第74話:変則ダブルデート その8
「え? き、キス……? な、何? 急にどうしたの?」
従姉弟の口から唐突に出てきた質問に困惑する。
「その……さっき、お化け屋敷でキスしてたでしょ? 光ちゃんと……」
「あ、ああ……うん、してたけど……」
「あんなところでしちゃうくらい良いものなのかなーって……この前は試着室でもしてたし……」
「お、覚えてたんだ……」
自分でも忘れかけていた失態を思い出させられて、顔が少し熱くなる。
けれど、まさかあの時からずっとそんなことを意識してたんだ……。
初心というか……乙女というか……。
「てっきり衣千流さんってそういう経験はあるものかと……ほら、高校生の時に南さんとよく一緒に行動してた時とかに」
「ないないない! あの時も先輩には何人も仲の良い男の人がいたけど、私はそういうのは本当に全く縁がなかったから……」
慌て気味に首を左右へ振り、続けて少し恥じ入るように言う。
縁がなかったというのは、語弊があるだろう。
言うまでもなく衣千流さんは美人で、店の男性客からもよく言い寄られている。
けれど、本人はそれをアプローチとも思っていないのか日々受け流し続けていた。
つまり、縁が無いというより単に本人が鈍すぎるだけ。
そうなるとあの日、南さんが半ば無理やりでも大樹さんを意識させたのは今となっては良かったように思える。
「それで、どういう感じなの? そんなに良いものなの?」
落ち着いた口調とは裏腹に、若干前掛かりで興味津々なのが隠しきれていない。
「どういうって言われても……」
そんな彼女に対して、答えを言い淀む。
俺にとって、光とのキスがどういうものなのか……。
している最中はとにかく幸せで、心地が良い。
いつまでもしていたいし、終わればすぐにまた何度だってしたくなる。
単なる粘膜同士の接触を越えた特別な行為だと言っていい。
けれど、身内にそんなことを説明するのは流石の流石に恥ずかしい。
「言葉で説明するのはちょっと難しいかな……」
「そ、そうなの……?」
「うん。だから、そこは……自分で体験してみるのが一番手っ取り早いんじゃない?」
なので、誤魔化すついでに布石を打っておくことにした。
「じ、自分でって……そんな相手がいないから聞いてるのに……」
少し拗ねたようにそう言いながら、ほんの一瞬だけ大樹さんの方をチラっと見ていたのを俺は見逃さなかった。
間違いなく、今までで一番強く意識してる。
こうなると、『もしかしたら今日中にでもくっつけられるんじゃないか』と欲が出てきた。
「黎也く~ん! 水守さ~ん! 何してるの~! こっちこっち~!」
ちょうど良いタイミングで、列の方から光が俺たちに手を降って呼びかけてきた。
「ほら、二人が先に並んでくれてるから早く行かないと」
「う、うん……」
会話は途中を打ち切り、二人で並んで列の方へと向かう。
「何か話してたの?」
列の最後尾に並ぶと、光がそう尋ねてきた。
「ん? ちょっと種を撒いておいたっていうか……」
俺の答えに、光は怪訝そうに首を傾げる。
きっと衣千流さんの中では今頃、はっきりとした答えを得られなかったモヤモヤが渦巻いているはず。
でも、この奥手な二人がそれだけで一歩踏み出すとも思えない。
なので、追加で大樹さんにも発破をかけておく。
ポケットからスマホを取り出し、三人のグループチャットを開く。
「あっ! 次だよ次!」
メッセージを入力している最中に、俺たちの順番がやってくる。
光に手を引かれて、流れてくるゴンドラの前へと移動する。
「足元、気を付けて」
「うん、大丈夫! それじゃ、お先に失礼しまーす!」
係の人に誘導され、ゴンドラに乗り込むのと同時にメッセージを送信する。
『対象は今、スタッガー状態です。この機に攻めてください』
現在の状況を大樹さんにも伝わりやすいように翻訳し、これで舞台は整った。
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