第108話:大人の誕生日 その5
「光」
「なぁにぃ~……?」
「酔ってる?」
「ん~……? 酔ってるわけないでしょぉ~……お酒飲んでないのにぃ~……」
全く呂律の回ってない口調で答えてくれる。
確かにシチューにもホタテにも酒は使った。
でもそれは高校生が買っても問題のない飲料用ではない調理用の酒で、しっかり熱してアルコールも完全に飛んでいるはず。
残っていたとしても極微量で、風味を感じる程度。
酔ったりなんてするわけがないはずなんだだけど……。
「これ、何本に見える?」
光の眼の前で、指を三本立てて見せると――
「ん~……れ~やくんのゆび~……!」
キャッキャと子供のように笑いながら、そう答えられた。
完ッ全に酔ってる。
泥酔と言ってもいいくらいに酔っ払ってる。
まさか無敵の光属性主人公、朝日光の弱点がアルコールだったなんて……。
そんな新たな攻略情報を得ながらも、一体どうしたもんかと頭を抱えていると――
「ん~……やっぱり、これすっごくおいし~……あむあむ……」
そのまったりした口調とは裏腹に、光が猛烈な勢いでシチューを食べ始めた。
「ちょ、ちょっと待った……! 一旦、ストップ……!」
その細腕を掴んで、食事の手を強制的に止める。
「なぁに~……? なんでとめるの~……?」
「いや、多分これに入ってる赤ワインのせいみたいだから……これはやめて他の――」
「やだ」
「や、やだじゃなくて……」
「せっかくれーやくんが作ってくれたんだからぜんぶ食べる……!」
「その気持ちは本当にありがたいんだけど……こうなると流石に……」
「しょもそもわらひはじぇんじぇん酔ってなんかなひんらけりょ……!」
もう呂律が回ってなさすぎて、何を言ってるのかもさっぱり分からない。
これ以上、酔いを深くさせるのは流石にまずい。
そもそも立場的には、向こうの家族から大事な娘を預かっている身。
不可避の事故だったとはいえ、酔っ払わせてしまったなんて大問題だ。
「ほ、他の料理も美味しく出来てると思うからそっちで我慢し――」
ここは心を鬼にして、原因となっている料理を取り上げようとするが――
「すきあり~! あむあむ……」
「あっ!」
一瞬の隙を突いて器を奪われ、瞬く間に平らげられてしまった。
「あ、あああぁぁ……」
「ん~……やっぱり、おいひ~……! おかわり~……!」
器を掲げながら上機嫌そうにケラケラと笑っている光。
将来、成人しても絶対に酒だけは飲ませてはいけないと早くも確信してしまった。
「もう今ので終わり。おかわりはないから」
「え~……もっと食べたいのに~……」
今度は子供のようにジタバタとその場で軽く地団駄を踏み始める。
「また作ってあげるから……それよりも今は水飲んで……」
とりあえず、少し酔いを覚まして自我を取り戻させよう。
そうすれば恥ずかしくなって多少は大人しくなるはずだ、とコップを差し出すが――
「やぁだぁ~……水きらい~……甘いのがいい~……」
「今は水。そしたら後で好きなものを好きなだけ飲んでいいから……」
流石に少ししんどくなってきたが、放っておくわけにもいかないので根気よく接する。
「じゃあ、れーやくんがひとつお願い聞いてくれたらのむ……」
「お願い……? それを聞いたら本当に俺の言うことも聞いてくれる……?」
俺の言葉に、光は若干白々しく首を大きく縦に振り――
「だっこ」
両手を前に突き出して、最もプリミティブで最もフェティッシュな要求をしてきた。
通常モードでも受け入れないと不機嫌になるやつで、今の酔っ払い状態なら尚更だろう。
はぁ……っと大きくため息を吐き出す。
ポンポンと膝を叩いて了承の合図を送ると、飛び乗るように身体を預けてきた。
横向きに乗ってきた彼女の背中側を腕で支えて、座ったままでお姫様抱っこしているような体勢になる。
「え~……では、続きまして~……」
「ちょ、ちょっと……一つって言わなかった……?」
「何……? きょうはわたしの誕生日なんだけど……?」
支離滅裂すぎる。
「……はい、じゃあ次は?」
でも、酔っぱらいにそれを指摘するのはマルザ相手にクレンズを持つくらい無意味だ。
普通なら大学生か社会人で学ぶはずだった処世術を、高校生にして既に身を以て理解させられてしまっていた。
「チューしなさい」
「……それで本当に終わり?」
また白々しく首が大きく縦に振られる。
これは最低でも五回は覚悟しておくか……と、首を傾けて唇を軽く重ねた。
唇の柔らかい感触と共に、微かにビーフシチューの風味がする。
でも、赤ワインの存在は影も形も感じられない。
どうして、これでここまで酔えるんだろうか……。
そんな疑念を抱きながら顔を離して
「どう? 満足した?」
今のお気持ちを尋ねてみるが――
「ぜんぜんだめ」
言葉通りの不満顔で、普段ならありえない厳しいダメ出しを頂いた。
「まだ何回かしろってこと?」
回数の問題かと思って尋ねるが、今度は大袈裟に首をブンブンと左右に振られる。
「ねぇ……黎也くん……」
「な、何……?」
半分閉じたように据わった目でジッと見つめられて、思わずたじろいでしまう。
「私、今日誕生日なんだよ……? 分かってる……?」
「もちろん知ってるっていうか……それをさっきまで祝ってたんだけど……」
「じゃあ、何をすればいいかも……もちろん分かるよね……?」
更に目を細めて、普段とは違う蠱惑的な雰囲気を醸しながら聞かれる。
どうやら光にはまだ満足していない何かがあるらしい。
あるらしい……が、キスでダメならそれが何なのかはさっぱり分からない。
「一緒にケーキを食べながらゲームする……?」
「全然ちが~う……」
「なら、本当に分からないんだけど……」
「じゃあ、ヒント……私は黎也くんよりも先に一つ歳を重ねて大人なりました……」
「なるほど……じゃあ、Z指定のゲームでもする……? 首が飛んで血が吹き出したりするやつ……」
「ち~が~う~……」
俺の小ボケに、光が今日一番の不満を露わに首を振る。
「本当に全く分からないから、もう答えを言って欲しいんだけど……」
流石にこの体勢でいるのも、酔っ払いの相手をするのも疲れてきた。
そう思って答えを要求すると、光は俺の目を見据えたまま、ゆっくりと口を開き――
「大人のチューをしろ」
迫真の口調でそう告げてきた。
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