昼晩で一回か二回ずつとか?」
「……無理!」
かなり光寄りに譲歩したつもりが、即断で拒絶されてしまう。
「無理って……じゃあ、そっちの希望は?」
「朝昼晩で各23回ずつ!」
その微妙に半端な数字がちゃんと妥協はしてるんだなとは思った。
「だから、それが多すぎるんだって」
「多くない~! そもそも、週末だけで毎日してるわけじゃないんだから~!」
「それはそうだけど……」
このまま話し続けても間違いなく埒が明かない。
ただ、このまま不健全に爛れた関係化していくのがよくないのは確かだ。
やっぱり、締めるところはきっちり締めないと。
でも、どうすれば説得できるんだろうかと考えていると――
「……わかった!! じゃあ、我慢する!!」
一転して、光が俺の要求を受け入れる言葉を口にした。
「えっ!? ほ、ほんとに……?」
「うん……! 黎也くんがそこまで言うなら……! キスは朝昼晩で一回ずつ……少ないけど、我慢する……!」
「ありがとう……っていうか、ごめん……。本当は俺がもっとしっかりしてればいいだけなんだけど……」
その心変わりに感謝すると共に、謝罪の言葉を告げる。
「んーん。実は私も最近、ちょっと黎也くんに甘えすぎだと思ってたし……」
今も大事だけど、二人の未来はもっと大事だと。
俺の苦悩を理解を示したように光も言ってくれる。
やっぱり、なんだかんだで最後には分かってくれるんだな……と思った直後――
――ヌギッ……!
そんな擬音が鳴ったかと思うくらい唐突且つ豪快に、光が羽織っていた薄手の上着を脱ぎ捨てた。
「えっ……? な、何してんの……?」
突如、丈の短い白キャミソール一枚になった彼女に困惑する。
「何って……ただ暑くなってきたから脱いだだけだけど?」
白々しく言う彼女の顔には、こう書いてあった。
『私は我慢するけど、そっちが我慢できなくなって迫ってきた場合は知らないから』
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