第3話:恐縮だが
バイオショッキング――地底都市を舞台にしたFPSスタイルのアドベンチャーRPG。
銃や超能力を駆使して戦うRPGシューターとしてのゲーム体験はもちろん、レトロフューチャーな世界観で繰り広げられるゲームならではの巧みなシナリオに、当時としては高いレベルのグラフィックによって設計された地底都市という特異な舞台。
これらを全てを高品質でプレイヤーに提供し、まさにゲームが総合型エンタメの王に相応しいことを証明した傑作中の傑作だ。
そんな世界ではシリーズ累計三千万本を突破する人気作だが、こと日本に限って言えば『ゲーム好きなら当然知っている』くらいの認知度だろう。
少なくとも、渋谷の女子高生の認知度は間違いなく0.1%を切っている。
「あ、ああ……バイオショッキングね……。なるほど……」
「うん、最近シリーズ三作まとめて全部クリアしたとこ」
「良いゲームだよね……台詞を使ったストーリー上の仕掛けが秀逸で……」
「うんうん、ストーリーもだけど地底都市のあの不気味だけどどこか神秘的でレトロな雰囲気がすっごい良かったなあ。ゲーム部分もスキルのカスタマイズ性が豊富で、戦闘に工夫の余地が多くて――」
まるでオタクのように、しっかりと理解した作品の内容を早口で語る朝日さん。
俺を謀るために、事前に仕込んだ適当なタイトルを挙げたわけではなさそうだ。
まさか本当に、ただ俺とゲーム談義がしたくて声をかけてきたのか……?
確かに今やゲームはサブカルチャーを超えて、メインカルチャーの一つ。
ゲーム配信者はまるでアイドルのような人気を持ち、テレビでは芸能人がゲームをする番組もある。
朝日さんみたいな陽キャがゲーマーでも、おかしくはないのかもしれない。
なんなら俺が知らないだけで、クラスの女子も三人に一人ぐらいがビッグパピーとノーチラスの区別が付くのかもしれない。
「で、ここからが本題なんだけど……影山くんって、ゲームいっぱい持ってるよね?」
「まあ……現行の主要ハードは大体揃ってるけど……」
「じゃあ……もしかして、ハイスペックなゲーミングPCも持ってたりする?」
「そりゃあ、もちろん……」
「ほんとに!? グラボは!? グラボは何積んでるの!?」
「ぐ、グラボ!?」
これまでで一番興奮気味に尋ねられて驚く。
グラボ、つまりはグラフィックボード。
パソコン上でゲームを動かすために、最も重要なパーツの一つである。
この女はそれが何か分かってて聞いてんのか?
スタバの新商品じゃねーぞ?
「うん、グラボ! グラフィックボードね! あっ、でも厳密にはGPUって言った方がいいのかな?」
わ、分かってるのかよ……。
だったら、聞いて恐れ慄くがいい。
「GPUは4070……」
「よ、よんせんななじゅう!? ふわぁ~……」
「Ti」
「ふわぁああ~……!! すっご~~……!!」
一般的な女子高生がインスタ映え120%のパンケーキを前にした時のように、恍惚の表情を浮かべている。
それは世にも珍しい、GPUの型番を聞いて興奮する女子高生の実在を意味していた。
「さ、最新の大作が最高画質+レイトレーシングONでヌルヌルに動いちゃうの!?」
「まあ……そのためにバイト代とか諸々を溜めに溜めて買ったわけだし……」
「すご~い……いいなぁ……」
冗談でもなんでもなく、心の底から羨ましがっているのが分かる反応。
高校の入学祝いを我慢し、毎月の小遣いとバイト代を貯めて、マイニング需要による悪い時期を乗り越えて、遂に手にした五年は戦えるハイスペックゲーミングPC。
ゲーム仲間以外でその価値を初めて理解してくれたのが、あの朝日光だという事実。
あまりもの現実感の無さに夢を疑うが、彼女はさらなる追い打ちをかけてきた。
「じゃあさじゃあさ! 今度、遊びに行っていい!? ていうか、今週末!!」
「遊びに……って、俺んちに!?」
「うんうん! 影山くんちに! いいよね!?」
行きたい行きたい行ってみたい。
まるでボール遊びをして欲しそうな犬みたいに、純朴な瞳で訴えかけてくる。
「いや、それは流石に……」
「そこをなんとか! お願い! クラスメイトのよしみで!」
その煌めく眼差しは、陰キャの俺にとって紛れもなく弱点となる光属性の攻撃。
とはいえ、流石にこれは簡単に承知できない。
「でも俺、一人暮らしなんだけど……」
なんせ俺は今、
そこに女子を連れ込むのは、かなり不健全な意味合いを持つ。
しかもただの女子ではなく、学内外で絶大な人気を誇り、スクールカーストの頂点に立つ女子だ。
万が一にでもそれを他の誰かに知られれば、学校を巻き込む大事に発展しかねない。
「えっ!? そうなの!?」
「そう、だから――」
「だったら、ちょっと遅くまでお邪魔しても大丈夫ってことだよね!?」
そ、そうくるのかぁ……。
陽キャ特有の超アグレッシブな解釈に慄く。
もう完全に来る気でいるが、やはりそう簡単に首を縦には振れない。
女子を連れ込む予定が一切なかった男子高校生の一人暮らし。
当然、部屋は散らかっているし、俺の尊厳に関わるブツも存在している。
どうにかして断るか、せめて先送りにしなければと考えていると――
「あっ、そっか……ここは……」
彼女が何かを閃いたように手を叩く。
「恐縮だが、今週末は君の家に遊びに行ってもいいか? だよね?」
そう言って悪戯な笑みを浮かべる朝日さんに――
「それ言われたら断れないやつじゃん……」
ゲーマーとして一枚上手を行かれた以上、白旗を揚げるしかなかった。
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