第67話:変則ダブルデート その1
『十時の方向、植え込みの向こう側』
この日のために結成されたグループチャットに、光の発言が表示される。
その発言が向けられた相手は俺ではない。
二人で並び、植え込みの向こう側を覗き込んで今日の主役の様子を確認する。
『OK、見えた』
数十メートル程先にある待ち合わせスポットとして有名なオブジェの前で、スマホを片手に俺たちの方を見ている大樹さんと目が合う。
『俺たちはこのくらいの距離を保って付いていきますから安心してください』
『予定はちゃんと覚えてる? ハンカチとティッシュは持った?』
『分かってる分かってる。んな心配しなくても大丈夫だっての』
まるで子どもの一人でを心配しているような光に対して、向こうから呆れるような言葉が返ってくる。
今日は火曜日。
火曜日は平日だけれど、一部の人にとってはそうではない。
例えば、夏休み中の学生だったり……火曜日を定休日にしている飲食店の店長だったり。
そう、今日はあの祭りの日から週を明けて、水守亭の最初の定休日。
遂に大樹さんと衣千流さんのデートが行われる日だ。
『そんなこと言って……一人でやらせたら何もできないくせに』
よほど心配なのか、さっきから何度も何度も心配の言葉を送り続けている。
「それにしても、今日は流石に服装もかなり気合いれてきてるね」
植え込みから待ち合わせ地点を覗きながら、隣の光に直接話しかける。
普段は無地のTシャツにジーパンが基本の大樹さんだけど、今日は夏コーデで点数は少なめながらもかなりオシャレな格好をしている。
普段の雰囲気を残しつつ、元々の素材の良さが際立つファッションだ。
あれを大樹さんが自分で選んだのなら大きな進歩だと思うが――
「あれも昨日、私が練習に帰りに寄ってわざわざ選んであげたものなんだけどね」
「あ、あぁ……やっぱりそうなんだ……」
多分そうなんだろうなと察してはいたので、そう言われてもあまり驚かなかった。
「ちなみに光のプロデュース無しならどんな格好をしようとしてた?」
「蝶ネクタイ付きの肩パッド入りスーツ」
「……今日は大仕事になりそうだ」
待ち合わせ時間まで後三十分。
その間に少しでも今日のデートプランを練り上げておこうと、改めて話し合う。
そして、二十分程経ったところで現場に動きがあった。
「……ん?」
二人組の若い女性が大樹さんの方を見て、何かをヒソヒソと話し合っている。
その視線には、何らかの好奇の感情が含まれているように見える。
近くで見ると何か致命的なミスでもあるんだろうかと不安に思っていると、彼女たちはそのまま大樹さんへと声をかけた。
「なんか、女の人たちが大樹さんに声をかけてるんだけどなんだろう……」
「えっ!? どういうこと!?」
スマホで今日の行程を確認してた光も振り返って、再び大樹さんの方を覗く。
「道でも聞かれてるのかな……?」
「いや……もしかして、あれっていわゆる逆ナンってやつじゃない?」
「逆ナン!?」
その単語に、光が驚いて俺の方へと向き直る。
「だって、ほら……大樹さんのあの慌てよう……」
所在なげに視線を泳がしながら、手を顔の前でブンブンと振ったりしている大樹さん。
俺が授業中に居眠りをしてて当てられた時くらいにはテンパってる。
会話の内容こそ分からないけれど、どう見ても道を尋ねられているような感じではない。
「まあ、確かに今日の大樹さんなら逆ナンくらいは全然あり得るとは思うけど……」
「何か私のコーディネートが褒められてるみたいでちょっと嬉しいかも……って、呑気にそんなこと言ってる場合じゃない! そろそろ水守さんが来るかもしれないのに、あんなところ見られたら……」
「確かに、それはちょっとまずいかも……」
ああいうシチュエーションに慣れていないのか、大樹さんは未だ彼女たちの誘いを断りきれていない。
それどころか、若干ではあるけどデレデレし始めているような気がする。
一方の女性たちの方は結構遊び慣れているような感じで、ルックスに反して初心な雰囲気の大樹さんが面白いのか更に興味を深めているように見える。
「……って、やばい! ほんとに来ちゃった!」
「え!? まじで!? うわっ、ほんとだ!」
俺たちから見て右側の遠方――駅のある方向から衣千流さんが歩いてきている姿が目に入った。
長い髪を綺麗に結って、普段は見たことのない洒落たロングスカートも履いている。
大樹さんと同じように、今日のデートに意気込んできている様相を感じられるが今はそんなことに注目している場合じゃない。
「う~……! 早く断っててば~……! まずいよ~……!」
出ていくわけにもいかず、スマホを手にメッセージを送り続けている光。
両者の距離は残り約100m。
しかし、大樹さんは未だに女性たちと話していて気づく様子はない。
自分のデート相手がモテるのは嬉しいと思う人もいるかもしれないが、きっと衣千流さんは逆に『それなら別に自分じゃなくてもいい』と身を引くタイプだ。
このままでは奇跡的にこぎつけた初デートが、微妙に変な空気で始まってしまう。
「なんで気づかないの~……! もう来てるってば~……!」
「早く断ってもらわないと……あの顔を衣千流さんに見せるのはかなりまずいな……」
何を言われてるのか、照れくさそうに頭を掻いている大樹さん。
敵の襲撃に全く気づいていないトップレーナーにバックピンを連打するように、二人で必死になってメッセージを送り続ける。
「あっ、やっと気づいた!」
それが功を奏し、大樹さんがようやく俺たちの必死さに気づいてくれた。
あっちから、衣千流さんが、もう来てる。
二人で必死になって、更にメッセージを送る。
一拍遅れて危機を理解した大樹さんが、両手を合わせて女性たちに頭を下げる。
そうして、既のところでなんとか彼女たちを退けることに成功した。
「はぁ~……なんとか間に合ったぁ……」
早くも訪れたハプニング的な危機を乗り越え、光が大きく安堵の息を吐き出す。
去っていく二人と入れ替わるように、衣千流さんが大樹さんの側へと辿り着いた。
まるでお見合い相手との初顔合わせのように、ペコペコと何度も頭を下げあっている。
「でも、本番はここからだから気を引き締めないと……」
「そうだね。でも、そもそもなんで私がお兄ちゃんのデートでこんなに気を張らないといけないんだろ……も~、ほんとにしんどいよ~……」
と呆れるように言いながらも、合流した二人をどこか嬉しそうに眺めている光。
「ほら! ここは自分から行きましょうって切り出さなきゃ! そうそう!」
衣千流さんを先導するように歩き出した大樹さんを見て、満足げに言う。
しかし当然まだ手を繋いでるわけでもなく、その間には三歩分くらいの距離がある。
デートという特別な状況を意識しているのは間違いなさそうだけど、雰囲気はよそよそしく、恋人同士のそれとは程遠い。
今日の終わりまでに、あの距離を1mmでも縮めるのが俺たちの役目だ。
「じゃ、私たちも行こっか!」
身バレ防止用の帽子を被り直した光が、俺に向かって手を差し出してきた。
その手を握り返して、先に行った二人の後を追うように歩き出す。
この時点で既に、この変則ダブルデートが平穏には終わらないんだろうなという予感は強く抱いていた。
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