第69話:変則ダブルデート その3
「大樹くん、大丈夫……?」
「だ、大丈夫です……このくらい全然、平気です……俺は、長男なんで……」
近くのベンチに腰掛け、衣千流さんが大樹さんの背中を擦っている。
合計五つの絶叫マシンを経て、彼の身体からは魂が半分抜けかけていた。
なんとか返答している言葉も、隣にいる人ではなく自分に言い聞かせているようだ。
「ほらほら! さっきよりまたちょっと縮まってない!?」
そんな兄の醜態を眺めながら、光がまた嬉しそうに言う。
「縮まってるといえば縮まってるけど……男女というより保護者と被保護者みたいになってない?」
「そ、そこは……ほら! そこで急に良いところを見せればギャップで全部ひっくり返るってわけ!」
「ひっくり返るってことはつまり、今の関係は恋愛からは遠いことを認めてない……?」
「う゛っ……それはそうかもだけど……」
図星を突かれた光がバツが悪そうに語尾をすぼめる。
「それにしても仕事中はかっこいいのに、なんで私生活になるとああなんだろ……」
ゲーム製作に携わってる時の大樹さんは、間違いなく光と兄妹なのが分かるくらいの完璧な人だ。
俺を含んだ他の三人に的確な仕事を割り振りながら、自分もあらゆる作業に口だけではなく手も出して一人で十人分くらいの働きをしている。
しかもそれだけではなく、外注先との渉外も一人で全部やっているらしい。
とても、このバス酔いした子どものように介護されてる人間と同一人物とは思えない。
「仕事中って?」
「あっ、いやなんでもない……こっちの話……」
口を滑らせてしまったのに気づいて取り繕う。
大樹さんと一緒にゲームを作っているのは、まだ内緒にしていたのを忘れていた。
「ふ~ん……あっ、次のところに行くみたい! 追わないと!」
ジッと顔を見て訝しまれるが、ここはそれを追求する場ではないと軽く受け流してもらえた。
その後も距離を取りながら二人の様子を見守り続けた。
『歩くの速すぎ! ちゃんと歩幅を合わせて歩く!』
『スマホを何度もチラチラ見ない! 指示を確認したらすぐに仕舞う!』
『髪と服は褒めた!? せっかくオシャレしてきてくれてるんだからいっぱい褒めなきゃ!』
『だから歩くの速いって! 前じゃなくて隣を歩くの!』
その間にも光は兄の一挙手一投足に目を光らせ、修正指示を何度も送っていた。
中には俺も身につまされるようなものがいくつかあったので、今後からは気をつけようと思う。
そうして入場から二時間が経過し、流石に疲れたのか二人はフードコートで休憩を取ることにしたらしい。
「お待たせ~! はい、大樹くんの分!」
「あ、ありがとうございます……」
衣千流さんが大樹さんの対面に座り、両手に持ったソフトクリームの片方を手渡す。
俺たちは二つ離れた席で同じようにソフトクリームを片手に、また二人の会話に耳を傾けていた。
「気分悪かったのは、もう平気?」
「は、はい……おかげさまで……」
「なら良かった。けど、ごめんね。何か、私ばっかり楽しんでるのに付き合わせたみたいになっちゃってて」
「い、いえ……水守さんが楽しんでくれてるなら、俺としては本望なんで……」
「本望だって。そういうこと、これまで一体何人の女の子に言ってきたのかな~……?」
左手で口元を抑えながら、クスクスとからかうように笑う衣千流さん。
「な、何人にもなんて言ってませんよ……」
「本当にぃ? だって、大樹くんってすっごいモテるでしょ?」
「も、モテませんよ……!」
「またまた謙遜しちゃって~」
必死に取り繕っている大樹さんを、衣千流さんは継続してからかい続けている。
その普段よりも砕けた口調からは、確かに二人の距離が縮まっているのが感じられた。
「ま、まじでモテたことなんて人生で一度もないっすから……!」
「そうなの? 背も高くて顔も整ってるし、すごくモテそうに見えるけど」
「それ以前に、俺は大体どこでも変な奴扱いなんで……自分じゃよく分からないんですけど……」
「変、かぁ……まあ確かにそうかも」
「や、やっぱりそうですか……?」
「うん。だって、こないだなんて急に『良い鰤が入った』ってクーラーボックス持ってきたでしょ? あれはほんとに驚いちゃった」
そんなことしてたんかい……!
