第6話:勝負と罰ゲーム その2
「よ、呼び捨て……?」
「うん、簡単でしょ?」
「……一回だけ? それとも今日中?」
「もちろん、これからずっと。ちなみに敗者に拒否権はありません」
ゲームで一回勝っただけとは思えない絶大な要求が突きつけられた。
「それはもう少し……段階を踏んだ方が……」
「……お兄ちゃんは『大樹さん』って名前で呼んでるのに?」
「うっ……」
ギロりと睨みを利かせるような口調で言われた正論に、反論の言葉を失う。
「ほら、言ってみて? ひ・か・る……って」
「ひ、光さ――」
「さんは要らない」
なんとか見つけ出した妥協点が、すかさず制圧されてしまった。
顔には相変わらず満面の笑みが浮かんでいるが、それが余計に有無を言わさない圧を感じさせる。
女子を呼び捨てにした経験なんて、これまでの人生で当然一度もない。
ただ、俺が敗者なのは事実だ。
色々と言いたいことはあるが、ゲーマーとしてそれは受け入れなければならなかった。
「……光?」
意を決して、その重たい三文字を口にする。
「疑問形になってたからもう一回」
き、厳しい……。
「光……」
「せっかくだからおまけにもう一回」
「光」
「なーに? れーやくん」
語尾にハートが付いているような甘ったるい口調で返される。
この羞恥プレイのような居た堪れなさの中では、自分も名前呼びになっていることなんて限りなく些細なことだった。
「それで……次は俺が選ぶ番ってことでいいんだよね……?」
「うん、好きなの選んでいいよ。もちろん、今度も負けたら同じ罰ゲームね」
もう自分が勝っているかのような余裕の口ぶり。
そんな彼女を下してみせるには、一体どのゲームを選べばいいのか……。
頭を捻らせながらライブラリを順番に眺めていくが、どれも無謀に思えてくる。
ゲーム歴では俺の方に分があれど、人間性能には圧倒的な開きがある。
アクション要素のあるゲームは何をやらせても上手いと考えるべきだろう。
同じ理由で、シューター系のタイトルを選ぶのも危険だ。
……となると、選べるのは反射神経や判断力よりも経験と思考力が試されるゲーム。
けれど俺の得意なシミュレーション系は時間がかかりすぎるし、そもそも向こうが未プレイなら選べないルールだ。
つまり、ここは――
「じゃあ、あれにしよう」
パソコンから離れて、テレビの下にある棚から別のコントローラーを取り出す。
入力端子を切り替え、画面の表示させたゲームを見て彼女もほくそ笑む。
「なるほど~、そう来たかぁ~……」
選んだタイトルは『フルーツゲーム』。
俺たちにとっては縁も深い落ち物パズルゲームだ。
細かい操作を要求されないこの作品であれば、盤外戦術は無効化される。
何より運要素も強いし、人間性能に関係なく五分の勝負が出来――
「いえーい! 私の勝ちー!」
俺の果物が箱から飛び出した瞬間に、隣で高らかに勝利が宣言される。
最終的なスコアは3700対7500で、ダブルスコアの敗北。
先攻の彼女に、二人であれだけ苦労したダブルパラミツを容易に達成された。
勝負強いにも程がある。
その状況下の後攻で挑むのは、既に大勢が決した戦地へと送り出されるような心地だった。
「さーて……次は何をしてもらおうかな~……」
隣から
よくよく考えてみれば、天運でこの人に勝てるわけがなかった。
五分の勝負に持ち込んだつもりが、自ら敗北を招いていたとしか言いようがない。
甘んじて敗北を受け入れよう。
「じゃあ、そこで座ったまま足を開いて?」
「……足? 開いたけど……」
言われた通り、ベッドに腰をかけたまま足を左右に開く。
「おじゃましま~す」
すると、彼女がその間にすぽっと収まってきた。
「あの……これはどういうこと……?」
「今日は帰るまでこの体勢でってこと」
「ゲームやる時もこのまま……?」
「もちろん! さーて、次は何にしようかなー……」
俺にもたれかかるように浅く座り、彼女は再びゲームを選び始めた。
意識するなという方が無理なくらいに密着した体勢。
