第71話:変則ダブルデート その5
「う~……怖いよぉ~……黎也く~ん……」
もう一度、光が声を(わざとらしく)震わせながらギュっと身体を抱きしめてきた。
真っ暗闇の中ではあるが、この距離なら流石に顔がよく見える。
瞳を潤まそうと頑張っているが、全く涙は浮かんでいない。
なんなら口角は少しつり上がっていて、ニヤけを全く隠しきれてもいない。
「え、えーっと……」
隣でズタ袋がビタンビタンと痙攣し続けている中で、かける言葉を探す。
「怖いなら途中でリタイアできるらしいけど……」
このお化け屋敷では、怖すぎて先に進めなくなった人のために各区画ごとにリタイア用の出口が設けられていると事前に説明されている。
なので、99.99%は演技だと思いながらも一応尋ねてみるが――
「やだ! それはしない!」
0.01秒の間も開けずに即答された。
「なら、大丈夫ってこと……?」
「ううん! すっごい怖くて怖くて仕方ないけど、黎也くんの腕にギュ~……ってしがみついてたら大丈夫ってこと!!」
真っ暗な屋内が、一瞬明るくなったと錯覚してしまう程にハキハキと明るい声で言われる。
「……だったら早く行かないと。後ろのグループに追いつかれるから」
「うん!」
観念して腕を生贄に差し出すと、宣言通りにギュ~っと抱きしめられた。
プランZ……もしや、最初からこれが目的だったんじゃ……。
と、そんな疑念を頭に浮かべつつも再び歩き出した。
ズタ袋がビタンビタンしている検体保管室を抜け、再び廊下へと出る。
「暗くて怖いよー」
「足元に気をつけて歩けば大丈夫だから」
隣であまりにも下手な演技を継続してる光をなだめながら、先の順路を見据える。
20mくらいはありそうな長い一直線の廊下。
何もないわけがない。
絶対どこかに驚かせる仕掛けが仕込まれているだろう。
もし、これがゲームで自分がデザイナーならどう恐怖を配置するか……。
これ見よがしに並んでいる倒れたロッカーの中か?
あるいは、それを左側にある露骨に壊れそうな扉からか?
謎解きをするような気分で、一歩一歩を廊下を先へと進んでいく。
そうして、ちょうど中頃まで進んだところで右手側の窓に痕が残っているのに気がついた。
なるほど……と思った次の瞬間――
――バタバタバタ!!
窓枠の下から伸びてきた数多の手が窓ガラスを叩き始めた。
「うおっ……」
と、少し驚くが多分これが本命じゃない。
俺なら右に意識を集中させたところで、今度は左後ろから――
「あ゛あ゛あ゛ああアアアアアッッ!!」
予想通り、露骨に壊れそうな扉をゾンビ(に扮したアクター)が突き破ってきた。
「ほら、光! 走って逃げ――」
その迫真の演技に敬意を払って、俺も全力で乗っかろうとするが……
「ん~……怖くて動けないから抱っこして?」
この切迫した状況に不釣り合いな甘い声を出しながら、光が両手を突き出してくる。
「だ、抱っこって……」
「ん~……抱っこ~……」
ドナドナと運ばれていく仔牛のような眼差しで懇願される。
「あ゛あ゛ああアアアッッ!!」
その間にもゾンビは俺達に迫ってきていた。
「あ、後でするから……ほら、今は急いで逃げないと」
「今じゃないとやだ」
完全に駄々っ子モードに入ってしまっている。
こうなるとテコでもゾンビでも動かないのは、誰よりも俺がよく知っていた。
「あ゛あ゛ああぁぁ……あぁ……」
立ち止まる俺たちにゾンビも追いつくわけにはいかず、残り5m付近で一気にペースダウンする。
「あー……あ、あぁ?」
演技を維持しながらも、『どうかしましたか?』と様子を伺われる。
『なんでもないんで続けてください』
そうアイコンタクトを送ると、困ったようにその場で足踏みをし始めた。
一方の光は一切諦める気がないらしく、まだ両手を突き出している。
『初対面の他所の子は抱っこしたのに、私はしてくれないんだ』
そんな無言の圧力がゾンビよりも遥かに怖い。
「じゃあ、そこの角まで頑張るからそれで勘弁して……」
「お姫様抱っこね」
「……はい」
最初の小さな要求を通した瞬間に、すかさず次の大きな要求を通される。
まさにドア・イン・ザ・フェイス・テクニック2.0。
もし、営業職の道に進んでても天下を取ってたんだろうなぁ……。
そんなことを考えながら片膝立ちの体勢になる。
「しっかり掴んでてよ。じゃないと落とすかもしれないから」
「も~……黎也くんがそこまで言うなら仕方ないなぁ~……」
大義名分を得たとばかりに、両腕を首に回してギュっと抱きつかれる。
立てた片膝に光がしっかり乗ったことを確認し、今度は膝裏に腕を通す。
その間にも、背後ではゾンビが世界観を壊さないように『あぁ……あ゛ぁ……』と適度なうめき声を上げ続けてくれていた。
「じゃあ、持ち上げる……よっ!」
両足に全霊の力を込めて、一直線に無駄なく立ち上がる。
で、出来た……これがお姫様抱っこ……!