と、隣の光と心の声がシンクロする。
「あ、あれは急に釣りがしたい気分になって釣り船に乗ってきたら釣れたんで水守さんに是非と思って……俺は料理できないんで……あれも、変でしたか?」
「うん、変」
単刀直入に答えた衣千流さんに、大樹さんはガーンとショックを受けている。
「す、すいません……今度からは気をつけさせて――」
「でも、私は大樹くんのそういうところ好きだけどね」
「えっ? へ、変なところがですか?」
「うん、びっくり箱みたいで面白いから。次はどんな感じなのかなー……何をしてくれるのかなー……って。でも、今日は案外普通だったからそれはそれで驚いちゃったけど」
「こ、これは……その……光のやつがお節介を焼いてきたというか……俺のセンスだと絶対ダメだって言うんで選んでもらったというか……」
「あっ、やっぱりそうだったんだ~。道理でオシャレだと思った~」
素直に白状した大樹さんに、今度は衣千流さんが声を上げて笑う。
「まじですいません……なんか、今日は情けないところばっか見せて……」
「もう……さっきから謝ってばっかり。でも、そういう無理に自分を良く見せようとしないところも大樹くんらしいけど。あっ、早く食べないと溶けちゃうよ?」
また自然な笑みを浮かべながら、童心に返ったようにソフトクリームを食べている衣千流さん。
仕事以外の私生活で、こんなにも楽しそうにしているのは久しぶりに見た。
大樹さんの絶妙な天然ポンコツっぷりが、あの一面を引き出しているのなら確かにこの二人はくっつくべきなのかもしれないとの思いが更に強くなってくる。
「な、なんか見てるこっちがむずむずしてきちゃうね……」
「それ、まじでなんか……もどかしくて胸が苦しくなるというか……」
なんとなくいい感じの二人の会話を聴きながら、コソコソと密談する。
他人の恋愛模様を間近で見せつけられるのは、自分のそれよりも格段に気恥ずかしい。
しかも、それが身内のであれば尚更だ。
「でも、これはちょっと流れが来てる気がしない……?」
「流れ?」
「うん、これは間違いなくLOVEの流れが来てる! つまり攻めるなら今!」
そう言って、光は一心不乱にスマホの画面を叩き始めた。
何をしてるんだろうと、ソフトクリームを食べながら訝しんでいると――
『ホテルよりタンゴへ。作戦変更、至急プランZへと移行せよ』
数秒後、チーム大樹のグループチャットに新たな指示が書き込まれた。
「プランZって何……?」
身に覚えのない言葉に、隣の光へと直接尋ねる。
「ふっふっふ……知らない? 実はこの遊園地には、絶叫マシンのとは別に目玉アトラクションがあるのを……」
「絶叫マシン以外の目玉? えーっと……なんだろ……もしかして、このお化け屋敷?」
パンフレットを取り出して中身を確認すると、絶叫マシンの次に『総歩行距離1km! 戦慄の最恐お化け屋敷!』と大きな見出しで書かれていた。
「そう! それ! ここでそれを使って二人の距離を一気に縮めるってわけ! 名付けて、『最恐お化け屋敷でキャー怖~いからの密着大作戦』!!」
小さな声で自信満々に、光が凄まじく俗な作戦名を発する。
この時点で俺は既に、『上手く行かなそうだな』と半ば確信してしまっていた。
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