第101話:するorしない その2
月明かりを受けて、最薄コンドームのパッケージが輝いている。
まだ気づかれていないかもしれない……と祈るが、光は足元の小さな袋を凝視していた。
彼女は数秒ほどそれを見つめると、顔を上げて今度は俺の目を見てくる。
そこに何の感情が思考が浮かんでいるのか、俺には読み取れない。
ただ俺は真顔でそんな彼女の目を見つめ返しながら、腰を落としてそれを拾い上げた。
「さて、じゃあ戻ろうか」
そして、何事もなかったかのように紳士的に振る舞ってみせるが……
「今の……あれ、だよね?」
光が、手のひらに握り込んだそれを見ながらボソっと呟いた。
「い、今のって……? あ、あれって何のこと……?」
「今、黎也くんのポケットから落ちたやつ……」
「え? あ、ああ……それね! あれだよあれ! 衛生用品っていうか……持ってて便利なウェットティッシュみたいなもんだ――」
もしかしたら光は知らない可能性もあるんじゃないか、とすっとぼけて見せるが――
「男の人が付けるやつ……だよね? その、する時に……」
少し恥ずかしそうに頬を染めながら大正解の言葉が紡がれた。
バレてる。完全にバレてる。
今のが何で、俺がナニを期待してそれを持っていたのかまで全部バレた。
しかし、ここで単純に『はい、そうです』とは答えられない。
二人で初めての外泊旅行。
そこにこんなものを持ってきた下心丸出し野郎だと思われて幻滅されたくない。
「あ、あー……なんか、修に無理やり渡されて……ポケットに入れっぱなしになってたの忘れてただけだから……気にしないでっていうか、ほんとになんでもないから――」
「そうなんだ……黎也くんのじゃないんだ……」
「お、俺のじゃない俺のじゃない! 俺らには必要ないし! 俺は要らないって断ったから!」
「うん……私、それ……要らないから……」
光が表情を変えないまま、俺が手にしているブツを指さして言う。
「そ、そうだよね! 要らないよね! こんなもの……お、俺たちにはまだ早い――
「そうじゃなくて……私、ピル飲んでるから……それ無くても大丈夫ってこと……」
多分、俺が人生で最も衝撃的な言葉が告げられた。
「…………えっ? ぴ、ぴる……?」
聞いたことはあるけど詳しくは知らないものNo.1に、脳がビジー状態になる。
「さ、サイレント・ピル……?」
とりあえず言ってみたけど、最近リメイクされた名作ホラーゲームのことではなさそうだ。
「んっと……低用量ピルってやつ……。その、女性ホルモンを調整する薬なんだけど……大会とかでパフォーマンスを安定させられるようにスポーツ選手は飲んでる人が結構多くて……私も結構前から服用してる感じ……」
「へ、へぇ~……」
かなり気恥ずかしそうにしながら説明する光に、相槌を打って答える。
この世に、俺にとって数学よりも未知の領域が存在していたらしい。
へぇ~……と答えたけれど、頭の中は新作バトロワが発売されたのかと思うくらいにハチャメチャになっている。
「そ、それって……身体には影響のないもんなの……?」
「ん~……合う合わないはある薬で、人によっては頭痛がしたり、血栓が出来たりするらしいけど私は全然大丈夫な方かな。副作用もほとんどないし……」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ……そりゃ良かった……」
な、なんでこんな生々しい話に発展してるんだ……。
いや、でも将来的には光の体調管理もある程度は考えないといけない身だ。
これも大事な話として、真剣に耳を傾けないといけないのかもしれない……。
「ご、ごめん……いきなり、変な話して……ちょっとデリカシーなかったかも……。さっきまで盛り上がりすぎて、頭がぼーっとなっちゃってるから……」
「い、いや……多分、俺も知っておいた方が良かったと思う……光の身体にも関わる大事なことだし……」
とは答えたものの、やっぱり俺には少しばかり刺激的すぎた。
「……でも、これが要らないってどういうこと……?」
けど、やっぱり気になって聞いてしまう。
「ん……主な用途はさっきも言った通りなんだけど……その……それ以外にも、すごく高い避妊効果もあるんだって……それ、よりも……」
顔を真赤にして俺から目線を逸らし、指先だけは俺の手元を示しながら光が言う。
「そ、そうなんだ……」
「うん……そうなの……」
「し、知らなかったなぁ……」
「私も……一応、知ってただけだから……一応……」
また、互いに手を繋いだまま黙り込んでしまう。
気まずいのか、それともまた別の感情なのか。
どちらにせよ、ここから何を話せばいいのか全く分からない。
繋いだ手からはジワッと汗が滲み出している感覚と光の熱い体温が伝わってくる。
「それで……どうするの?」
しばし無言が続いた後、不意に光が俺の手を少し引きながら小さな声で尋ねてきた。
「え? ど、どうするって……?」
てっきり、そろそろ皆のところに戻るかそういう話かと思った俺に――
「えっち……する?」
光が顔を赤らめながら、耳がかろうじて音を捉えられる程の声で尋ねてくる。
その過去最大級の光属性究極破壊魔法に、全身を血流が凄まじい勢いで駆け巡った。
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