第7話:勝負と罰ゲーム その3
「だ、だよね……やっぱり、男に化粧なんて……大事な道具に変なもんが付いたら――」
「んーん、そうじゃなくて……これ以上、カッコよくしたくないなって……」
「……へっ? ど、どういうこと……?」
考えてもいなかった言葉に、思わず変な声が漏れる。
「だって、他の子に取られちゃうかもしれないし……」
服の裾を掴まれながら、ともすれば泣きそうな声でそう言われる。
「取られ……いや、いやいやいや……心配しなくても、それは無いんじゃないかな……」
俺は依然として、スクールカーストの底を漂っている塵のような存在だ。
他の女子が俺に靡くなんて、天地がひっくり返ってもありえないから心配しなくてもいい。
……と自分を好いてくれている人に、そこまでは流石に言えないけれど。
「そんなの分かんないよ……絢火だって、黎也くんのこと良い人だって言ってたし……」
「それは社交辞令的なもんで、男としてって意味ではないんじゃない……?」
そもそも『良い人』と『好きな人』の間には天と地ほどの差がある。
なんなら、一度『良い人』に分類されると逆に恋愛対象にはならないって話も聞く。
「それに今の俺は、あさ……光のこと以外を考えてる余裕なんて全く無いし……」
「ほんとに……?」
「そもそも何人もの女子の相手を出来るような器用な人間だったら学校でも、もっと上手く立ち回れてるって」
苦笑しながら言うと、彼女もクスクスと笑った。
そんな姿を見て、以前に大樹さんが『気分屋でめんどくさい』と評していたのを思い出した。
確かに、人によってはそう思うような性質かもしれない。
けれど、俺は彼女が新しく見せてくれたそんな側面さえ愛おしく感じてしまっていた。
「それより、そろそろ帰らないといけない時間じゃない?」
時刻は19時に差し掛かろうとしている。
帰ってきてからあっという間に、三時間が経過していた。
二人で一緒に遊んでいると、まさに光陰矢の如しで時間が経つ。
「ん……そうかも……」
……と言いながらも、顔を胸元に埋めたまま離れようとしてくれない。
「でも、後二分だけ……」
裾を掴んでいた手が、背中の側へと回されて完全に抱きつく形になる。
明らかに後二分で済ませようとしている人の行動じゃない。
「……二分経ったけど?」
「じゃあ、後五分」
案の定、二倍以上のオーバータイムがあった。
「……五分。ほら、そろそろ離れて」
「やだぁ~……」
引き離そうとすると、背中に回された手を強くホールドして抵抗される。
向こうは全く気にしていないのか、あるいは意図的なのか腹部に胸をギュッと押し付けられている。
服と下着を挟んでいるとはいえ、平均よりは結構大きいんだろうなというサイズ感も生々しいくらいに分かってしまう。
「やだって……」
「延長。後一時間」
なんだか子供のお守りをしているような気分になってきた。
このままずるずると行けば、また今日も泊まるとか言い出しかねない。
けれど明日も学校があるし、着替えも何もない状態でそれは承服しかねる。
「一時間って……冗談はそのくらいにして、いい加減離れてくれないとまずいって……」
なんとか耐え続けてきた俺の男の部分も、そろそろ限界が近い。
「やだぁ……」
心を鬼にして本格的に引き離そうとするが、やはり抵抗される。
「また週末に来るんだし……」
「後四日も我慢できない」
「そこは何とか我慢してもらわないと……」
「う~……じゃあ、最後にぎゅーってして……?」
「……それは、中断されてた最後の権利を使うってこと?」
「んーん……好きな人へのただのお願い」
そう言うと彼女は胸元に埋めていた顔を僅かにずらして、上目遣いで要求してきた。
「うぐっ……」
最大火力の一撃に、辛うじて残っていた俺のHPゲージは0になった。
「じゃあ、したらちゃんと離れてくれる……?」
「うん」
少し白々しさを感じる短い返事。
しかし俺に拒絶できるわけもなく、意を決して彼女の背中に両手を添えた。
そのまま、軽く力を込めて身体を引き寄せる。
歴代で最も彼女に接近した瞬間が、一日に内に何度も更新されていく。
まるで違う生物かと思うような心地よい柔らかさを身体全体で感じる。
「えへへ……黎也くんの心臓の音が聞こえる……」
嬉しそうな声が胸元から響き、背中に回されていた手に一層の力が込められる。
「出来れば、あんまり聞かないで欲しいかな……」
多分めちゃくちゃ高鳴っていて、感情がダイレクトに伝わってしまう。
正直言って、幸せ過ぎて死にそう……いや、もう死んでるのかも……。
たった数秒で得られた幸福感がすごすぎて、俺の方からも離れたくなくなってきた。
「……はい、終わり」
けれど流石にそういうわけにもいかず、彼女の両肩を掴んで互いの身体を引き離した。
「む~……短くない……? 全然、足りないんだけど~……」
「いや、ほんとに……もう勘弁してください……」
不満げにされるが、これ以上の接触は健全な男子高校生には少し刺激が強すぎる。
抑えが利く間に引いてもらわないと何が起こるか分からない。
「仕方ないな~……じゃあ、続きはまた土曜日ってことで」
流石にこれ以上は続けられないと自分でも思ったのか、光が立ち上がって帰宅の準備を始める。
俺も立ち上がり、深呼吸で情緒を抑えて彼女を送る準備を整える。
二人で順に部屋から出ると、まるでそれがスイッチだったかのように彼女の甘えたモードは終了した。
並んで歩いて駅まで送り、次の約束をして別れる。
改札口に背を向けて、自宅に帰ろうとしたところでスマホにメッセージが届く。
『今日は楽しかった! 次は土曜日ね! 大好きだよ!』
それを見て頬が緩んだのも束の間……ある事に気がつく。
今日、彼女が何度も何度も俺に告げてくれたその言葉を、自分からは一度も言えていなかったことに……。
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