第73話:変則ダブルデート その7
二人と目が合い、身体と思考が硬直する。
見られた。
夏祭りの時に続いて、またキスしているところを見られた。
しかも、今度は大樹さんにも。
気まずさやら罪悪感やら色々な感情が脳裏で交錯する。
二人の方も、まるで本物のお化けを見てしまったかのような衝撃に固まっている。
俺が今やるべきは当然、すぐに光を引き離して弁解の言葉を述べることのはずだ。
そのはずなんだけど――
「ん……っちゅ……黎也くん、好きぃ……」
光が俺の唇をついばみ続けている。
二人に見られていることにも、明かりに照らされていることにも気づいていない。
手を俺の背中側に回して抱きつき、声を甘く蕩けさせている。
そんな彼女を見ていると、ある種の現実逃避なのか何故か『別に止めなくてもいいのかな』という気分になってきた。
「……れ、黎也くん?」
そんな異様な状況の中で、口火を切ったのは衣千流さんだった。
もしかしたら前のように見てみぬふりをしてもらえるんじゃないか、という期待は砕け散った。
「え? な、なにしてるの……?」
「え、えーっと……それは……」
どうしてここにいるのか、なんでこんなところでキスしているのか。
二つの意味が込められた疑問の言葉に狼狽える。
「黎也くん……やっぱり、もう一回……もう一回だけしよ……?」
「いや、光……今それどころじゃないかも……」
甘えるように泣きの一回を求めてきた光に、落ち着いて対処する。
「んぅ……? なにがぁ……?」
まだ夢見心地の彼女に、首をクイクイっと動かして二人の方を指し示す。
光が『ん~……?』と、ゆったりした動作で振り向く。
「あ゛っ……」
光の口から初めて聞くような濁った音が出る。
蕩けきっていた表情が、一瞬にして真顔に変化していく。
流石の光でも、この状況はやらかしてしまったと思ったようだ。
二人で顔を見合わせて、無言の意思疎通を図る。
従姉弟のデートを監視してた挙げ句、のぼせ上がってお化け屋敷でキスしているところを見られた。
一体、どんな言い訳が通じるだろうか……。
「「ごめんなさい……」」
結局、諸々の全てに対して二人で謝罪の言葉を紡ぐことしかできなかった。
――――――
――――
――
「ほんっ……とに、ごめんなさい!!」
お化け屋敷を出て第一声、光の謝罪の言葉が周辺に響いた。
「私、お兄ちゃんのことがどうしても心配で心配で……」
「そう! 大樹さんが心配で見に来ただけで、それ以上の他意は無いから!」
二人並んで、両手のひらを合わせて謝罪の意を示す。
「そ、そこまで謝らなくても……私は全然気にしてないし、お兄さんが心配な気持ちはよく分かるから」
「でも、せっかく二人で楽しんでたのに……私のせいで台無しに……」
「大丈夫。台無しになんてなってないし、気にもしてないから頭上げて? ね?」
下げた頭の上から優しい赦しの言葉がかけられる。
普通ならデート中に後をつけられてたと知れば、誰だって良い気はしないだろうに。
その懐の広さに、内心で感謝しながら頭を上げようとするが――
「でも、黎也くんは別ね」
続けて発された言葉で、俺の頭だけが押さえつけられた。
「え゛っ? な、なんで俺だけ……?」
「光ちゃんは大樹くんが心配だったからってのは分かるけど、黎也くんは違うでしょ?」
「い、いや……俺も普通に大樹さんが心配だっただけで……」
「ほんとにそれだけ……?」
じぃ……っと怪訝な目で見られる。
「……ごめん。衣千流さんが心配で、余計なお節介を焼いてたかも」
「素直でよろしい」
俺が素直に白状すると、衣千流さんは満足げにそう言った。
反論したいことがなかったわけではないけれど、言い争いたいわけではないのでグっと堪えた。
「それともう一つ」
少し気落ちしていると、眼前で衣千流さんが指を一本立てる。
「な、何……?」
