第4話:当日

「……よしっ! こんなもんでいいだろ」


 (自分比で)綺麗になった部屋を見て、満足気に頷く。


 光属性ボスの朝日光と、バス車内でエンカウントしたのが二日前。


 そうして今日、遂に約束たたかいの日を迎えてしまった。


 額の汗を拭い、スマホでメッセージアプリ『PINE』を立ち上げる。


『お昼食べてから13時頃に行くね!』


 表示されたメッセージの送信元は『朝日あさひ ひかる』。


 両親と従姉弟、後は僅かな友人とゲームの公式垢しかいなかった友達一覧に、今はテニスウェアを着た美少女のアイコンが燦然と輝いている。


「まじで来るんだよな……あの朝日光が、俺んちに……」


 やっぱり夢じゃないかと何度も思っては、同じメッセージを見て現実だと知る。


 時計は既に12時50分を指し示していた。


 レイドボスの到来まで後十分。


 いや、早ければ今この瞬間に到着してもおかしくない。


 ――ピンポーン。


 とか思ってたら本当に来た!!


 緊張に、まるでハードCC(行動阻害効果)を食らったように身体が硬直する。


 と、とりあえず一旦深呼吸して落ち着こう。


 呼び鈴は鳴ったが、すぐには開けない。


 すぐに開けたらまるで、来るのを待ち望んでいたかのように思われるかもしれない。


 ここは、タクティカルシューターでフェイク解除読みをするように一度待って……。


 ――ピンポーン。


 よし、今だ!!


