第68話:変則ダブルデート その2
遊園地へと向かう二人の後を、程良い距離を取って付いて行く。
互いに帽子とサングラスに加えて、マスクも装着してバレ防止の変装も万全。
今日の主役は自分たちではないと、光もよく分かっているらしい。
「で、今日のデートプランってどんな感じだったっけ?」
目的地へと着く前に、今日の計画をおさらいしておきたいと光に尋ねる。
「えっとねー……基本はこの前、東風さんから貰ったチケットで遊園地に行って、たっぷり遊んでもらってー。夜は話題のイタリアンレストランでディナーって感じかな」
「なるほど。まあ遊園地だったら一日潰せるし、そんなに複雑なプランにはならないか」
「でも、その分だけアトラクションの順番までしっかり決めてきてるからね」
「そこまで考えてきたんだ……」
ふんふんと自信ありげに呼吸を荒げている光。
よほど、あの二人にくっついてもらいたいらしい。
前は衣千流さんのことをお義姉ちゃんと呼びたいからだと冗談めかして言ってたけれど、実は単にブラコンの気があるだけのような気もしてきた。
「まず最初は絶叫系のフルコース!」
「確か、有名なジェットコースターが何個もあるんだっけ」
「そうそう、世界一のコースターがいっぱいあるの! そこで男らしいところをビシっと見せつけて、今日のデートはお兄ちゃんがリードする雰囲気を作るってわけ!」
「なるほど、でも大樹さんって絶叫系は大丈夫なの?」
「……さあ? でも、このプランを聞いた時に本人もノリノリだったし多分大丈夫でしょ」
「だといいけど……」
……なんか嫌なフラグが立ってるような気がする。
そうして、自信満々に自分の計画を語る光に耳を傾けること数分。
目的の遊園地へと到着した。
二人がチケットを提示して入場したのに続いて、俺たちも料金を払って入場する。
平日ではあるが夏休みシーズンということで、園内は家族連れの客で賑わっている。
「そういえば俺、遊園地に来るのってかなり久しぶりな気がする」
「そうなの?」
「だって最後に来たのって、小学校の遠足とかじゃないかな……記憶にある限りだと」
「え~……そんなに前なんだ。あんまり好きじゃないの?」
俺のナチュラルな陰っぷりに光が口を開けて驚いている。
「好きじゃないというか……こっちから誘ったり、向こうから誘ってくれるような相手もいなかったというか……」
一緒に遊園地に行くようなアウトドアな友達や、あるいは彼女的な存在。
高校時代は言わずもがな、中学時代にもそんな相手は一人もいなかった。
年下の兄弟でもいれば中学になってからでも家族で行くことはあったかもしれないが、あいにく俺は一人っ子だ。
「へぇ~……そうなんだぁ」
「そういう光はいつぶり?」
「私は去年の秋くらいに友達グループでデズニーに行ったのが最後かな」
「じゃあ、結構最近なんだ」
「うん、その時は彩火とか茜とかも一緒でね。彩火はデズニー行くの初めてだったんだけど、最初は『こんな子供騙し……本当に楽しいの?』とか言ってたのに、結局最後は自分が一番楽しんでて――」
心の底から楽しそうに、その時の思い出を語る光。
一緒にいると忘れがちだけど、そういえばゴリゴリに陽側の人間だったなと思い出す。
こんな友達同士の付き合いでさえ、自分とは違う彼女に軽い嫉妬のような疎外感を覚えていると――
「でも、今日は一番大好きな人との初めての遊園地だからもっと楽しくなるよね!」
マスクの下で満面の笑みを浮かべて、繋いだ手をギュっと強く握りしめられた。
ああ、俺って本当に単純だな……。
たったそれだけで、全てが救われたような気持ちになってしまう。
「いや、今日は俺たちが楽しむ目的じゃなくて大樹さんのサポートでしょ……」
……と言いながらも表情が緩みに緩みきってしまっている。
「あっ、そっか……!」
テヘヘっと笑っている光を横目に、主役の方へと視線を戻す。
二人の方も同じような会話をしていたのか、クスクスと互いに笑い合っている。
色々と危惧していたこともあったけれど、今のところは良好な雰囲気だ。
そんな光のことをあまり言えない心配性な目線で二人を眺めていると、最初のアトラクションの場所へと到着した。
