第7話:余りもの仲間
あの日から二日が経ち、この世で最も憂鬱な月曜日を迎えていた。
ああ、早く帰ってゲームしてぇ……。
窓際の最後列の自席でそう思うこと本日二十回目。
時刻はまだ十二時になったばかりで、四時間目の数学の真っ最中。
教壇では初老の教師が、虚数だ複素数だのと不可解な言葉を述べている。
ここからまだ三時間以上も、この拷問紛いの時間が続くと考えるだけでしんどい。
現実から逃避するように、最後列から教室を見渡す。
授業態度と黒板からの距離は概ね比例しているなー……なんて考えながら視線を流していると、最前列の席に座る朝日さんの後ろ姿が目に入った。
ゲームと同じくらいの真剣さで、板書を熱心にノートに書き写している。
俺とは位置も熱意も、何もかもが対照的。
あれから二日が経ち、今では彼女が俺の部屋でゲームをしていたのは夢だったんじゃないかとさえ思えてきた。
普段にも増して授業に集中できないまま、四時間目が終わる。
昼休みが始まるのと同時に、授業中の静けさから一転して教室内が賑わい出す。
「
「いいけど……私、今日お弁当じゃなくて学食だから」
「じゃあ、学食で一緒に食べよ! あっ、確か今日の日替わり定食ってエビフライだったよね! 私のオカズと交換しよ!」
「なんで私が日替わり定食を頼むこと前提なの……?」
まだ鐘も鳴り止まない中、真っ先に朝日さんがクラス委員の
二人は小学校の頃からの親友らしく、昼休みには毎日見る光景。
そこに他の一軍女子も合流し、まるで姫とその親衛隊のようなグループが出来上がる。
当然、俺がそこに誘われることはない。
一軍男子が率いる男女混合グループ、部活繋がりの仲良しグループ……。
まるで学内での序列がそのまま行動順であるかのように、クラスメイトたちは次々と分かれていく。
そうして皆の動静が概ね決まったところで、ようやく俺の行動順が回ってきた。
カバンの中から通学途中で買っておいたビニール袋を取り出し、静かに教室を出る。
渡り廊下を通って、本校舎から隣の別棟へと移動する。
そのまま今度は階段を登り、三階の廊下を歩いて多目的室Bに入り……
「うーっす……」
あまり使われず、雑多に並べられた座席――先に着いていた先客へと挨拶する。
「よっ」
「やあ」
スマホを片手に弁当を食べている二人が、同じように味気のない挨拶を返してくれる。
一年の頃からの数少ない友人……と呼べば聞こえは良いが、実態は他のグループには馴染めなかった余り物陰キャ仲間。
わざわざこうして人目に触れない場所で昼食を取っていることからも、その立場は察して欲しい。
自分も適当な席に座って、袋から買ってきたサンドイッチを取り出して食す。
毎日こうしてなんとなく一緒に食べているが、いつも会話が弾むわけではない。
遠くから見れば三人ともまとめて陰キャでも、寄って見れば各々全くの別個体。
颯斗がスマホで動画を見ている隣で、悠真はソシャゲのガチャに一喜一憂している。
その向かいで俺はおもむろに、携帯ゲーム機型ゲーミングPC『Streamdeck』を取り出した。
さて、今日は何をやろうか。
悪夢のような授業が再開するまでの五十分。
陰りある学園生活で、唯一の至福の時間を過ごそうとしていた俺に――
「学校にそんなもん持ってきてる高校生って、全国でお前くらいじゃね?」
颯斗が醒めた口調でツッコミを入れてきた。
「そんなもんって言うなよ。それに、俺以外にも四、五人くらいはいるだろ……多分」
「いても四、五人かよ……」
「ちなみに今日のゲームは……『Poglin』だ!」
中身の入った弁当箱くらい重たいゲーム機の画面を、片手で持って二人に見せつける。
Poglinは、StS系ローグライクとパチンコを足して割ったような内容のゲーム。
1プレイが短く、昼休みという限られた時間に遊ぶのはちょうど良いタイトルだ。
「聞いたことねぇ~……」
「可愛い女の子いなくない?」
いつも通り、興味のなさそうな冷たい反応が二人から返ってくる。
「ったく、お前らはいつもそれだな……見ろよ、これを! 絶妙につぶらな瞳をしたゴブリンが転がした玉で、パチンコして敵を倒すんだぞ!? たまんないだろ!?」
「いや、全然。自分でやるより他人が配信してるのを観てる方が楽でいいわ」
「僕は可愛い女の子が出てないとやる気にならないかなあ」
なんて素晴らしく友達甲斐のある二人だ。
そんな連中と各々が好きなことをしながら、たまに数言だけ交わす濃密な時間が続く。
そうして昼休みの残りが十分程になり、そろそろ教室に戻ろうかというところで――
「あー……俺も彼女欲しー……」
机に突っ伏した颯斗が、いつにもまして悲痛な声でそう言った。
