第72話:変則ダブルデート その6
「いや、それはダメでしょ」
「……なんで?」
俺のマジレスに、光がムっと眉間にシワを寄せる。
「なんでって、流石に公の場所はそこまでするのはダメでしょ」
「大丈夫。前後のグループとは間隔も十分空いてるし、それにこの暗さなら絶対に見えないから!」
根拠のない絶対的な自信と共に、『ふんすっ!』と息を吐きだしている。
「いやいや、見えるとか見えないとかの問題じゃないから……」
「でも、してくれないと呪いで動けないんだよ……?」
「さっきから動きまくってる気がするけど」
「あ、足! 足だけが動かない呪いなの!」
暗闇の中で、ジッと瞳が見据えられる。
ただ、どれだけ頼まれようとこんなところでキスは流石に出来ない。
それに、おねだりすればいつでも何でも言うことを聞いてくれる都合の良い彼氏になりつつないかと若干の危惧も覚えている。
「足……ねぇ……」
「そう! 足だけが動かな……わっ! わわっ!」
会話の途中で軽く手を引っ張ってみると、その場でたたらを踏んだ。
「……今、動かなかった?」
「きゅ、急に引っ張られたらそれは……じゃなくて、動いてない!! 動けないもん!!」
今度は引っ張られても大丈夫なように、少し重心の位置を落としながら光が言う。
チューしたいチューしたいチューしたいチューしたい。
捨てられた子猫のように潤んだ瞳で、無言の圧をかけてくる。
「別に、いつでも出来るんだからわざわざ今しなくても……」
「でも、この間の土曜日と日曜日は出来なかったじゃん……」
「この前の土曜と日曜……ああ……確かに……」
数日前のことを思い出しながら答える。
二人で一緒に頭がおかしくなって、水着で過ごしたあの一日。
風呂から出てからは微妙に気まずくて、その後はあんまり普段通りに過ごせなかった。
当然、帰り際のキスも無かったので夏祭りの日から一度もしていないことになる。
「今日出来なきゃ、次はいつ出来るか分かんないし」
尚もムッと不貞腐れた表情で光が言う。
お化け屋敷の外に出れば尚更出来なくなるし、明日は練習がある光は現地解散。
確かに今日はもうするタイミングはないかもしれない。
「別に週末まで待てば……あっ、それも無理なのか……」
だったら週末まで待てば……と思ったが、それも難しいことを思い出した。
今週末は、終業式に桜宮さんから誘われたリゾートでの一泊二日が待っている。
聞いたところによると俺たち以外にも同級生が十人程いるらしい。
つまり、二人きりで過ごせる時間はかなり制限される。
昼間に同級生の前で過度のスキンシップをするのもあれだし、オープニングイベントとはいえ他のお客さんも大勢いるだろう。
そうなると確かに、今の機会を逃せばしばらく出来なくなる気がしてきた。
「二週間もチュー出来ないなんて私、死んじゃうかも」
「流石に言い過ぎでしょ……」
大げさすぎる言動に呆れる。
そもそも、呪いの設定はどこにいったんだ。
「でも、練習には影響出るかも……」
「それを人質に取るのはずるくない?」
「だって、ほんとのことだもん」
これで優位を取ったと思っているのか、光の口角が僅かに吊り上がる。
光は練習の効率も試合でのパフォーマンスも、その時の気分に大きく影響を受ける選手だとお母さんが言っていた。
根っからのキス魔である性質も合わせて考えれば、ただの脅し文句だと簡単には切り捨てられない。
「チューしたい~……一回でいいから~……」
もはや自らの欲求を一切隠すことなく、率直に告げられる。
そんな彼女に対して、俺は――
「分かった。一回だけなら……」
やっぱり、折れることしかできなかった。
「ほんとに!?」
「ただし、応じる代わりにしばらくはワガママを言わないって約束してくれるなら」
「言わない! 絶対に言わない!」
「じゃあ……ほんとに一回だけ……」
次は次で、またゴネればいい。
そんなことを考えてそうな軽薄な感じで、絶対の約束が交わされた。
契約を履行するために、光が背伸びして顔の高さを合わせてくる。
「……んっ」
目を瞑った彼女の肩に手を置いて、そっと唇同士を触れ合わせる。
暗いだけで、いつ誰に見られてもおかしくない場所でのキス。
なんならバレたら怒られるかもしれない。
それなのに、背徳感の混じった久しぶりのそれは俺にとっても刺激的すぎた。
ほんの少し触れるだけのつもりが、つい強く押し付けてしまう。
しかし、そんな微睡みのような心地よさに浸りすぎてしまっていたせいで、続いて起こった
「あれ~? こっちじゃないのかな~?」
「そっちは来た道じゃないっすか? ほら、手術室って書いて――」
「え? じゃあ、さっきの分かれ道で――」
俺たちの顔が懐中電灯で照らされた直後に、聞こえてきた二人分の会話が止まった。
光と唇を重ねたまま、目線だけを動かした光源の方向を見る。
衣千流さんと大樹さんの二人が、見てはいけないものを見てしまった顔で立ち尽くしていた。
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