第113話:我慢比べ対決 その2

 試されている。


 俺の理性が、試されている。


 単純な露出度で言えば、前に見た水着の方が多いだろう。


 けど、水着には海で泳ぐためというエクスキューズが存在している。


 それを踏まえれば、水着にあるのは非日常のカラッとしたエロと言えるだろう。


 対して、今の格好はどうだろう……。


 白い素肌に溶け込むようなシンプルな純白のキャミソール。


 丈が短めで、少し身じろぎしただけでチラチラとお腹が見えている。


 まさに日常の中にある自然体のジメッとしたエロではないだろうか。


 そして、それは水着とは全く違う角度から俺の理性を抉り取りにきていた。


「あ、暑いならクーラーの温度を下げようか……?」


 そこに本心があるとは思えないが、一応解決策を提示すると――


「いい! 身体冷えるから!」


 案の定、即断で拒否されてしまった。


 やはり、俺の理性を刈り取ろうとしてるのは間違いないみたいだ。


「そ、そう……でも、暑くなったらいつでも言って……」


 でも、だからと言ってここで一度吐いた言葉は飲み込めない。


 これが俺に与えられた試練だというのなら乗り越えてみせよう。


 全ては二人の未来をより良いものとするために。


 こうして、俺と光の我慢比べ対決一本勝負が幕を開けた。


「んっ、ん~…………!」


 初手の脱衣から続けて、また光が攻撃をしかけてきた。


 ベッドに座ったまま、両腕を頭の上で組んでの伸び。


 丈の短いキャミソールでそうすれば、当然のように腹部が露出する。


 見事に引き締まった、どこに出しても恥ずかしくない理想のウエスト。


 俺がお腹フェチだというのは、既に光にはバレてしまっている。


 これは会心の一撃だろう……と、チラッと横目で確認してきた彼女に――


「……ふっ」


 俺は鼻で笑って、その攻撃を軽く受け流した。


 光は『まさか今の攻撃が通じてない!?』と慄いているが、驚くようなことじゃない。


 今日は予め海の時の写真を大量に見て、お腹に対する耐性を上げておいただけだ。


 俺が対策済みとも知らずに、光はまだお腹をチラチラと見せながら『ぐぬぬ……』と唸っている。


 まず事前のメタゲームにおいては俺の圧勝かと考えた直後……


 ――するっ……。


 悔しそうにすぼめられた光の肩から、キャミソールの肩紐が一瞬抜け落ちそうになる。


 彼女は反射的にそれを押さえて事なきを得たが、俺の脳内はある疑問で埋め尽くされた。


 えっ……? 下着は……?


 今抜け落ちそうになった紐の下には、そのまま素肌の肩があった。


 もしも下に下着のストラップを隠してるのなら、ズレた拍子に見えていたはずだ。


 でも、見えなかった。


 何度記憶の中で映像を再生しても、そこには素肌しかない。


 じゃあ、まさか……今の光はノーブ……。


 落ち着いていた心の中が、一気に邪念で染まっていく。


 だ、ダメだ……! 心を乱されるな……!


 必死に頭からそれを追い出そうとするが、視線はつい肩紐へと吸い込まれてしまう。


 きっと、肩紐のないタイプの下着を付けてるに違いない……!


 でも、それならさっき伸びをした時に腋の下から見えていたはずだ……。


 記憶を思い返してみても、腋の辺りにその痕跡はなかった。


 だとすると、やっぱり……ノーブ……。


 どれだけ考えても答えは最初に思い浮かんだ一点へと収束していく。


 向こうも俺の視線に気づいたのか、両手で肩紐を摘んで挑発してきている。


 知りたいなら教えてあげよっか……?


 まるでそんな心の声が伝わってくるような悪戯な表情を浮かべている。


 知りたい。正直、めちゃくちゃ知りたい。


 でも、自分から我慢すると言い出した手前では聞けるはずもない。


 更にそれが事実だった場合は、俺の理性は根こそぎ刈り取られてしまうだろう。


 ただ、その疑問は頭の中でジワジワと肥大化しつつある。


 このままじゃ抑えが効かなくなるのも時間の問題だ。


 かくなる上は……と椅子をグルっと180度回転させて、PCのモニタと向かい合う。


 そのままおもむろにブラウザを開き、キーボードでアドレスバーに文字を叩き込む。


『キャミソール 下着 どうしてる』


 ――ッターン!


 ……と最後にエンターキーを強く叩くと、検索エンジンがすぐに答えを教えてくれた。


『下着の肩紐が気にならないカップ付きのキャミソールがおすすめ!』


 なるほど……! そういうものがあったのか……!


 それなら光がこれだけ大胆な行動を取ったにも拘らず、余裕そうにしているのも納得だ……!


 頭の中にぷかぷかと浮かんでいた複数の疑念のピースがピタッとハマる。


 こうなればもう恐ろしいものは何も無い。


「さて……そろそろ、ゲームでもする? 前の続きでもいいけど」


 もう一度椅子を回転させて、光に向かって悠々と告げた。


 突如余裕を取り戻した俺に、光がむっと眉を顰める。


 偶然から生まれた強力な一撃を叩き込んだつもりだったみたいだけど、残念ながら俺もこれまでの俺とは一枚も二枚も違う。


 数々の経験を積んで、こと防御力に関しては飛躍的な成長を遂げている。


 DeterminationとGraceを両方焚いたChampionみたいなものだ。


 そんな風に水面下で激しい戦いを繰り広げていると――


「その前に……ちょっと洗面所借りてもいい……?」

「え? あ、ああ……もちろんいいけど……」


 光がスッと立ち上がり、間仕切りを開けて洗面所の方へと歩いていった。


 一旦、仕切り直しか……。


 でも、今の光にさっきのより高い攻撃力の手札は残されていないはず。


 今日は流石に俺がこのまま我慢しきって勝たせてもらう。


 そんな慢心をしていた俺は、直後に彼女の攻撃力の高さを改めて思い知ることになる。


 十分後、戻って来た光は何故かバニーガールの格好をしていた。

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