「いくら恋人同士とはいえ、時と場所は弁えるように!」
もう一つのやらかしについては、しっかりと怒られた。
いや、あれは俺じゃなくて光が……と言い訳しようとしたが、「それでも彼氏なんだから黎也くんがちゃんとしないとダメ!」と言われたら反論の言葉もなかった。
その後、2+2の変則的な形だったWデートは合流して、四人の正式な形で引き続き遊園地を巡ることになった。
もしバレたら帰るつもりだったけれど、『黎也! 頼むから居てくれ! 一人じゃ無理だ!』と懇願するような視線を向けてきた大樹さんを流石に放ってはおけない。
そうして、それから夕方になるまで四人で遊園地を満喫した。
当初の予定とは少々趣旨はズレてしまったけれど……まあ、楽しかったと思う。
大樹さんは俺達と一緒の方が気楽で居られたのか、最後は衣千流さんとも自然に話せるようになっていた。
ただ、次はいつになるかも分からないせっかくの機会。
もう少し二人に男女を意識させるようなイベントが起こって欲しかったな……と思っていると――
「あっ! 私、最後にあれ乗りたい!」
そろそろ帰ろうかという際で、光が観覧車を指さして言った。
「観覧車?」
「はい! やっぱり、遊園地と言えば最後は観覧車じゃないですか?」
締めのラーメンを頼むような口ぶりで光が衣千流さんに言う。
「確かに今日はずっと怖いやつばっかりだったし、最後は観覧車でゆっくりするのは良さそうね。ちょうど、一つのゴンドラで四人まで乗れるみたいだし」
「それなんですけど……せっかくなんで私、黎也くんと二人で乗ってもいいですか?」
「あっ、そうだよね。ごめんなさい。私、気が利かなくって」
「いえ、私こそわがままみたいになってすみません……」
恋人同士と二人だけで乗りたい。
そんな光の真っ直ぐな要求を、衣千流さんは当然受け入れる。
一方の俺は、まさかまた二人きりの状況で何か要求してくるつもりなのかと少し身構えたが、すぐにそれは違うと気づいた。
「じゃあ、大樹くん。私たちは下で座って待ってよっか」
「あ、ああ……はい、そうっす――」
会話の流れに従おうとした大樹さんを、光が鋭い眼光で睨みつけた。
『せっかくお膳立てしてあげたんだから誘え!!』
怖いくらいの無言の圧が、俺の肌すらもピリピリと震わせる。
そう、光は恋人として当然の要求を通すことで最後の最後に、衣千流さんと大樹さんが自然な流れで二人きりになれる状況を作り出したんだ。
自らの失態は自らの力で取り戻す。
そんな強い意思をひしひしと感じる。
「せ、せっかくなんで……俺らも乗りませんか? 座って休憩なら中でも出来ますし……」
妹の傀儡となった大樹さんが衣千流さんを誘う。
「大樹くんが乗りたいなら私は構わないけど……」
そうなると当然、断られる流れにはならずに事は光の意図通りに進む。
「そうと決まったら並ばないと! ほら、お兄ちゃん! 早く早く!」
「お、おう……」
光が大樹さんの背中を押して、列の最後尾へと運んでいく。
これでお膳立ては完了し、後は大樹さん次第。
果たしてどうなるだろうかと考えながら二人の後を追おうとするが――
「ね、ねぇ……黎也くん……」
後ろから衣千流さんが引き止めるように声をかけてきた。
「ん? 何かあった?」
「その……二人がいない内に黎也くんに少し聞きたいことがあるんだけど……」
「聞きたいこと? 何?」
食器を壊してしまったのを言い出しづらそうにしている時のように、もじもじとバツが悪そうにしている衣千流さん。
二人がいないと聞けないことって一体何だろうと訝しみながら聞き返すと……
「その……き、キスって……どんな感じなの……?」
目線を逸らしながら頬を朱色に染めて、おずおずと尋ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます