第6話:また
以降も彼女は順調に物語を進めていった。
時折ピンチに陥りながらも、持ち前の人間性能の高さを活かして打開する。
もはや彼女の快進撃を止められるものはないんじゃないか、と思い始めた時――
『ヒョオオオオオオオオッッ!!』
天守の屋根上を歩いていた主人公に、前触れもなく空から飛来してきた敵が体当たりした。
八割ほど残っていた体力ゲージが一瞬で空になり、画面に『死』の一文字が表示される。
「えっ……えええぇー!?」
空から飛来した突然の初見殺しに思い切り狼狽える朝日さん。
そんな彼女を見て、俺は――
「ぷっ……あっはっはっは!!」
堪えきれず、声を上げて笑ってしまった。
「何、今の!? 変なのが空から飛んできて一発で死んじゃったんだけど!」
「あれは、結構みんな引っ掛かる初見殺しだから。こ、こんな綺麗に死んだ人はそう見ないけど……くくっ……」
笑いを堪えながら何とか解説する。
「え~……せっかく死なずにここまで来られたのにぃ……」
「いやいや、これでも十分すごいって」
「でも、悔しいものは悔しいしぃ……ん~……もう一回!」
彼女は不満そうに手元のボタンを押してリトライする。
それからも全く死なずに……とは流石にいかなかったが、初見プレイとは思えない凄腕によって彼女は順調に物語を進めていった。
一方の俺は、心からゲームを楽しんでいる彼女に当初の目論見も忘れて見入ってしまっていた。
その豊かな感情を隠さずに遊ぶ彼女を横で見ているのは、まるで質の高い実況プレイを独り占めしているような気分だった。
気がつけば、自然と笑い、自然と会話するようにもなっていた。
しかし、そんな彼女の快進撃を遂に止めるものが訪れた。
「あっ、もうこんな時間だ……」
テレビの上に掛けられた時計を見て、朝日さんが名残惜しそうに言う。
時計の針はちょうど18時半を示していた。
「ん~……いいところなんだけどなぁ……」
と言いながら、手元ではコントローラーを操作し続けている。
優れた腕前で物語はかなり順調に進められたが、クリアにはまだ遠い状況。
俺なら十分後に授業が始めるとしても、ここで止めるならサボるのを選ぶ。
しかし、優等生の彼女は当然そこまでの選択肢を選ばなかった。
「でも、仕方ないか……今日はここで終わろっと」
ゲームが終了され、コントローラーが机の上へと置かれる。
「あ~、楽しかった~! でも、なんかごめんね。私だけずっと遊んでて」
「いや全然そんなこと……俺も良いものを見せてもらったっていうか……普通に楽しかったし……」
申し訳無さそうに言う朝日さんに、本心で応える。
最初は初見プレイで死にまくるのを見て楽しむはずだった。
しかし、気がつけばそんな目論見は記憶の彼方に消え去り、普通にこの状況を楽しんでいた。
「だったらまた来てもいい?」
「またって……ここに?」
「うん! せっかくだし、今度は二人で出来るゲームとかもやりたくない?」
キラキラと輝く、屈託のない笑みを浮かべる光属性の誘い。
可愛い女子と肩を並べてゲーム。
ゲーマーならきっと一度は妄想したことのある甘美なシチュエーション。
ここで首を縦に触れば、それが実現する状況にも拘わらず――
「ま、まあ……機会があれば……」
そこで尚も曖昧な返答しか出来ないのが、陰キャの陰キャたる所以。
「それはいいよってこと?」
「ぶ、部分的には……」
戸惑いすぎて、思い浮かべている人物を的中させるランプの魔人みたいな言葉しか出てこない。
「なら次はいつにしよっか? あっ、でも影山くんってバイトしてるんだっけ? だとしたら今から予定を合わせるのは結構難しい感じ?」
「いや、バイトは基本的に平日の放課後で土曜は休みだけど……」
「じゃあ、来週の土曜日は?」
「今のところ特に予定は無いけど……」
「なら次は来週の土曜日で決まりね!」
「……なるほど」
凄まじい押しの強さで、あっという間に寄り切られた。
まるで死にゲーの初見ボスに、訳の分からん攻撃で即死させられたような心地になる。
そうして予期せぬ次の約束に戸惑いながら、玄関まで彼女を見送った。
「それじゃ、また来週……じゃなくて月曜日に学校で!」
「じゃあ、また」
きっと、今日一日だけで終わるであろうと思っていた分不相応な交流。
それがまだ続く、『また』という言葉を自ら口にしたことに不思議な感覚を覚える。
「じゃ~ね~!」
大きく手を振る彼女が廊下の端に達して階段を降りたのを見届け、部屋へと戻る。
俺一人になり、普段通りになったはずの部屋は何故か妙に暗く感じた。
椅子に座り、PCのスリープ状態を解除するとゲーマー用コミュニケーションアプリ『Thiscord』に通知が来ていた。
タスクバーで光っているアイコンをクリックすると、メッセージが表示される。
『おーい、いるかー?』
送り主は約一年前に知り合ったゲーム仲間の『B.F.樹木』。
ゲームの趣味などが合うことから親しくなり、今でもよくマルチプレイなどを一緒にやっている人だ。
『ちょうど今起動したところですけど、何か用ですか?』
メッセージを送り返すと、すぐに向こうが入力中の文言が表示される。
『土曜なのにこの時間までいなかったとか珍しいな』
『ちょっと来客があって対応してました』
『お前に来客とか輪をかけて珍しい』
『いや、俺にも来客くらいはありますって……』
知っているのは性別くらいで、所在地も分からない。
なんとなく年上っぽいので敬語は使っているが、年齢も知らない。
ただゲームという共通の趣味でのみ繋がっている関係だからこその風通しの良さに、ようやく本来の日常が戻ってきた感覚を覚える。
『まあなんでもいいけど。本題はランクマ行こうぜって話だ』
『いいですけど、引っ越しはもう一段落したんですか?』
『おう、口うるさい妹がいない間にPCもハードも全部引き上げてきた』
『樹木さん、妹いたんですね』
『可愛げのないのが一人な。まじでお前は俺のオカンかよってくらい口うるせーの。だから、妹に幻想を抱いてる世の中の連中に現実を教えてやるのが俺の役目だと思ってる』
『それこそどうでもいいんで、やるならさっさとやりませんか?』
長いやり取りの最後にそう送ると、メッセージの代わりにパーティ招待の通知が飛んできた。
『しゃー! やるかー!』
『また俺がサポですか?』
『ったりめぇだろ! 俺らのコンビネーションを見せてやろうぜ!』
『ならすぐに1vs9のスタンドプレイに走るのはやめてくださいよ、まじで……』
ぼやきながら自分のロールを選択して、マッチング開始ボタンを押す。
一分も立たない内にマッチングが完了し、ロード画面に入る。
その僅かな待ち時間に、ふとベッドの方を見る。
ほんの少し前までそこに彼女が座っていたのが、今ではまるで夢だったように思えた。
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