愛の力か、それとも火事場の馬鹿力か。
自分の力で恋人を持ち上げられたことに気分は高揚するが――
お、重たい……。
この時点で既に、両腕と両膝が悲鳴を上げてしまっている。
しかし当然、そんな言葉は死んでも口に出せない。
そもそも光の体重が重たいわけではなく、俺が非力すぎるだけだ。
まず、この体勢に出来ただけでも褒めて欲しい。
とはいえ、正直言ってここからは一歩も進むことができない。
下手に無理をして、もし落として怪我でもさせたら一大事だ。
今回は持ち上げただけで勘弁してくださいと許しを乞おうとした瞬間だった。
……ん? 何か軽くなった……?
全身にかかっていた凄まじい負荷が、不意に一段階ほど軽くなる。
一体何が起こったんだと不思議に思って振り返ると――
「う゛ぅ……あ゛ぁ……」
ゾンビが後ろから俺の身体を支えてくれていた。
何が何でも世界観は崩さないと、その口からは依然としてうめき声以外は出ていない。
けれど俺には、『振り返るな……行け!』という声が確かに聞こえた。
物理的にも精神的にも力強い後押しを受けながら、廊下の端へと一歩ずつ進む。
光は口では『怖い怖い』と言いながらも、嬉しそうに身体を揺らしていた。
そうして、何とか廊下の端まで彼女を運び切る。
「あ~あ……終わっちゃったぁ……」
ぜぇぜぇと息を切らせている俺の横で、光が心底残念そうに言う。
「か、角を曲がって……早く逃げないと……」
ここまで付き合ってくれたゾンビに敬意を表して、俺も世界観を守り切る。
追いつかれる寸前に、なんとか角を曲がることに成功した俺たち。
対してゾンビはその勢いのままに、廊下の正面にあった扉を突き破っていった。
そのプロ根性に敬意を表しながら後ろ姿を見送る。
「ほんとに怖かったね~。じゃ、次行こっか」
俺とゾンビの間に生まれていた謎の連帯感を知る由もない光が、ケロっとした表情で手を差し出してきた。
それを握り返して、再び順路を先へと行く。
その後も光は何度も(わざとらしく)怖がり、その度に様々な要求を突きつけてきた。
「優しくなでなでしてくれたら怖くなくなるかも……」
「正面からギュって10秒ハグしてくれたら足の震えが止まるかも……」
「怖くて疲れたからおんぶして~……」
もはや別のアトラクションと化した迷宮を進み続けること二十分――
十箇所目のチェックポイントを越えて、おんぶしていた光を下ろす。
今の手術室はアクターも複数いて、演出もかなり凝っていた。
長かったこのお化け屋敷も、いよいよ終わりに近づいているのを感じる。
さっさと外に出て、光の駄々っ子モードを終わらせないとそろそろ身が持たない。
そう考えて、彼女の手を引いて進もうとするが――
「ん……?」
光が立ち止まったまま、ジっと俺の顔を見ている。
「どうしたの? ほら、早く行かないと」
そう言って、再び手を引くが彼女はその場に釘付けになったように動かない。
なんなら俺が手を引くのに抵抗するように、足を踏ん張っているようにも見える。
「……動けなくなっちゃった?」
「怖くて? それとも疲れて?」
「ううん、これは多分あれ……呪い! 動けなくなる呪い!」
「の、呪い……?」
「うん……多分、ここは本物呪われた病院だったんだと思う……! そんなところで楽しく遊んでたせいで、恨みつらみを募らせた怨霊に呪われちゃった……!」
唐突に生えてきた謎の設定を迫真の口調で語る彼女に困惑する。
「……で、俺は何をすればいいわけ?」
「そりゃあ……古今東西、呪いを解く方法と言えば一つでしょ!」
「ディスペル・マジック? 1d20で解呪判定?」
「ちが~う!」
俺のボケに光が不満そうに頬を膨らませる。
「じゃあ、何をすれば?」
「……んっ!」
動けないはずの身体を前のめりにし、無言で唇が突き出される。
「……つまり、どういうこと?」
「だからぁ……呪いを解くと言えば、王子様のキス以外に無いでしょ……?」
察しが悪いなぁ……と目を細める光に、俺は心の中で『そんなメルヘンな世界観じゃないだろ』とツッコむことしかできなかった。
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