第8話:二人プレイ専用
二人プレイ専用ゲーム。
二人でも遊べるソロゲーでもなく、ましてや三人や四人以上でも遊べる多人数マルチプレイゲームでもない。
文字通り、二人プレイ以外のモードが存在しない。
それがこの『It Needs Two』だ。
しばらく前に気になって購入したのは良いものの。
よく考えれば一緒に遊ぶ相手がおらず、ライブラリの底で埃を被っていた積みゲーの一つ。
朝日さんの言葉で、その存在を思い出して今日二人でやることになったのだが……
「ふむふむ……最初に操作するキャラクターを選ぶんだー」
タイトル画面から夫婦喧嘩らしきムービーに続き、操作キャラの選択画面に入る。
「影山くんはどっちにする?」
「ど、どっちにするかな……」
画面には、先の夫婦の娘と思しき女児が手に持った二つの人形。
このどちらかを選んで操作するゲームらしいが、それらの見た目は娘の両親をモチーフにしている。
長年の経験によって、物語を通して冷え切った夫婦関係の修復していくゲームなのだと直感した。
きっと制作者は、実際の夫婦やパートナー同士でのプレイをまず想定している。
そうでないにしても同性の友人とワイワイやるゲーム。
恋人でもない異性とやるには、いささか重たいゲームを選んでしまったと頭を抱える。
「何が違うんだろうね? 見た目だけかな?」
「さ、さあ……どうなんだろ……」
男だからと夫を選べば、必然的に朝日さんは妻の方になる。
クラスメイトでしかない女子にそれを押し付けるのは、かなり生々しい。
うわ、こいつ……こんなゲーム選んで、私の旦那気取りかよ……。
とか内心で思われたりするんじゃないかと恐ろしくなる。
それに女性だからと妻役を押し付けるのは、昨今のジェンダーロール的な観点からしても問題があるかもしれない。
かと言って、妻の方をあえて選ぶのは変に意識してると思われそうだ。
俺の陰キャマインド的には、どちらを選んでも地獄オブ地獄。
せめてキャラクター毎の役割が明らかになっていれば、それを言い訳に出来たのに……。
「じゃあ、私はこっちにしよーっと!」
なんて悩む俺を置いて、朝日さんはノータイムで妻のキャラを選択した。
「そ、そっちにすんの……?」
「うん、せっかくだし男女で合わせた方がよくない? 影山くんはパパの方で」
……何がせっかくなんだ?
俺が知らないだけで、
「じゃあ、そういうことなら俺はこっちで……」
内心で激しく戸惑いつつも、表向きは平静を装ってキャラを選択する。
これでとりあえず、自分が選んだわけではないという言い訳は出来た。
気を取り直して、画面上のムービーに意識を集中させる。
予想していた通りに、作中では主人公夫妻が離婚の事実を一人娘に告げている。
隣では、そんな娘に感情移入しているのか朝日さんはやや神妙な面持ちを浮かべていた。
そうしてオープニングが終わり、二人が人形の姿になったところでいよいよ操作パートが開始される。
「おー……結構機敏に動くね。操作してて気持ちいいかも」
スティック操作で、キャラクターをその場でグルグルと動かしている朝日さん。
俺もこれ以上余計なことを考えないように、淡々と探索を開始する。
「あっ、ここを押すと向こうが開くみたい」
「なるほどー、そっちのスイッチを押されてる間に私が先に行くんだ」
基本はジャンプアクションを用いたシンプルな3Dアクションゲーム。
二人で協力しながらギミックを解いて、ステージを先へと進んでいく内容のようだ。
「パパー! こっちこっち!」
操作感もよく、面白さの面でハズレではなさそうだけれど……
「じゃあ、次はパパがこっち来て!」
……この女、わざとやってんのか?