 二度目の呼び鈴が鳴った瞬間に入り口へと向かう。


 第一声は何を言うべきか。


 いや、あまり深く考えるな。


 普通だ。


 普通に、『女子を家に招くなんてよくあることだけど?』的な感じで対応しよう。


 脳内シミュレーションを終わらせ、ドアノブを回して開くと――


「ちゃーっす。Amozonさんからお届け物やでー」


 ダンボールを持って立つ配達員の姿があった。


「あっ、ども……」

「ここやで、トントン(はんこ押すとこを指で叩きながら)」

「ういっす……いつもご苦労さまです」

「こちらこそおおきに! ほなまた!」


 ハンコを押してダンボールを受け取ると、足早に去っていった。


「なるほどな」


 独り言ちながら荷物をテーブルの上に置き、椅子に座る。


 ……死ぬほど恥ずかしい。


 わざわざ呼び鈴が二回鳴るのを待って、脳内シミュレーションまでしといて。


「何はしゃいでんだ、俺は……」


 自分が完全に『待ちわびてる奴』になってるのに気づいて、輪をかけて恥ずかしくなる。


「そういや何を注文してたんだっけ……」


 浮ついた気分を少しでも抑えようと、届いた荷物に手をかけた時だった。


 ――ピンポーン。


 再び、呼び鈴が室内に響き渡る。


「あー……はいはい、今開けますよー……」


 もうあれこれと考えるのも面倒だと、思考を放棄した状態で扉を開けると――


「やっほー! 来たよー!」


 今度は、満面の笑みを浮かべる朝日さんがそこに立っていた。


 十三時に来ると言ったのだから当然、居てもおかしくはない。


 おかしくはないはずなのに……。


 私服の朝日光が、自分の前にいる状況を飲み込むのに時間がかかる。


「んー……もしかして、まだ片付いてなかったりする感じ? 手伝おっか?」

「大丈夫! ちゃんと片付いてるから!」

「ほんとにぃ……? 見られちゃいけないものとか片付け忘れてたりしてない?」

「ない! そんなものは元から一切ないから!」


 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべる彼女に慌てて弁解する。


「じゃあ、入ってもいい?」

「も、もちろん……」


 扉を押さえたまま、少し横に退いて彼女を室内に迎え入れる。


 私服を纏い、紛れもなくプライベートの朝日光。


 快活な印象通りのカジュアルな服装。


 女性のファッション事情なんて流体物理学よりも分からないが、すこぶる似合っているのだけは分かった。


「おじゃましまーす! おおっ! 男の子の一人暮らしって感じだー!」


 大した躊躇もなく、敷居を超えて部屋へと入ってくる朝日さん。


 陰キャの俺的には重大な出来事も、陽キャ的には普通のことなんだろう。


 きっと男の部屋なんて、週三くらいのペースで訪れてるに違いない。


 なんなら自宅にいてもUberで注文してる可能性まである。


 平常心……平常心……。


 俺ばかりが意識しすぎて、変に思われないように……。


「そういえば私、男の子の部屋に入るのって何気にはじめてかも」

「は、はじめて……!?」


 突然ぶっこまれた事実に声が上ずる。


 そんな最強アイテムを、俺の部屋で消費すんの!?


 マスターボールを使う相手間違えてますよ!?


「うん。あっ、でもお兄ちゃんの部屋を含めたら厳密には初めてじゃないかも」

「へ、へぇ……お兄さんがいるんだ……」

「いるよー。三つ年上で、今大学二年生の。ゲームも元々お兄ちゃんのだったから、今月から一人暮らしするって全部持っていかれちゃったんだよねー」

「ああ、それで……」


 少ないやり取りで、いくつかの謎は解けた。


 しかし、そのためだけに禄に話したこともないクラスメイト……しかも一人暮らしの男子の家にレイドしてくるとは……。


 思っていたよりもレベルの高いゲーマーなのかもしれない。


「それじゃ……狭い部屋だけど、どうぞ好きに掛けてもらえれば……」

「うん、それじゃあお言葉に甘えて……よいしょっと」


 なんで初めて入った男の部屋でいきなりベッドに座る!?


 何の躊躇もなく、俺のベッドに腰掛けた彼女に慄く。


 こ、これもリア充界隈では普通のことなのか……?


 ナチュラルボーン陰キャマインドで、俺が意識しすぎているだけなのか……?


 確かに好きにどうぞと言われても、PCデスクの前にあるゲーミングチェアには座りづらいのは分かる。


 しかし、それでも普通は座布団の置いてあるところに座るだろ……。


 いや、待てよ……。


 うちのテレビ台は、ゲーミングチェアに合わせて少し高めの物を設置してある。


 つまり、床に座ると若干見上げる形になって微妙に画面が見づらい。


 一方で、ベッドに座れば高さも距離もちょうど良い塩梅になる。


 つまり彼女は部屋に入るや否や、ゲーミングにベストな場所を導き出したんだ。


 恐るべし、朝日光……。


「ほんとにゲームいっぱいあるね~……」


 慄然としている俺の心情など知る由もなく、彼女はテレビの下に並べてあるハードを見てうっとりとしている。


「一応、現行の主要ハードは全部揃えてるから」

「いいなぁ……うちにも全部あったのにぃ……。お兄ちゃんがぁ……」

「じゃあ、今日は心ゆくまで楽しんでくれれば……」

「いいの!?」

「まあ、せっかく来てくれたわけだし……」

「わ~い! じゃあ、どれにしよっかな~」


 棚に並んだソフトを食い入るように眺めている朝日さん。


「まだやったことないのがいっぱいあるな~……悩む~……」


 その姿はまるで、普通の女子高生がトングを片手にショーケースに並んだドーナツを吟味しているようだ。


「そこに並んでるの以外にも、デジタル版で買ったやつがこっちにもあるけど」

「え~……こんなに増えたらますます悩むな~……どれにしようかな~……」


 テレビにPC内のライブラリ画面を表示させると、彼女は更に険しい表情を浮かべた。


 ダウンロード版も含めれば俺の弾数は三倍以上になる。


 果たして、朝日光はその中からどのタイトルを選ぶのか。


 まさか俺に試されているとも知らずに、のうのうと悩んでやがる。


 しかし、ここで女子供がやるような軟弱なゲームを選ぶなら残念ながら失格だ。


「あっ! これ! これにする!」


 そんな俺の想いに呼応するように、彼女はライブラリの中にある一つのタイトルを示した。


『SEKIHYO:SHODOWS DYE TWICE』


 いわゆる死にゲーと呼ばれるハードコアなアクションゲームだった。


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