第64話:水着を買いに行こう その3

「これはちょっと……大胆というか大人っぽすぎない……?」


 『エロすぎる』をオブラートで三枚ほど包んだ言葉で返す。


「そうかな……? 最近は結構、女子高生でも全然こういうの着てると思うけど……」


 俺の様子を伺うように光が言う。


 最新の女子高生水着事情を俺は知らないが、それがとても大胆な水着なのは流石に分かる。


 これまでの十着の中にも当然、ビキニタイプのものはあった。


 けれど、それは上に着いたフリルやスカートなどで露出は控えめにされていた。


 対して、今の光が手にしているものはTHEビキニとでも呼ぶべきだろうか。


 着れば素肌の多くを露出する極めてシンプルなデザインのものだ。


 もちろん、彼女の身体に隠すべき場所なんて1mm足りとも存在していない。


 つまり、シンプルが故に他のどの水着よりもその魅力が最大限に引き出されるはず。


 はずなんだけど……。


「あんまり増やしすぎと、後で選ぶのが大変じゃない?」

「大丈夫でしょ。今更一着くらい増えたところで」

「そ、それはそうなんだけど……やっぱり、ちょっと大胆すぎるっていうか……もう少し学生らしく節度を守った水着の方が――」

「何か、着て欲しくないみたい」


 思い切り図星を突かれて、身体がギクっとなる。


「着て欲しくないってわけじゃないんだけど……」

「じゃないんだけど?」

「なんて言えばいいんだろう……その……難しいな……」

「特に理由がないなら、これにしちゃおっかな~……黎也くんも好きでしょ? こういうの」


 目を細めて、焦らすような口ぶりで光が言う。


「そりゃあ……見たくはあるけど……」

「あるけど……?」

「……他の人には見られたくない」


 自らの複雑な心境を素直に白状する。


 見たいか見たくないかで言えば、正直言ってめちゃくちゃ見たい。


 光がこんな大胆で刺激的な水着を着てくれるなんて、間違いなく俺の人生のレガシーに成り得る出来事だ。


 だからこそ、他の誰の目にも晒さずに自分だけの記録にしておきたい気持ちが僅かに上回る。


「それって嫉妬?」

「嫉妬というか……独占欲っていうか……」

「んふふ~……そうなんだぁ~。独り占めしたいなんて、やっぱり贅沢だなぁ~」

「……今回のそれは甘んじて受け入れる」


 カーテンの隙間から顔を覗かせながら、どことなく嬉しそうに言われる。


「むしろ、『これが俺の彼女だー!』って見せびらかすくらいの気持ちでいればいいのに」

「無理無理……無理だし、そういうのは嫌だから……」

「それは知ってる」


 光がニヤっと口角を釣り上げて笑う。


 もう何もかもが彼女の手のひらの上で転がされているような気分になった。


「まあ実は私としても半分くらいは冗談みたいなものだったんだけどね。流石に、これをみんなの前で着るのは恥ずかしいし……」

「何それ……」

「だって、こんなのほら……お尻とかはみ出しちゃいそう」

「…………確かに」


 光が掲げた小さなボトムスをまじまじと見つめながら言う。


「今の間……もしかして、私が着てるところ想像した?」

「ノーコメントで」


 そうして幻の十一着目は試着せずに、最初の十着から三着の水着が選ばれた。


 ……正直、惜しいことをしたかもしれないと少しだけ後悔した。


 せっかくだから試着くらいはしてもらえばよかったと思ったが、買う気のない物を試着するのもマナー違反だろうし、これで良かったんだろう。


 ただ、会計に行く途中で光が何かを思いついたかのようにポンと手を打っていたのが少しだけ気になった。


 その後、男性用水着の売り場に行って今度は俺の水着を光に選んでもらった。


 男物の水着なんてどれも同じじゃないかと思っていたけれど、光に言わせればちゃんとその時々のトレンドが有るらしい。


 自分の水着を選ぶのと同じくらいか、あるいはそれ以上の時間をかけて選抜された一着を購入した。


 最後は上階のレストランフロアで少し早い夕食を取り、その日の買い物は恙無く終了した。


「ただいま~! あ~、やっぱり家が一番落ち着く~!」


 まるで自分の家に帰ってきたかのように、買い物袋を持った光がベッドに倒れ込む。


「さーて、ゲームでもしよー……っと言いたいところだけど結構汗かいちゃってるんだよね」

「今日、暑かったからね」

「うん。だから、ゆっくりする前にシャワー浴びさせてもらってもいい?」

「もちろん。俺は後でいいから先にどうぞ」

「ありがと! じゃあ、ちょっと待っててね」


 了承すると、光はバッグから着替えを取り出して浴室の方へと向かっていった。


 さて、待ってる間に俺は予行練習として海関連のゲームでもやっておくか。


 そう考えて、コントローラーを手に取ろうとしたところで――


「……あれ?」


 さっき光がベッドの上に置いたはずの買い物袋がなくなっていることに気がつく。


 ベッドと壁の隙間にでも落ちたんだろうかと探してみるが、どこにも見当たらない。


 光が脱衣所の方に持って言ったのかな?


 でも、シャワーを浴びるだけなのに何のために……?


 と、消えた買い物袋の行方を考えていると――


「じゃじゃ~ん! さぷら~いず!」


 間仕切りがガラっと勢いよく開かれて、幻の十一着目を装備した光が飛び出してきた。


「なんと! 実は買っちゃってました~! どう? 驚いたでしょ? 驚いたよね?」


 光が興奮気味に何かを言っているが、脳はキャパシティを越えて機能を停止している。


 いや、視覚情報の処理だけにその全ての能力が割かれているのが正しい。


 まるで白い肌と一体化しているような純白の布地。


 胸元に小さなリボンがあしらわれている程度で、他はその完璧なプロポーションを極限まで際立たせるかのように簡素な構成をしている。


 さっき試着室の前で想像した以上に最高の朝日光(UR水着Ver.)だ。


 暑さで頭がやられて白昼夢でも見ているのかと思ったが、少しずつ効き始めてきた冷房が汗で湿った肌を冷やす感覚が、これは現実だと告げてくる。


「試着しなかったからちょっと心配だったけど、サイズもピッタリで良かった~」


 両肩のストラップを摘んで、水着の小さなズレを直している光。


 その度に手のひら程度の布地で隠された豊かな女性の象徴が、たゆたゆと揺れているのには多分気づいていない。


「……なんで?」


 99%が働いていない脳の言語野を稼働させて、言葉を絞り出す。


「なんでって……黎也くんが他の人には見せたくないって言ったでしょ?」


 コクコクと、出来の悪い人形のように頷いて応える。


「だったら部屋で二人きりの着ればいいじゃんって気づいたの! 天才じゃない!?」


 満面の笑みを浮かべて、世紀の大発見をしたかのような声を上げる光。


 て、天才かよ……。


 俺の脳は考えることを止めて、視覚由来の刺激だけに支配されてしまっていた。


「……というわけで、はい! 黎也くんも着替えよ?」


 そんな俺を畳み掛けるように、光が足元に置いてあった物を差し出してくる。


 有名な男性向けカジュアルブランドのロゴが入った買い物袋。


 その中には、今日俺が選んでもらった水着が入っている。


「ここは今から私たちだけのプライベートビーチになるんだから!」


 後から考えれば、この時の俺たちは完全にのぼせ上がってたとしか言いようがない。


 恋人同士で過ごす初めての夏の熱気に。

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