自分が変に意識しないようにと思っているのに、向こうがその呼び方を定着させてきたことだけが想定外だった。
「グラフィックもすごい綺麗だねー。ほら、こんなところの汚れまで」
「うん、生活感があるっていうか……細部までめちゃくちゃ作り込まれてる」
しかし、それもゲームの世界へとのめり込んでいくにつれて少しずつ気にならなくなっていく。
息を呑むような美麗なグラフィックに、次々と提供される新しいギミックによる手触りの良い遊び心地。
ある時は3Dアクションであり、ある時は2D横スクロールになり、またある時はTPSシューターになる。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように豊富なバリエーションのゲーム体験に、俺たちは時間も忘れて没頭した。
そうして開始から数時間が経ち、小休止的なカットシーンが流れている最中――
「そういえば、影山くんのお父さんとお母さんって何してる人なの?」
不意に、朝日さんがそんなことを尋ねてきた。
「うちの両親なら今は、インドにいるけど」
「インド!? インドってあのカレーの本場のインド!?」
珍しく、かなり驚いたような反応が返ってくる。
両親がインドにいて、息子が一人暮らししているというギャルゲでもなかなかない奇妙な設定。
流石の朝日さんでも興味を惹かれたらしい。
「そう、そのカレーの本場のインド」
「へぇ~……お仕事の関係で海外出張的な?」
「そう、父さんの勤めてる会社が向こうで新事業の展開するらしくて。そのプロジェクトの重要な役割を任されたとか」
「すご~。それでお母さんもついていって、影山くんだけ残って一人暮らしなんだ」
「まあ、そんな感じ。最初は父さんだけで単身赴任する予定だったけど。海外で一人なのは心配だからって、結局母さんもついていくことになって。今の内に慣れておけって、俺は一人暮らしに」
「はえ~……それは大変そうだねー」
「確かに大変なことも多いけど、夜更かししたり休みの日にダラダラしてても誰にも文句を言われないのは気楽だな」
「あはは! それは確かにそうかも」
何かしら身に覚えがあったのか、朝日さんが声を上げて笑う。
「でも、すごく仲の良さそうなお父さんとお母さんで羨ましいなー」
「羨ましい? うちの両親が?」
「うん、結婚して子供ができて、大きくなって……それでもずっとすごく仲の良い夫婦って憧れない?」
「ど、どうだろ……仲が悪いよりは良いと思うけど……」
急に、自らの夫婦観について語り出した朝日さんに困惑する。
画面の中ではちょうど主人公夫妻が、離婚するに至った不仲の原因について話し合っていた。
もしかして、このゲームのストーリーに感化されてる……?
「私さ。おじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで二人で買い物に行くみたいな人の話を聞くと、いつも素敵だなーって思うんだよね。影山くんのご両親は、まさにそんな感じじゃないの?」
「う~ん……とりあえず、アラフォーになっても腕を組んで買い物には行ってたな……」
まだ両親が日本で共に暮らしていた時の姿を思い出す。
買い物に行くときはいつも二人で、俺がいても構わずイチャつく。
正直息子としては結構きついものがあったが、それを理想的と見る人もいるらしい。
「それ、すっごくいいなぁ~……」
どこでもない虚空をぼーっと見上げながら呟く朝日さん。
どうやらお世辞を言っているわけではなく、本当にそんな夫婦に憧れているらしい。
学年一の人気者、カースト頂点の美少女、女子スポーツ界の次世代アイドル。
そういう表面上のレッテルではなく、初めて彼女の芯の部分に少し触れた気がした。
それが色々なものをすっ飛ばして、いきなり夫婦観というのは奇妙な話ではあるが……。
「……じゃあ、手始めにこの二人をそんな仲良し夫婦に戻してあげますか」
カットシーンが終わり、次のステージへと到達した自キャラたちを示して言う。
数拍の間の後、意味を理解した彼女がいつものように笑みを浮かべる。
「うん、そうだね。さーて、次はどんなステージかなー」
再びコントローラーを握りしめて、二人でゲームの世界へと舞い戻った。
謎解きの場面では二人で頭を抱えて悩み、ボス戦では声を出し合って協力する。
何の罪もない象のぬいぐるみを夫婦で協力して惨殺するシーンでは、揃ってドン引きした。
颯斗にああ言った手前、認めるのは少し癪だったけれど、誰かと二人で肩を並べてするゲームは確かに楽しかった。
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