「おー……これはすっごいねぇ……」
「世界一って書いてるしね……」
ものすごい高さまで伸び、且つ捻じれに捻じれたレールを見上げて感嘆の声を上げる。
入場口で貰ったパンフレットによると、このジェットコースターは複数の世界記録に認定されているらしい。
その世界レベルの恐怖を裏付けるように、上空を滑走するコースターからは凄まじい絶叫が響いてきている。
そんな怪物に乗るために、早速列に並んだ二人の様子はどうだろうか。
気配を隠して近づき、聞き耳を立ててみると――
「私、こういうの乗るのって初めてなんだけど……大丈夫なのかしら? 落ちたりとか……」
「心配しなくても大丈夫です。万全の安全基準は満たしているでしょうし、落ちたりすることはありませんよ。そ、それに……と、隣には俺もいますんで……」
若干斜め上の心配をしている衣千流さんに、大樹さんは光のプロデュース通りの頼りになる男をアピールしている。
「大樹くんは、こういうの平気なの?」
「もちろん、VRで世界中の絶叫マシンを予習してきたんで平気を通り越してもはや無敵ですね」
ドヤっと男前フェイスで、壮大な自信を誇示している大樹さん。
あっ、なんかダメそう……と思った十数分後――
「ひぎゃあああああああああああああああッッ!!」
案の定、上空から彼の悲鳴が園内に降り注いだ。
「いいなぁ~……楽しそうだなぁ~……」
何度も何度も断末魔の叫びを上げている兄を、光は羨ましそうに見上げている。
高速で園内を駆け巡ったコースターが搭乗口へと戻ってきた。
続いて、出口から二人が出てくる。
「あー、楽しかったー! ねっ、大樹くん!」
「は、はい……し、死ぬかと……いえ、死ぬほど楽しかったです……」
童心に返ったような笑顔を浮かべている衣千流さんに対して、大樹さんは今にも倒れそうなくらいにやつれている。
まるでこの数分の間に十年くらい老けたようにさえ見える。
「最初はちょっと怖かったけど、慣れてきたら落ちる時の感覚がふわ~って空を飛んでるみたいで……って、ほんとに大丈夫? もしかして、酔っちゃった……?」
「い、いえ……全然、このくらい……Half-Live2で初めてホバーボートを操縦した時くらいのもんですよ……」
つまり、めちゃくちゃ酔ったということらしい。
ある意味では期待通りの情けなさを見せつけてくれている。
「あれ、このまま続けても大丈夫だと思う……?」
「う~ん……昨日はあんなに自信満々だったのになぁ……」
「ちょっと予定の変更も考えた方がいいんじゃない?」
光の計画では、この先も絶叫系のアトラクションが目白押しになっている。
1つ目でこの調子なのに、この先のボスラッシュに耐えられるとは思えない。
「あっ、でも見て見て!」
計画の変更を提言していると、何かに気がついた光が二人の方を指差す。
振り返って見てみると、ゲッソリと項垂れている大樹さんの背中を衣千流さんが優しげに擦っている光景が目に入った。
「あれはあれで、結構いい感じじゃない?」
「まあ、そう言われれば……そうなのかな……?」
当初の男らしくリードする予定とは真逆だけれど、確かに距離は縮まっているように見える。
「……というわけで当初と趣旨は変わったけど計画は続行で!」
スマホを取り出した光が、『予定通り、そのまま次のアトラクションに』と指示を送る。
鬼だ……と思いながらも、俺にそれを止める術は無かった。
届いたメッセージを見て、この世の終わりみたいな表情を浮かべる大樹さん。
数秒かけて何とか表情を作り直すと、まだ心配そうな衣千流さんに『それじゃあ次に行きましょうか』と告げて歩き出す。
その足取りには、死を覚悟した男の決意が感じられた。
――数分後。
「ひぎゃあああああああああああああああッッ!!」
再び、彼の絶叫が上空から園内に響き渡った。
隣では光が、兄の悲鳴を聞いて満足げに微笑んでいる。
骨は拾ってあげるので、どうか正しく死んでください。
俺にはそう祈ってあげることしかできなかった。
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