第70話:変則ダブルデート その4

 プランZを遂行するために、大樹さんたちはお化け屋敷へと向かった。


 俺たち後衛二人も引き続きバレないように後を追い――


『戦慄の迷宮 ~慄哀総合病院~』


 おどろおどろしい文字で、そう書かれた建物の前へとたどり着いた。


「なんか……思ったより本格的だね……」

「うん、本物の廃病院かと思った……」


 見上げる建物はアトラクション案内の看板が無ければ、本物の呪われた廃病院と見紛う程の不気味さを感じさせる。


 その中身は病院をテーマにしたウォークスルータイプのお化け屋敷で、総歩行距離は1km近くもあるらしい。


 目玉アトラクションの一つとして売り出しているだけあって、恐怖・絶叫レベルはジェットコースターと同じく最大値に設定されている。


「大丈夫かな……大樹さん……」

「う~ん……大丈夫でしょ! 多分!」


 底抜けに明るい声で光が言い切る。


 今日だけは、この究極的な前向き思考が不安に思えて仕方ない。


 入場していく二人の背中を見送りながら、そう思っていると――


「じゃ、私たちも行こっか!」


 光が俺の手を引っ張って、二人のお化け屋敷の方へと歩き出す。


「えっ!? お、俺らも行くの?」

「もちろん、じゃないと様子が見れないし……それに、せっかく遊園地に来たんだからちょっとくらいはアトラクションを楽しみたくない?」

「まあ、それはそうだけど……」

「あっ、もしかして……お化け屋敷が怖いとか?」


 マスクの下で、ニィっと口角を吊り上げて顔を覗き込まれる。


「いや、別に怖くはないけど……」

「ほんとにぃ……?」

「本当本当。ホラゲーも話題になってのは大体やってるし」

「なーんだ……黎也くんが怖がるところ見たかったのに……」


 俺の言葉が強がりではないと判断したのか、光が露骨に残念がる。


「そういう光は? 怖いの平気なの?」

「私も全然へい…………ううん! 実はすっごい怖い!!」


 途中まで言いかけた言葉を飲み込んで、急に大げさに怖がりだす光。


「そ、そうなんだ……」

「うん! もう怖くて怖くて、今から手も足もガクガク震えちゃってる!」


 言葉とは裏腹に、早く行きたくて仕方がないとグイグイと引っ張られている。


 その力強さと来たら、どう考えても怖くて手足が震えてる人間のそれじゃない。


「そんなに怖いなら止めとく? これ、めちゃくちゃ怖いみたいだし……」

「ううん! 行く! 確かにすっごく怖いけど……私には二人を見届ける義務があるから! 本当に本当に怖いけど! あー……怖い怖い、怖いなー……」


 凄まじく白々しい口調の光に連れられ、二人に続いて建物の中へと入っていく。


 目玉アトラクションだけあって、凝っているのは外見だけではなかった。


 中もまるで本物の廃病院のように作られていて、夏の昼間だと言うのに雰囲気だけで妙な肌寒さを感じる。


 入場して最初に、まずは待合室のような場所に通された。


 中では帽子やサングラスは着用不可とのことなので、外して素顔に戻る。


 とはいえ、この暗さなら接近しすぎない限りは気づかれないだろう。


 二人からは付かず離れずの席に座って、スタッフの人から注意事項の説明を受ける。


 それが終わると今度は、モニター上でこの廃病院にまつわる映像が流れ始めた。


 かつては大きな総合病院だったが、いつの日からか次々と怪奇現象が起き始めて~……なんていうよくありがちな設定のストーリーだ。


 周囲からは既に泣きべそをかき出している子どもの声や、笑い飛ばそうとしながらも声を震わせているカップルの会話なんかが聞こえてきている。


 そんな中で俺はと言えば、『エンタメとしてよく作ってあるなー』と感心してしまっていた。


 小規模とはいえゲーム制作に携わっている影響なのか、どうも真っ当に楽しむよりも作品としての分析に重きを置いてしまう。


「もしかして、ほんとに全然怖くない感じ……?」


 そんなことを考えていると、隣から光がジトっと訝しげに様子を確認してきた。


「なんか、そうみたい。怖いというより、よく出来てるなーって思う感じ?」

「ふ~ん……」


 何かしらの当てが外れたのか、やや不満げに口先を尖らせている。


 そうして映像を見ながら待っていると、俺達の区画の順番が訪れた。


 前に並んでいた人たちが、弱々しい光を放つ懐中電灯を片手に廊下の奥へと送り出されていく。


「どうぞ、足元に気をつけてお進みください」


 順番が前列に達し、大樹さんたちが立ち上がる。


 薄暗いのに加えて、背中をこっちに向けているのでその様子は分からない。


 ただ、廊下の闇の向こうへと消える直前に衣千流さんが大樹さんの服の裾を不安げに掴んでいるのがほんの一瞬だけ見えた……ような気がした。


 それがどういう意味を持っているのかを考えている間に、俺たちの順番がやって来る。


「じゃ、行こうか」

「うん!」


 このシチュエーションに似つかわしくない明るい返事を受けて、彼女を手を握る。


 懐中電灯を片手に、暗闇の中へと足を踏み出した。


 最初の角を曲がったところで一気に人の気配が無くなり、自分たちの足音以外は聞こえない静寂が訪れる。


 当然、暗闇で視覚もほとんど奪われていて、頼りになるのは手元の懐中電灯と誘導用の小さな照明だけ。


 流石にこうなると怖くはないとはいえ、何が出てくるのかという緊張が少し生まれる。


「あそこに行くのかな?」

「多分そうじゃないかな。微妙に光ってるし」


 順路通りに歩いていると、最初のロケーションと思しき場所へと辿り着く。


 開放された扉の上に、『検体保管室』と書かれた案内板がほのかに光っている。


 さあ、何が出てくるのか。


 ドキドキとワクワクが半分入り混じった感情で、扉を潜って中に入る。


 中は案内板にかかれていた通り、様々な検体を保管する部屋らしい。


 懐中電灯で照らしてみると、棚に臓器や奇妙な虫が入った瓶が並べられている。


「うえ~……きもちわる~……。流石に本物じゃないよね」

「そりゃそうでしょ。でも、細部までよく作ってあるよね。中に機械でも入れてるのか、ビクビク動いてるし……って何、その目は……」

「別に~……ほんとに全く怖がってないな~って……」


 そう言ってまた、目をジトっと細められる。


「まあ、それならそれでやりようはあるけど……」


 よく分からないことをボソっと呟いた光に首を傾げつつも、更に奥へと歩いていく。


 彼女の不審さの意味を俺が身を以て知ったのは、その直後のことだった。


 棚で作られた順路を歩き、ちょうど部屋の半ばへと達した瞬間――


 ――ビターンッ!!


 近くの机の上に置かれてある、ちょうど人が入るくらいのズタ袋が跳ねた。


 その露骨なジャンプスケアに、生理的な反応で身体が震えようとするが――


「キャー!! こわーい!!」


 それよりも先に、光がラクーンシティの犬並みの勢いで飛びついてきた。


 両腕を目いっぱいに使ってホールドされ、体側にムニュっと柔らかいナニかが押し付けられる。


 その行動と感触に、頭の中から僅かに残っていた恐怖と緊張も吹き飛んだ。


「こわ~い、こわいこわい~……こわいよぉ~」


 そうして代わりに残されたのは、ただ困惑の感情だけ。


 わ、わざとらしすぎてどう反応すればいいのか分からない……。

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