第5話:体幹
SEKIHYO――隻豹、こと忍者と侍のハイブリッドのような激渋オジを操作する戦国剣戟アクション。
いわゆる死にゲーに属するゲームだが、同社がそれまでに作ってきた同ジャンルのゲームと比べて軽快な動作が大きな売りとなっている。
特にHPゲージではなく『体幹』を崩すことで敵を倒すシステムは革命的で、実際に刀を持って戦うような剣戟戦闘の緊張感をプレイヤーにもたらした。
その事実を知ってか知らずか、朝日さんは笑顔でタイトルを指差している。
「……それ、かなり難しいけど大丈夫?」
親切心から忠告を試みる。
死にゲーと言うやつはその言葉の通り、とにかくプレイヤーを殺しにくる。
ザコ敵ですら高い殺意を持ち、複数体に囲まれれば序盤からあっさり死ぬことも多い。
特にボスともなれば初見で倒すのは至難の業。
打開するには数十回を超えて、時には三桁の挑戦回数が必要になることもある。
しかも問題なのはそれだけマゾいにも拘わらず、非常に中毒性が高く、途中で止めようとは思わないところ。
ボスに負ける度に、もう一回もう一回とリトライし続けて、気がつけば日が昇っていたなんてことはざらにある。
そこで勝てずに一旦止めてしまえば、学校や職場でもボス戦のこと以外は何も考えられなくなる。
頭の中では常に敵の攻撃を弾くリズムが刻まれ続けるし、無防備に背中を向けて歩いている人を見かけると忍殺したくなる、などなど……。
日常生活に支障が出たという報告も多々されているハードコアなゲームだ。
「うん、知ってる。同じ会社のシリーズは結構やったんだけど、これはまだだったからちょうどやりたいと思ってたんだよね」
「へ、へぇ……他のはやってんだ……」
「うん、ダメンズソールに……大工ソールも全部やったかな。だから全然大丈夫! むしろ結構得意なジャンルかも!」
「それなら、まあ……どうぞご自由に……」
PCの方でゲームを起動させて、コントローラーを手渡す。
「よーし! それじゃあやるぞー! 目指すは一回も死なずにクリア!」
「それは流石にきついんじゃないかな……」
隣に冷静にツッコミを入れながら、彼女のプレイを見守る。
画面の中ではまず、オープニングムービーが流れている。
開幕からいきなり戦国時代の血なまぐさい侍同士の殺し合いが繰り広げられている。
普通の女子高生ならここで、『うわ! きも! けだ森やろ!』となるところだが――
「おお……! 和風だあ……!! めっちゃ渋くて、この時点でもう最高~!」
彼女はその名を体現するように目を輝かせている。
コントローラーの持ち方さえも、どことなく堂に入っているように見えてきた。
「あっ、動かせる! さあやるぞー!」
そうしてオープニングを終え、いよいよプレイヤーの操作する場面になる。
さて、お手並み拝見といかせてもらおうか……。
大上段から見物客の気分でゲーミングチェアに腰掛ける。
死にゲーの楽しみ方は大きく分けて三つある。
一つは、右も左も分からない状態で苦難へと挑む初見プレイ。
次に、自らの腕前の向上を実感しながら世界の隅から隅までを味わうやり込み周回プレイ。
そして最後は、そのゲームの全てを理解した状態で、他人の初見プレイを上段から眺める腕組み愉悦プレイ。
今日はその三つ目を、特等席から楽しませてもらおう。
「ふむふむ……ソール系よりもキビキビ動くね」
チュートリアルの指示に従って、序盤の物語をスムーズに進めていく朝日さん。
確かにある程度の心得はあるようだが、果たしてその余裕がどこまで続くかな?