「いきなりどうした? 春の陽気にやられたか?」
「昨日、うちのクラスの小宮がA組の藤本さんと腕組んで歩いてるのを見たんだよ……」
「藤本さんって……陸上部の?」
俺は知らない名前だったが、悠真は知っていたのかスマホから視線を外して食いつく。
「そう、長距離専門の美脚で有名なあの藤本さんだ」
「よく違うクラスの女子の情報なんて知ってるな」
「同学年の可愛い女子は全員チェック済みだからな」
それはなかなか気持ち悪いな……と心の中で思うだけで留めた。
「二人で、すっげー仲良さそうに歩いてんの……これぞ青春って感じでよ……」
「小宮くんもかっこいいから並んでると絵になりそうだね」
「そんな青春を満喫してる二人がいる一方で……俺はコンビニで買った唐揚げを片手に、もう片手ではスマホでショート動画……」
「歩きスマホは普通に危ないから止めとけよ」
俺の冷静なツッコミはスルーされ、その慟哭はまだ続く。
「それがもう惨めで、悲しくて……どうして俺はあんな青春を過ごせずに、こんなところで男三人むさ苦しく昼飯を食ってるんだろうって……」
「でも、これはこれで楽しくない? 気兼ねなく過ごせるし、僕は好きかな」
「うっせぇ!! 俺は高校三年間の思い出が、多目的室で男とダベってただけなんて絶対にごめんだ!!」
「で? 結局、何が言いたいんだよ。そろそろ教室に戻らないと授業始まるぞ」
机が両手でバンと叩かれ、演技がかった所作で颯斗が立ち上がる。
「夏休みまでに俺も彼女を作る!!」
そして、俺たちには高すぎる目標が高らかに宣言された。
「そうか、頑張れよ。応援してるから」
風間議員の所信表明を適当に聞き流しながら、食べ終えたゴミを片付けていく。
「そもそも一年の間に女子と全く交流できなかったのに、今更無理でしょ」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、的確に急所を深くエグっている悠真。
これならまだ俺の心にもない応援の方が心優しい。
「う、うるせぇ! そんなこと言ってお前らはどうなんだよ! 彼女欲しくねーのか!? 欲しいだろ!?」
「んー……欲しいか欲しくないかと言われれば欲しいけど、そこまで必死にならなくてもいいかなー。今は推し活で満足してるしね。ほら、見て見て」
そう言って、スマホの画面に映った完凸SSRキャラを自慢気に見せてくる。
これ1キャラに何万だか何十万だか掛かっているらしい。
「お前に聞いた俺が悪かった。黎也はどうなんだよ? 彼女欲しくねーの?」
「同上。そこまで必死になるほどは欲しくない」
「けっ……そうかよ。まあお前には、あの美人で巨乳の従姉弟がいるもんなー。毎日、放課後にはあの人と二人で過ごしてんだろ? そりゃそこらの女になんて興味持てねーよな」
「人聞きの悪い言い方するなよ……店の手伝いしてるだけだろ……」
平日の放課後はほぼ毎日、俺は従姉弟が経営する洋食屋の手伝いをしている。
そこに行ってみたいと懇願されて、前に一度だけ二人を招待してしまった。
それ以来、こうして度々会話のネタにされては連れて行ったのを後悔している。
「まあ冗談はおいといて……可愛い彼女と肩を並べてゲームしたいとか思わねーの?」
「肩を並べて、ねぇ……」
「そうだよ。ピンチの彼女を颯爽と助けて、キャー素敵ー! 抱いてー! みたいな!」
「はぁ……お前はなんも分かってねーな」
小芝居を交えながら力説する颯斗に対して、呆れるように頭を抱える。
「何がだよ」
「いいか? 俺にとってゲームってのは抑圧された魂の解放……つまり、ゲームをやる時はな。誰にも邪魔されず、自由で……なんというか救われてなきゃダメなんだ。俺が如何にモテない陰キャオタクだとしても、そんな下心を丸出しで作品と向き合うのは失礼――
……なんて偉そうに話した日から四日後の土曜日。
「パパ! 釘打って、釘!!」
「りょ、了解!」
俺は朝日さんと肩を並べて座り、コントローラーを握っていた。
彼女が俺を『パパ』と呼んでいるのは、特殊なプレイの一環ではない。
この状況は全て、彼女が先週の土曜日に発したある一言に端を発している。
『せっかくだし、今度は二人で出来るゲームとかもやりたくない?』
その言葉を受けて、俺は二人で出来るゲームを探した。
面白く、盛り上がり、且つゲーマーとしての自負を満たせる作品。
頭も身体も捻りに捻って考えた末に、俺はあるゲームの存在を思い出した。
『It Needs Two』
著名なゲーム賞も受賞した二人プレイ専用のアクションアドベンチャーゲームである
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