第65話:二人だけの海 その1
打ち寄せては引いていく波の音……は、スマホから響いている。
鼻をツンと突く潮の匂い……は、気のせいで漂っているのは消臭剤の香り。
眼前の前に広がるのは青い海……を探索するアドベンチャーゲームの画面。
そんな全てが紛い物の中で、隣に座ってる純白のビキニを身に着けた彼女だけは唯一本物だった。
「海だねー」
いつものようにベッドに腰掛けながら、感慨深げに彼女が言う。
「あ、ああ……うん、海だね……」
納得しているように答えたが、ここは断じて海じゃない。
学生マンション『ユニグラン葉陰』の206号室――つまり、俺の部屋だ。
例え天地がひっくり返ったとしても、百人中百人がここを海だとは言わない。
俺だって当然そうだけど……今ここでそんなマジレスはできない。
ここが俺たち二人だけの海だからこそ、光は大胆で刺激的な水着を纏い、その完璧な肢体を惜しげもなく曝け出してくれている。
つ互いに僅かでも冷静さを取り戻せば、このボーナスタイムは即座に終わってしまう。
「でも、もう少し何か海っぽくしたいよねー」
「じゃあ、こういうのはどうかな」
故にここは、恥ずかしさをかなぐり捨てて全力で乗っかるのが正着。
立ち上がり、冷蔵庫から二本の缶を取り出す。
店から足の付いたグラスを取り出し、缶の口を開いてゲーミングカラーの内容液を注ぐ。
「わー! 海っぽーい!」
机の上に置いたエナジードリンクinグラスを見て、光が歓声を上げる。
「おまけに、これを添えてやれば……」
冷蔵庫から取り出したチェリーを一粒、水面に浮かべる。
「もっと海っぽくなったー!」
蛍光色の液体の上に映える赤い粒を見て、光が更に子どものようにはしゃぐ。
そこから水着と一緒に買ってきた浮き輪に空気を入れてクッション代わりにしたり、夏の定番曲をかけたりと更に海っぽさを仕上げていった。
もちろん、やるゲームも『三郎ティカ』『イカダ漂流記』『デブのダイバー』と海関連のゲームに絞る。
「酸素が少なくなってきたなぁ……」
「さっき供給地点なかったっけ? ちょっと上の方に」
「あれ? あったっけ? あっ、ほんとだ! よーし、これでもう少し探索できるぞー」
大胆な水着である最大の一点を除けば、光は普段と変わりなく過ごしている。
一方の俺は海パンの上に薄手のTシャツ。
光と比べれば格好だけは普段と大差ないが、真逆に中身は平静を装うので精一杯。
胸元、お腹、腰回り、お尻、太もも、生脚……。
無防備に曝け出された彼女の身体が気になって、何度も横目でチラ見していると――
「……ん?」
ふと、視線を横に流してきた光と目が合ってしまう。
慌てて逸らすが、時既に遅し。
「今、こっち見てたでしょ?」
「いや……見てたっていうか……」
「もっと、ちゃんと見てもいいよ?」
「え?」
予想外の答えに、呆けた声が出てしまう。
「もっと、じっくり見ていいのって言ったの。ほら」
そう言って、俺が見えやすいように座る位置が変えられた。
「えー……何かそれだと、俺がめちゃくちゃ見たがってるみたいになるんだけど」
「違うの?」
「違わなくはないけど……」
「だったらよくない? 海だし!」
海なら仕方ないか。
「でも、その代わり! 一つ、これだけは絶対守ってもらうから!」
コントローラーから片手を離して、指を一本立てた光がグっと迫ってくる。
「な、何……?」
「私以外の女子の水着に見惚れるのは絶対にダメだからね……!」
ムッと目を細めて、冗談ではない風に言われる。
「み、見惚れるってのは具体的にどの程度……?」
「二秒以上、同じ子を見続けるくらい……」
「せめて三秒にならな――じょ、冗談冗談……冗談だから……」
途中でギロっと睨まれて、慌てて訂正する。
「う~……私、ほんとに心配なのに~……」
「そんなに心配しなくても、光の水着以外に見惚れたりなんて絶対しないから」
「ほんとに?」
「本当だって。俺にとって、この世界で一番価値のあるのが光の水着だし」
ちょっと臭すぎたかと思ったが、光も言葉にならない嬉しさにニヤけていた。
「そんなこと言われたら、ギュってしたくなっちゃうじゃん……」
「今その格好でやられたらまじでやばいから落ち着いて……」
根本的な話として、朝日光は朝日光の水着にどれだけの価値があるのか気づいていないらしい。
そうして、その後も二人で室内の海を幻視しながら過ごした。
向こうの言葉に甘えて、その水着姿を十分に堪能させてもらい、多少は刺激にも慣れてきたところで――
「ん~……ちょっと海っぽさが足りなくなってきたかも……」
光がコントローラーを置いて、独り言のように漏らした。
「また海っぽい飲み物でも入れようか?」
「ん~……それはもう十分やったし満足かな~……」
コントローラーをテーブルの上に置き、浮き輪の中に座ったままグーッと後ろに伸びをしている光。
胸を張る体勢になり、ビキニの布に張りのある肉塊がギュっと押さえつけられている。
「じゃあ、別の海ゲーとか? 新しくダウンロードすることになるけど」
「そういうんでもなくて……やっぱり、海なら少しは水を浴びたいよね~……って」
「水浴び……ここで?」
流石にそれはちょっと無理じゃないかな……と、遂にマジレスで確変状態を終了させようとするが――
「ここじゃなくて……一緒にお風呂で?」
指先を擦り合わせながら顔を真赤にした光が恥ずかしそうに呟く。
逆転のプレミア演出から、俺たちの海物語はさらなるボーナスタイムへと突入した。
「確かに、それなら海っぽいかも」
考えることもなく、間髪入れずに答える。
やっぱり、この時の俺たちはのぼせにのぼせ上がっていたと思う。
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