鼻の前にある頭頂部からは、女子特有のフローラルな香りが流れてくる。
「これにしよっと。一回でどっちが先に進めたかで勝負ね」
「あっ、うん……了解」
手渡されたコントローラーを構えると、自然と後ろから抱きかかえるような体勢になってしまう。
それが更に彼女の何かを刺激したのか、更にもたれかかって密着してくる。
そんな状態で勝負に集中できるわけもなく、俺は敗北に敗北を重ねた。
「じゃあ、次はこのチョコレートを食べさせてもらおうかな」
その度に彼女は、俺に様々な要求をしてきた。
「これから私が上手なプレイをしたら、よしよしすること」
回を重ねるごとに、その内容はどんどんエスカレートしていく。
元々天真爛漫で、子供っぽいところのある性格だとは思っていた。
けれど、今の甘えたっぷりはまるで幼児退行したかのようだ。
もしかしたら今までは皆の前でセーブしていただけで、これが彼女の本来なの姿なのかもしれない。
「んー……次は何にしようかなー……あむっ」
五度目の敗北を喫した俺は、彼女の口元にチョコレートを運びながら次の沙汰を待つ。
「せっかくだから一度だけ、罰ゲームらしい罰ゲームでもしとこっか」
彼女は自分のカバンに手を伸ばして、中から小さなポーチを取り出す。
それをベッドの上に置いたかと思えば、身体をその場で180度回転させた。
今度は彼女が足を開いて俺の膝の上に跨り、対面する形になる。
「こ、今度は何をさせられる感じ……?」
これまで以上に危険な体勢に息を呑む。
彼女が僅かに身じろぎするだけで、ダメなところに刺激が与えられる。
それでも決して臨戦態勢にはならないようにと己を律する。
「今度は~……黎也くんにお化粧をさせてもらいま~す」
目の前でニヤリと笑うと彼女は、ポーチの中から筆のような道具を取り出した。
「け、化粧……?」
「うん、一度やってみたかったんだよね。黎也くんって割りと童顔だから似合いそうだし」
「いや、でも……男が化粧って流石に……」
「最近は男の子でも結構してる人いるよ? Tiktakとかミンスタでもよく見るし」
そう言いながら、楽しげに準備が進められている。
筆みたいなものに、ペンみたいなもの。
男の俺にとっては、全く馴染みのない道具の数々が並べられていく。
「ほら、動かないで」
「ま、まじですんの……?」
これまでのどんな状況よりも近くで彼女の目を覗きながら尋ねる。
「もちろん、だって罰ゲームだもん。敗者は勝者の言うことを聞く……だよね?」
妖艶な笑みを浮かべながら彼女が言う。
「分かった……。でも、お手柔らかに……」
覚悟は決まった……わけではないけれど、今の彼女に逆らうなんて俺には無理だった。
「それじゃ……目、瞑って?」
言われた通りに目を瞑ると、視覚以外の感覚が更に鋭敏になる。
両腿にかかる心地よい重み。
鼻孔をくすぐる女子特有の甘い香り。
触れ合う場所からは、熱いくらいの体温も伝わってくる。
確かにガン攻めすると宣言はされたが、もはや距離感が近いなんてレベルじゃない密着。
第二形態となった彼女の
ひょっとすると俺は、開けてはいけないパンドラの匣を開けてしまったのかもしれない。
顔の表面に空気を通しても体温が伝わってくる。
吐息が微かに顔にかかっている。
目を開ければ、彼女の顔がこれまで見たどの距離よりも近くにあるんだろう。
天国のような心地……ではなく、俺は今まさに天国にいるのかもしれない。
心臓を高鳴らせながら、なすがままにされるのを待つ。
しかし、しばらく経っても顔に何かが触れる気配が一向にない。
薄目を開けて状況を確認すると、彼女は俺の顔をじっと見たまま固まっていた。
「……どうかした?」
目を開けて、難しそうな表情の彼女に尋ねる。
「やっぱり……なんか嫌かも……」
さっきまで乗り気だったのが嘘のように、彼女は躊躇いの言葉を紡いだ。
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