「体幹ゲージを溜めて……なるほど~! 防御が攻撃にもなってるんだ! わ~! 気持ちい~!」
ゲームの基本システムもすぐに掴んで、道すがらのザコ敵をサクッと倒していく。
「防御が攻撃になるっていうと他のシリーズにもパリィがあったけど、これは基本システムに組み込まれてるのがすごく斬新だねー。本当にチャンバラしてるみたいでたのしー。これ考えた人、天才すぎない?」
相変わらず、ゲームのことになると若干早口になっている。
しかし、早ければもう何回かは死ぬと予想してたけど、意外にやる。
俺の思惑に反して、瞬く間に最初のボス戦へとたどり着いた。
秋名源三郎――通称『ゲンさん』。
どこかの大工みたいな名前をしているが、最初に戦うボスとしては破格の強さを持つ。
向こうの攻撃は一撃で自キャラの体力を大きく削り、逆にこちらの攻撃は微々たるダメージしか与えられない。
しかもこの時点では有効な技もなく、回復アイテムも少ないと、勝つのは至難の業。
「はっ! ほっ! 跳んで……攻撃! ちょっと慣れてきたかも」
キャラクターの動作に合わせて、掛け声を上げている朝日さん。
……なんか、めちゃくちゃ上手くね?
画面の中で彼女の操作するキャラがボスの攻撃を弾き、隙を縫ってはダメージを与えている。
実はこのボス、本来なら倒す必要のない負けイベントの一種。
なので普通の初見プレイならほとんど何も出来ずに負けるはず、なんだけど……。
「ん~……かったいなぁ、この人……。いきなり体力が2ゲージあるってどういうことー……?」
善戦を通り越して、かなり押している。
もしかして、実は既プレイなのを隠してる……?
だとしたら一体何のために?
初見プレイを愉悦しようとした俺にマウンティングし返すため?
いやいや、流石にそんなことをするような性格の人じゃないだろう。
じゃあ、どうしてこんなに上手いんだと再び考えたところで、あることを思い出した。
彼女は単なるリア充ではなく、ガチガチのフィジカルエリートでもある事実を。
テニスの全国大会で優勝したとか、ジュニアの国内ランキングで何位だとか。
直接の交流はなくても、彼女の名声は海底に潜む俺のところまで届いてきていた。
そして、テニスといえば手のひら大のボールが百キロを超える速度で行き交うスポーツ。
つまり、覚えゲーを動体視力と反射神経のゴリ押しで攻略している……!?
その事実に慄く俺の前で、ゲンさんは彼女の手によって沈んだ。
「やったー! 勝ったー!」
戦慄している俺を他所に、朝日さんは無邪気に勝利を喜んでいる。
しかし、喜びの余りに彼女が両手を高く上げた瞬間だった。
勢いのままに着ている服が持ち上がり、俺の視界に素肌の腹部がガッツリと晒された。
引き締まったウエストに、適度な脂肪が乗った理想的なアスリート体型。
可愛い女子って、ちゃんとヘソの形も可愛いんだな。
ほんの一秒もない僅かな時間だったが、それは回避し損ねた危険攻撃並の衝撃だった。
「ねえねえ! 見てた!? 私、すごくない!?」
思わぬ出来事に呆然としていると、朝日さんが振り返って話しかけてきた。
その顔には、教室で皆の中心にいる時と変わらない満面の笑みが浮かんでいる。
「見て……いや、見てない! 俺は何も見てない!」
SEKIHYO風に、ゲージが三本くらいはありそうな体幹だったなとか考えてない。
「ええー! なんで見てないのー!?」
「な、なんでって……普通はあんまりまじまじと見るもんじゃないだろ……」
「いやいや、むしろ私はもっとじっくりと見てほしいくらいなんだけど」
「まじで……!?」
「もちろん……って、勝ったのに腕切られちゃったんだけど! なんでー!? それは卑怯だよー!」
それがゲームの話だと思い出したのは、画面の中で主人公が俺と同じく飛び道具による不意打ちを受けたのと同じタイミングだった。
『卑怯とは言うまいな』
いや、あれは卑怯だろ……と真っ赤な顔を隠しながら心の中で呟いた。
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